「……本当に、言わなくて良いんですか?」
「うん。暫くは"話せないふり"を続けるよ。……悪いけど、ミスタも黙っててくれよ。」
「それよりも俺はお前が女だってことが驚きだったぜ…妙に細いし小さいなとは思ってたがよ…」

まさか女だったとは、とミスタが呟けば「おーい!!」と誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。振り向けばこちらに近寄ってこようとする小船と、それに乗るナランチャの姿があった。彼はリオの存在に驚いたかのように目を見開かせ、「なんで居るんだ?」と疑問を口にする。

"ボスにこっちの任務を優先しろ、と言われたんだ。"

だからまた暫く同行させてもらうよ。と綴った言葉を見せればナランチャは納得したかのように頷く。あぁ、その疑いのなさがリオにとっては怖かった。
そして護衛チームとトリッシュ、リオを乗せた船が動き出す。向かう先は――『サン・ジョルジョ・マジョーレ島』だ。
そこに、ボスはいる。




「ひとつ、頼みたいことがあるんですブチャラティ。」

島に付いたとき、ナオが唐突にそんなことを口にした。彼女の言う頼みたいこととは"自分がトリッシュをボスの下へ届けたい"ということであった。
勿論、そんな頼みはブチャラティよりも先にアバッキオに却下される。どうやらジョルノも同じことを考えていたらしい。「任務は終わったも同然なんですから、別に僕か彼女が行っても問題はないのでは?」と声を零した。
勿論、ジョルノの言葉も却下された。
そしてトリッシュとブチャラティだけが島に上陸する。ボスが居るという場所――大鐘楼へと二人が向かおうと足を向けたとき、ふとブチャラティはその足を止めた。そしてまるで何かを思い出したかのように「そうだ。」と呟く。

「ジョルノ、お前のブローチを俺にくれないか?」
「え?」
「……"お護り"、なんだろ。その天道虫のブローチ。」

ブチャラティのそんな言葉にジョルノは何かを思いついたらしい。「わかりました。」と一言告げると制服からブローチを外し、ブチャラティの手に乗せた。
ピクリと、ブチャラティの手の中でブローチがまるで生きているかのように僅かに震えた。そしてリオも動き出した。

「少し、邪魔をさせてもらうよ。」

きっと唐突に言葉を発した彼女に驚いたのだろう。視線が一気に先ほどまで彼女がいた地点に注がれる。だがしかし、その地点にはすでにリオは存在しない。
ほんの一瞬の隙をついて、彼女はトリッシュの影の中に潜りこんだのだ。もう見慣れてしまった闇の中で、彼女は息を殺していた。

「今の、声は…」

震えた声でナオが何かを呟いた。あまりに小さな声だったので影の中に居たリオはおろか、彼女の近くにいた者達の誰一人としてその言葉を聞くことは出来なかった。
それでもブチャラティだけは気付いていた。
声は届かなかったが、彼女の唇の動きにだけは気付くことが出来た。

"リオ"。
その名を、ブチャラティは覚えていた。半年ほど前に、ナオに頼まれて調べた女の名――つまり、双子の姉の名前だった。
リオン、リオ――たしかによく似ていた。もしかしたら単なる偶然で、何の意味もないのかもしれない。それでも、何かしら関係があるのではないかと思わず疑問を抱いてしまうほどその名は似ていた。


「……行こう、トリッシュ。」

君の父、俺たちのボスのところへ。そう言ってブチャラティが促して歩き出せば、トリッシュもその背後を追う様に歩き出す。
カツカツと足音が静かな教会の中に響き渡る。人の気配は全くと言って良いほど感じられない。それでもいつ敵がトリッシュを襲おうとやってくるのかわからないので、ブチャラティは警戒しながら教会の中を進んでいく。
そして教会の奥にあった大鐘楼のエレベーターに、二人は辿り着く。誰もいないことを確認してブチャラティが乗り込もうとすれば、彼はトリッシュがしゃがみこんでいることに気がついた。
「あたし…これからどうなるの?」と、震えたトリッシュの声が静かな空間に響き渡る。

「あんた達みたいなギャングにいきなり拉致されて命を狙われて…そして会った事のない父親のところに連れて行かれる……ねぇ、あたしは今からどこに行くの?」
「ボスは君の無事をただ心配しているだけだ…君がこれから何処に行くのか? これはあくまで俺の考えでだが、まず君は違う名前になる。もしかしたら顔も整形するかもしれない…
そして身分も国籍も違う人間になって、俺たちの知らないようなどこか遠い国で幸せに暮らすんだ。」

君の父親はそれが出来る"力"を持っているのだとブチャラティが言って手を差し出せば、足がシビれてしゃがみこんでいただけなのだとトリッシュは答えて立ち上がる。
そしてブチャラティと共にエレベーターに乗り込んだ。
たった二つしかないボタンを押せば扉が閉まり、わずかな機会音と共にエレベーターが上昇していく。
静寂に包まれた箱の中でトリッシュはぼんやりと「父親のことを好きになれるのかしら。」と呟く。その言葉を聞いたブチャラティは「そんなことを心配する親子はいないさ。」と優しく彼女にそんな言葉をかけた。
そしてエレベーターがとうとう、塔上――ボスがいる場所へと辿り着こうとする。

「もうすぐ着くぞ、トリッシュ。」

さぁ、行こう。と声をかけてブチャラティはトリッシュの手こうとした。瞬間、彼はあることに気付く。
ポタリと、赤い液体が床に落ちた。その液体を零していたもの――それはブチャラティが繋いでいたはずの、トリッシュの左腕だった。




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