「最期に、やらなくちゃいけないことがあるんだ。
……だから、ここでお別れ。今まで、本当にありがとう。」

サルディーニャ島の海岸に着いた時、リオはそう言って護衛チームの皆とトリッシュに別れを告げた。そして「ナオのこと、よろしくね。」とだけ言い残して、彼女はその場を立ち去ろうとした。しかし、不意にその足が止まる。一体どうしたのだろう。近くにいた誰もがそう思った瞬間、彼女はくるりと踵を返すと、背にしていた仲間たちの一人――ジョルノ・ジョバーナと向かい合った。
そして胸元から小さな封筒を取り出し、彼の耳元に口を近づけて静かに囁く。

「すべてが終わって君が"――"になった時、この封筒を開けて欲しい。」

お願いだ。と続けてリオはジョルノに封筒を手渡して彼の手を握る。
まるで押し付けているようにも見えるその光景に、一番近くに居たミスタは「封筒の中身は一体なんだろう」と辺りに気を配りながらそんなことを考えた。
彼女の双子の片割れであるナオがリオを呼ぶ。リオは微笑むと彼女に近づいて、そしてその身体を抱きしめる。

「頑張ってね。……もう少しで、終わるから。」

私は私の"仲間"のために、貴女は貴女の"仲間"のために。正しい道を選んで。
微笑みながらナオに告げて、今度こそリオは仲間たちの元から去って行った。


「……もう少し、だ。」

あと少しで終わる。そう呟いて、リオは"目的地"を目指す。道中、見覚えのある少年の姿が眼界に飛び込んできて僅かに口角が上がるのを感じた。少年はどうやら占い師に何か話しかけられているらしい。
始めは何か断っている様子だったが、どうやら占い師の言葉に興味が出てきたらしい。少年はお金を占い師に渡すと、彼の言葉に耳を傾け始める。
途中まで、その光景はありふれたものだった。だが次第に、それは変わり始める。

なにやら少年と占い師が揉めだした。「娘がいるはずだ。」と占い師が叫ぶ。だが叫ばれた少年はというと、どう見ても娘が居るような年齢には見えない。流石に少年も気を悪くしたのか、眉をしかめている。
しかし占い師は更に言葉を続ける。「奇妙なことだが君には娘がいるはずだ。」と。

次第に、少年の様子が変わり始める。
占い師の言葉に苛立ってしまったのだろうか。――いや、違う。少年の顔は、だんだんと変形し始めた。まるで成長しているかのようだった。
しかも顔だけではない。腕や足といった身体の至る所が、まるで成長するかのように急に肥大化し始めたのだ。しばらくして、少年の体格は大人の体格へと変わってしまう。
そしてそんな少年は大きくなった腕で、占い師の首を掴み壁へと叩き付けた。占い師の顔が驚愕の色に染まった。

数分後、占い師は息絶える。
裏通りが赤い色で染まり、占い師だったものの肉や内臓が散らばった彼の商売道具と共に道に転がっていた。
そしてそんな裏通りを背にして歩き出す少年が1人。
リオはそんな少年に背後からそっと近づくと、辺りに人が居ないことを確認してから少年の影に沈みこむ。少年は彼女の気配を感じたのか、一瞬だけ首をかしげると背後を振り向いた。
だがしかし、少年が振り向いた先には誰の姿も見えない。
少年は気のせいだったのかと独り頷くと、傍を通り過ぎ去ろうとしていた一台のタクシーを呼び止めた。運転席の窓から運転手が顔を出して「何処までですか?」と尋ねてくる。その問いに少年は目的地を告げることで返した。



――海の音が、聞こえた。
漣の音が、遠くで、響いている。

リゾット・ネエロはその音を耳にしながら、ただ待っていた。
手には印刷された一枚の写真。写るのは女性と、美しい景色。その景色は彼の眼界一杯に広がる景色とまったく同じものである。

――ボスは絶対にこの場所に来る。

そんな確信が、リゾットにはあった。
そしてそんな彼がいる崖の真下の道路を一台のタクシーが通りかかった。扉が開き、紫色の髪が特徴的な少年が降りてくる。手には旅行カバン。何の変哲もない一般人の旅行者か、それともボスから何か命令を受けてこの地にやってきたのか――まだ彼には判断できない。

ついに、やってきた。
"復讐"の時間だ。




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