分かっていた。

いつかはこんな"終わり"がやってくるのだということを。
"死"という終わりをこの手で幾度と与え続けてきたからこそ、よく理解していたはずなのだ。誰にでも平等に"死"というものは存在していて、いつかは誰だって死んで終わるのだということを―――よく理解していたはずだった。
それなのに、何故だろうか。

どうしてこんなにも空しくなるのか。



ボスに止めを刺すためにリゾットが自身のスタンドの名を叫べば、突然無数の銃声が彼の耳に届いた。
反射的に振り向けば二年前に死んでしまったはずの存在が、無数の銃弾をその細い身体で受け止めているのが彼の視界一杯に広がる。呆気にとられながらも少女の名を呼べば彼女は小さく微笑んで、そして手を掴んだ。
刹那、暗転する眼界。
闇に包まれたような世界に落ちたかと思えば、目の前には――彼女が居た。

「リー、ダー…」

久しぶりです、と血に塗れた顔に微笑を浮かべてリオは口を動かす。開いた傷と受けた銃弾の数を見るに、もう喋るのも辛いはずであった。それでも彼女は微笑みながら口を動かそうとする。
もういい、喋るな。それ以上喋ると死ぬぞ。とリゾットは小さく忠告する。それでもリオは口を開いて、同時に少し咳き込んだ。口から零れた血が首元に赤い線を作る。それでも必死に彼女は口を動かして、リゾットに囁くような声で告げた。

「お願いが、あるんです。」
「……なんだ。」

零れる微かな声を一言も逃さないように、そっとリオの口元にリゾットは耳を寄せた。同時に彼女が"願い"を口にする。
――抱きしめて、とリオは言った。
思わず少し驚いて彼が彼女の顔を見つめれば、微笑みながらリオは「一生で一度のお願いです。」と言葉を紡ぐ。その目には僅かに涙が浮かんでいるように思えた。
別に一生のお願い、だなんて言わなくても抱きしめることなど――リゾットにとって容易なことであった。

「こんなことに使うならもっと別のことをお願いしろ。」

静かにそう告げてリゾットは血に染まってしまったリオの細い身体に手を伸ばし、抱きしめる。腕の中に温かい体温と、生温いぬるりとした血の感触が広がって「もう永くはない。」ということが自然と理解できた。
同時に小さな嗚咽が彼の耳に届く。
腕の中のリオの顔を見れば、涙を零している。頬に付着していた彼女の血が涙と混じって溶けて、リゾットの腕に落ちた。
何故泣いているのか問えば「幸せだから」と彼女は答える。

「死ぬ間際、大好きな人の腕の中で、静かに、息を引き取る。これ以上、幸せなことはないでしょう?」

そう言いきったかと思えば彼女は苦痛の声を漏らす。口から息がヒューヒューと音を立てて零れ落ちると共に、逆流してきた血が彼女の口の端を伝って赤く染めた。

「リーダー…私の、上着のポケットの、中に…メモが、あります。」

苦しげな息の合間に、そんな声が聞こえた。言われるがままリゾットが彼女のパーカーを探ってみると、どこかの住所を綴ったらしいメモが見つかった。
一体どこの住所だろうかと、思わずリゾットが考えていれば彼女が静かに口を開く。

「……みんな、いきてます。」

そこに、いる。零れた小さな声がリゾットの頭の中で反響を繰り返した。

"みんな"とは一体誰のことだろう。まさかこれまで死んで行ってしまった彼らの――仲間のことだろうか。
いいや、そんなことあるはずがない。確かに彼らは死んでしまったはずなのだ。
ボスの娘を追って、護衛チームの奴等と戦い、そして敗れ――死んでしまったはずではなかったのだろうか。

「全員、まもれた…ほんとうに、よかった…」

ソルベ、ジェラートに始まり――ボスを倒すという道半ばで倒れてしまったはずの者たちの名がリオの微かな声で告げられる。
まもれた――"守れた"? 一体どういうことなのだろうか。
思わず彼女の言葉にリゾットは首を傾げかけたが、そんなことは考えている時間は無いと判断して、それは見事に頭の隅に押し遣られた。

