"ギアッチョを助けるのを、手伝って欲しい。"

そう頼まれて、メローネはリオと共にヴェネチアの『国鉄サンタ・ルチア駅』にへと向かっていた。
時刻は早朝の4時を少し過ぎた頃だった。後部座席で、リオは眠っていた。ためしに先ほどメローネが彼女の名前を呼んでみたのだが、反応はなかった。
それほど深い眠りに彼女は落ちているらしい。
――心を許せる相手(仲間)だからなのだろうか。
車を走らせながらメローネはぼんやりと思った。
彼女は今まで自分たちから離れて、名を偽り、声まで失って、ボスの下にいた。きっと常に気を張っていたに違いない。少しでも忠誠心に偽りが見え隠れしたならば、すぐさまボス自らの手で彼女は殺されていただろうから。
張り詰めていた糸が漸く緩んだのだろうな、なんて思いながらアクセルを踏み込んでいれば目的地が橋の終わりの先に見えた。バックミラーで背後を確認してみたが、車は一台も見えない。
奴らはまだ来ないだろうと判断して、リオを起こそうと開きかけていた口をメローネは閉じた。

数分後、人っ子一人見えない駅からほんの数十メートルの位置にある駐車場に車を停めていれば同時に後部座席から身じろぎするような声が聞こえた。振り返って覗きこめばリオと目が合った。
「お は よ う」と唇が動いた。

“着いたの?”
「あぁ。奴らもギアッチョもまだみたいだ。」

寝起きのためか少し汚い字にメローネが笑みを耐えていればリオは唐突に車から降りる。そしてメローネが声をかけるより先に駅前にある銅像に向かってまっすぐに歩いていってしまう。
慌てて彼が追ってみればリオは何かを探すように銅像付近を見渡し始めた。暫くした後、彼女は銅像本体と土台の隙間に何かを見つける。発見されたそれはメローネにはディスクに見えた。

「それをどうするんだ?」

思わずメローネが問いかけてみれば“交渉材料にする”とリオは綴り、まるで今から悪戯をする子供のような無邪気な笑みを浮かべた。そして胸元から手に持ったディスクとそっくりなディスクを取り出す。"こっちはダミーなんだ"と彼女は綴った。

「なるほど。それで両方を騙すんだね。」

どちらがこのディスクを奪取するのかメローネにはまだ分からなかったが、どちらが取ったにしても面白い結果になりそうだと彼は思った。
恐らく彼女がダミーとして使うディスクには何のデータも入っていないのだろう。空っぽなディスクなど、誰も必要としない。
必要とされるのはリオが持っている"本物"だけだ。

「もし奪取するのがギアッチョだったらどうするんだい?」
"それなら、そのままダミーを持ち帰ってもらえばいいだけ。"
「反対に向こうが奪取したら?」
"その時は――"

"新入り"とやらにこの喉を治してもらうよ、と文字が嬉しそうに紙の上を躍った。チラリと文字を綴るリオの表情をメローネが横目で見れば、その表情も僅かに嬉しそうであった。




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