リオン――基、リオが話したこと。それは自分が過去に暗殺チームに所属していたこと。ボスがチームのメンバーを裏切り者として殺すという未来を知っていたから、それを止めたくて自らボスの部下に志願したこと。
その際に、彼女が持っていた"貴重な情報"が決して外に流れないようにするために――ボスの手で喉を潰されてたこと。
そして存在ごと抹消されて、顔も性別も偽って過ごしてきたこと。

「だから、君のことを調べたら"死亡した"という情報が流れてきたというわけか。」

ポツリとブチャラティが呟くように言った。その言葉に僅かに眉を下げたリオが「ごめんなさい。」と告げた。

「あなた達もそうだと思うんだけど―…私はとうの昔にボスを"裏切ってる"。これからはもう任務も何も関係ない。私の意志で、トリッシュと私の仲間を守るわ。」

そう言って、リオは力強く微笑んだ。そして同時に、床に崩れ落ちた。
慌てて一番近くに居たナオが悲鳴のような声を上げて彼女の身体を抱き起こす。

小さな、寝息が聞こえた。

「……寝てるわ。」
「きっと、疲れたんだろう。」

暫く、トリッシュと共にこの亀の中で休ませて置こう。とブチャラティが言った。その言葉にナオは「ありがとう。」と返して、双子の片割れである彼女の身体をそっと抱きしめる。ナオの腕に"生"の暖かさと、心臓の鼓動が伝わった。






目を覚ませば、独りだった。きょろきょろと辺りを見渡してみるが、誰も見えない。上を見上げてみても、誰も見えない。完全に独りであるようだ。
耳を澄ませば僅かに機械音が聞こえた。恐らくもう飛行機に乗っているのだろう。随分と長い間、眠ってしまっていたようだ。

「……長かったなぁ。」

もう三年近くなるのか。と指を折ってこの世界に来てからの年数を数えた。
本当に、色々あった。

「…ソルベとジェラートも、そろそろ着く頃かな。」

寝起きで靄がかかっているように感じる頭の中で、二年前のことを思い出してみた。

――思い返せば、あの日は雨が降っていた。
「二人を殺せ。」とディアボロに命令されたのは、その三日前だった。二人を殺すことで俺に忠誠を示せと、ディアボロは言った。その日も、雨が降っていた。
雨に打たれながら、必死に考えた。どうやったら二人を救えるのだろうかと。考えて考えて、頭が痛くなるほど考えた。
結局、何の打開策も浮かばないまま時が無情にも過ぎて――とうとう、"その日"を迎えてしまった。泣き出しそうなのを必死に耐えて、雨の中逃げる二人を追った。
背後に突き刺さった視線は、恐らくディアボロの部下だろう。私が二人をしっかりと殺すことを確認するために、監視していた。

そして追い詰められた二人。
背後を振り返って、私の目と彼らの目が合う。泣き出しそうだった。気を緩めば、涙が零れそうだった。嫌だ、と叫んで彼らの手を引いて逃げ出したかった。
でも、そんなことをすれば今度は全員死んでしまう。
もう、逃げることすら出来なかった。

そんな時、不意に影が揺れた。
そして私は気付いた。自分の足が僅かに、影に沈みこんでいることに。

まさか――そう思ってさらに深く沈みこませてみる。
不思議なことに痛みも、何も感じなかった。試しに足を沈み込ませたあと、引きずりだしてみる。引き出した足は少し濡れていたが、異常はどこにも見当たらなかった。

――もしかして新しい"能力"なのだろうか。
これに、賭けて見ろということなのだろうか。

雨に打たれながら、そんなことを思った。
背後から突き刺さる視線は相変わらず外されることはなくて、もうこの"能力"に賭けるという方法以外何も見つからなかった。
だから私は二人に向かって足を踏み出し、影から作り出した刃を二人の喉下に突きつけながら小さなメモを見せる。

"断末魔を上げて。"

それでなんとか、ごまかして見せるから。そう口を動かして、私はスタンドの形を刃から鈍器にへと作り変えた。そしてそれを一気に振りかぶった。鈍い音がして鈍器の一つがソルベの腹部に食い込む。うめき声と、ジェラートの悲鳴染みた声が聞こえた。

はやく。促すようにまた口を動かせばソルベの顔が苦痛で歪んだ。そして耳に届く絶叫。そして私はソルベの肩を掴んで、一気に足元の影へと押し込んだ。
絶叫が止んだ。同時に私はジェラートの肩を掴んで、彼もまたソルベと同じように影の中へと押し込んだ。

静寂が辺りを包み込んだ。
雨音以外、何も聞こえなかった。悲鳴も、苦痛の呻き声も、何もかもが消え失せた。

――数日後、ボスから報酬が渡された。
私はその報酬を使って、彼らを逃がすことに決めた。
休暇をもらい、旅行に行くと偽って荷物を纏めてとても遠い、都市部から離れた郊外の田舎町へと向かう。はじめのうちは追っ手が居たが、数時間もすればそれらも少なくなり、バックミラーに写る黒い車が無くなったところで漸く私はスタンドを解除した。
同時に車内にソルベとジェラートが突然現れる。顔や身体に小さな痣を作りつつも、二人とも無事に生きていた。

「……びっくりしたぁ。まさか、君のスタンドにこんなことができるなんて思わなかったよ。」

唖然としたようにジェラートが呟く。その言葉に同意するかのように隣に座っていたソルベが深く頷いた。私は微笑みながら"もう少しだから"と綴ったメモを二人に掲げて見せた。
そして車はある家の前で停車する。ドアを開けて、ソルベとジェラートを家へと案内した。

"古い家で、ごめんね。"

こんな辺境の地だから、きっとばれることはないよ。と綴って私が見せればソルベとジェラートが私のことを抱きしめてくれる。「Grazie.(ありがとう。)」と二人は言った。

「二年後の春に、すべてが決まるんだろ。」

耳元でソルベが言葉を紡ぐ。

「独りで、背負いすぎるな。俺たちも、きっと力になる。」

あぁ、その言葉に一体どれだけ救われただろう。
嬉しくて、涙が零れ落ちてしまいそうだった。

そして私は家を後にする。
出て行く間際、二人は「頑張れ。」と言って私の背を押してくれる。

その手は確かに暖かくて、彼らが生きているということを証明してくれているようだった。




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