「リー……ッリゾ、ット…」

血に塗れた頬に微笑を浮かべて、彼女はリゾットを呼ぶ。それは今にも壊れてしまいそうな――酷く儚く、弱弱しい笑みであった。

「なんだ。」

静かに問いかけてみれば、リオは傷だらけの腕を持ち上げてリゾットの背中へ絡みつかせる。そうして自然と近くなったその距離に彼女は少しだけ寂しそうに笑うとリゾットの耳に唇を近づけ、囁いた。





エアロ・スミスの銃弾で全身が貫かれていく。
同時に無数の小さな穴が開き、そこから止め処なく血が溢れだしていく。痛覚は麻痺してしまっているのか、不思議なことにまだ痛みは感じない。
それならば、今のうちに――動けるうちに全てを彼に伝えなければ。そんなことを思って、ふらつく足に鞭を打つことで動かして、私はリゾットに向かって手を伸ばす。
そうして漸く触れることが出来た彼の手に僅かな喜びを感じながら、私は自身のスタンドの名を呼んで、影の中に沈むように潜りこんだ。
同時に暗転する世界に、ほっと息を吐く。

――恐らく、ボスはこの力を知らない。
"グリム・リーパー"は影を操ることだけしかできないものだと私もずっと思っていた。
だけど、それは違った。
私は人の影、物の影に潜むことも出来れば、自信の影を切り離しもう一人の自分を作り出すことも、それに命令することも出来たのだ。
それら全ての力を使うことが出来たからこそ、きっと今の"未来"があるのだろうと、血に染まった手を眺めながらぼんやりと思った。

そして顔を上げて、実に2年ぶりであろう"彼"を見る。
ずっと逢いたくて逢いたくて仕方がなくて、ずっと恋焦がれていた彼が私の目の前で生きている。――あぁ、なんて素晴らしいのだろう。なんて喜ばしいことだろう。
心の其処から喜ぶというのはこんなことなのだろうな、なんて思いながら私は口を開いて「久しぶりです」と言ってみた。

「…それ以上喋るな。死ぬぞ。」

実に真面目な返答が返される。彼らしいな、なんて思いながら自信の胸や腹部にそっと触れる。傷口から溢れ出る赤黒い液体は止まる事を知らないらいく、止める気配など感じさせない。
――あと、何分くらいなら生きていられるかな。
出来るだけ、長く、彼と一緒に居たいな。とぼんやり思いながら私は彼にお願いごとを告げてみた。

「抱きしめてほしいんです。」

一生のお願いですから、とまるで子供が母親にお菓子を強請る様に、何度もお願いだからと繰り返してみる。
そうしていれば彼が何かを少し呟いて、私の体を抱きしめてくれる。頬に彼の胸が当たって、規則正しい鼓動の音が耳に届く。

――あぁ、生きてるんだ。
私は、彼らを、助けることが、できたんだ。

実感すると同時に溢れでる悲しみや涙。恐らく、もう全てが終わってしまうからだろう。
彼らの運命を変えるという目的を果してしまった今、私がこの世界に居る理由はどこにもなくなってしまう。多分このまま死んで、彼にさよならを言って――そして私の"物語"は終幕を迎えるのだろう。

それでよかった。
彼らを助けられたのだ。
それ以上望むというのは、どうにも罰当たりな気がする。


――あぁ、だけど神様。一つだけ、我侭を言っては駄目でしょうか。
たった一つだけでいい。彼に、伝えたかった。

私が彼を愛していたと言うことを。

そして私は彼に手を伸ばし、その逞しい背に腕を回す。
規則良い鼓動の音と、呼吸の音が耳に届く。それらの"生の音"を感じながら、私は彼の耳元に口を近づけて囁いた。




- ナノ -