ギアッチョは苛立っていた。
仲間のメローネに電話をしていれば、不意に向こうからの返事が途絶えたからだ。聞こえているのか、と何度も問いかけてみるが一向に返答は返ってこない。
仕方がなく(また、電話料金も馬鹿にならないので)一旦切った。そして、また後でかけ直してみようなんてギアッチョが思っていれば彼の携帯が振動した。
画面に表示された名前は"メローネ"。
一体どういうつもりだ、とドスをきかせた声で電話に出れば"「この携帯の持ち主の方をご存知ですか?」"という声が彼の耳に届いた。声の主はどうやらローマ駅の駅員らしい。
近くに人はいたのか、と問いかけてみたが駅員曰く「持ち主らしき者は独りもいなかった。」そうだ。

"「その、線路に落ちていたので拾ったのですが……。」"
「……そいつはもう捨てておいてくれ。」

淡々と告げて電話の向こうの駅員が何かを言うよりも先に、ギアッチョは通話を終了するボタンを押していた。
そして再度電話が来るよりもはやく、彼は"ある者"に電話をかけた。

「よぉ、リーダー。メローネ"も"消えたらしい。」

これで何人目だ? まるで神隠しじゃねぇか。そう吐き捨てるようにギアッチョが呟いていれば"分かった"と至極淡々な言葉が返ってくる。

"「……プロシュートとペッシの死体も無かったらしいな。」"
「あぁ。ホルマジオもイルーゾォも、全員足跡も遺体も残さずに消えている。…こんなことできるのは【スタンド使い】以外有り得ねぇよなぁ。」
"「…確かにその通りだ、ギアッチョ。俺も少し調べてみる。死体の在り処ぐらいは分かるかもしれない。」"
「頼むぜ、リーダー。俺は復元された写真の場所に向かってみる。」

幹部の死体の傍に落ちていた写真の灰なのだから…きっと何か重要なことを示しているはずだと、ギアッチョが続ければ"頼むぞ"という言葉が彼の耳に届く。そしてプツリと途切れる音がして、電話からは通話を終了したことを示す甲高い音以外聞こえなくなった。

ギアッチョは懐から一枚の写真を取り出して、暫くその写真に写された景色を凝視する。
その場所に何の意味があるのか、そして何故この写真が燃やされたのか――彼には何も分からなかった。それでもこの場所に向かうのは、ボスとボスの娘の手がかりが少しでもあるかもしれないから。

そしてギアッチョは車のアクセルを踏み込む。急発進した車に傍を通りかかっていた女性が悲鳴を上げたが、ギアッチョにはどうやら聞こえていないようだ。

「(………そういや、アイツはどうしたんだろうか。)」

生きているのか、死んでいるのか…そのどちらかなのかすら分からない――二年と少し前に仲間に加わった小さな小さなジャッポーネの女の姿を、ギアッチョはほんの少しだけ思い出した。
長い黒髪のしたに隠されるように存在した首と肩は、細くて白かった。触れれば折れてしまいそうだと、初対面でギアッチョがそんなことを思うほどには細かった。
誰もが暗殺なんて無理だと、仕事なんて絶対に出来ないだろうと思っている中で、その女は動いて見せた。
人を沢山殺して見せた。
たまに負傷して帰って来ることはあったものの――それでも任務に失敗したことは数えれるほど少なかった。

「(そういや、一度だけアイツがとんでもない怪我をした時があったな。)」

とある日の深夜、物音がして睡眠の邪魔をされたギアッチョが苛々を抱えて階下へやってきてみれば玄関には大量の血痕と、倒れた女の姿。そしてその傍で彼女を抱えたリーダー…基、リゾットの姿。
血に濡れた口が「ごめんなさい」と謝罪の言葉を紡ぐのを、彼は見ていた。そして同時に意識を失ったらしい。カクリと身体が力を失ったように項垂れた。
「闇医者を呼べ。」とリゾットが言った。その言葉にギアッチョが弾かれるようにして電話へと向かった。ふと、電話をする寸前ギアッチョは気付いた(数年、共に仕事をしてきた仲間にしか恐らく分からなかったであろう)。
リゾットのわずかな動揺と焦りを含んだ声が、震えていたことに。

そして、ほどなくしてやってきた闇医者によって無事、女は一命を取りとめた。危険な状態だったがもう大丈夫だろうと、医者は面白くなさそうに告げてアジトを去っていった。
ようやく静けさを取り戻したアジトに、ギアッチョも自室に戻ろうと踵を返せば廊下を歩くリゾットとすれ違った。向かう先に彼の自室は無かったはずだと思って振り向けば、リゾットが女の眠る部屋に入っていくのがギアッチョの視界にうつった。
覗きの趣味なんて(どっかの変態とは違って)ないので、ギアッチョはそのまま自分の部屋に帰ったのだが――こうして思い返してみればリゾットは女の部屋で一体何をしていたのだろう。

今まで何度か自分も怪我をしてきたが、リゾットがわざわざ部屋に訪れることはそれほどなかったように思える。訪れたとしても任務の有無や、傷の様子を聞きにくるぐらいだったはずだ。
だが、意識を失って眠っている女に任務の有無や傷の様子など聞くことなど出来るはずが無い。ならば一体何故リゾットは彼女の部屋に向かったのだろう。

車を走らせながらギアッチョは考えてみたのだが、一向に答えは出なかった。




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