列車の中、メローネは非常に焦っていた。
彼の眼界一杯に広がるのは自身のスタンドである【ベイビィ・フェイス】の画面。そしてそこに表示された画面いっぱいの「コゲコゲコゲコゲ…」という文字。信じられないと吐き捨てるように呟いたメローネの腰元で、彼の携帯が振動した。取り出してみれば画面に"ギアッチョ"とよく知る者の名前が表示されている。
通話ボタンを押せば「もしもし」とギアッチョの声がメローネの耳に届いた。
「ブチャラティ達は既にトンズラした後だぞ。」とギアッチョが僅かに苛立ちを含めた声で告げる。新入りに負けたという敗北感や屈辱――そしてその新入りの能力とやらに驚いて思わずメローネが言葉を失っていると、電話越しでギアッチョが「聞こえているのか?」と不機嫌さをあらわにした声で何度も問いかけてきた。

「……聞こえているぜ、ギアッチョ!!」

――俺のスタンドは"自動追跡遠隔操作"だ。
今度こそ勝ってみせる。奴等から娘を奪い取ってみせる。

自分に言い聞かせて、メローネはギアッチョに「完全無敵の【ベイビィ・フェイス】で奴等を追撃してやる。」告げた。その瞬間、メローネの足元を何かが通り過ぎていった。
本当に一瞬のことだったので、もしかしたら見間違いだったのかもしれない。だが、足元を通り過ぎていったその何かは――メローネにはまるで蛇のように見えた。
思わず彼はかがみこんで、蛇らしき何かが向かっていった方向を見やる。しかし蛇の姿は見えなかった。

「一体なんだったんだ…」

何故ローマの駅に蛇がいるのだろう。そう疑問に思っていればボトリと肩に何かが落ちてくるような感触をメローネは覚えた。
頭だけをうごかして肩をみれば、ブスブスと音を立てて焦げる蛇の姿が彼の視界に飛び込んでくる。まさか―…この蛇は――…

ブチッ

"何か"が千切れるような音がした。同時にメローネの肩にいた蛇はくたりと力を失い、ホームの硬いコンクリートの地面に落ちる。事切れたであろう蛇の傍に、小さな小さな頭がころんと転がり落ちた。
足元で、影が揺らいだ。
落ちた蛇の死体から視線を外し、顔を上げる。
瞬間、メローネは目を見開かせる。彼の視線の先にいたのは、パーカーのフードを深く被った黒髪の少年のようであった。そしてその背後にいる異形の存在――少年の横を通り過ぎていく乗客たちは、誰一人気付いていない様子である――も、彼には見えた。

「リオ……?」

震える声でメローネはとある者の名前を呼んだ。手に持っていたはずの携帯電話はいつのまにか消えていた。どこかで落としたのかもしれない。だが、もうそんなことはどうでも良かった。
俯き気味だった少年が顔を上げた。駅構内の照明の光が彼の顔を薄く照らす。照らされた彼――いや、彼女だ――の顔は間違いなく、二年前に行方知れずとなったリオのものだった。
目が合った。
闇のような色をした黒い目が少しだけ細くなった。「ごめんね。」と声が聞こえたような気がした。
近づけば何かを言う前に紙切れが差し出された。綴られた文字が示す意味は"声が出ないから筆談で伝える"という、簡素で冷たい言葉だった。
二年ぶりに出会う仲間に対してその態度はどうなんだと内心思いつつもメローネは「一体今までどこで何をしていたんだ?」と問いかけた。
返ってきた答えは始めに渡された紙切れの言葉よりも冷たい――"そんなことはどうでもいい"の文字。

「……どうでもいいって、アンタなぁ。」

俺はともかくリーダーも心配していたんだぜ。と伝えれば深く被ったフードの下で、僅かな動揺が見えた。肩も少しだけ震えていた。




一先ず"場所を変えよう"と勧められて駅から離れ、薄暗い路地裏にメローネとリオ――今はリオンと名乗っているとメローネは聞いた――はいた。
粗方の今までの事情――消えたメンバー全員が生きていること。ボスの下にいたこと。未来を知っていたので、仲間の運命を変えようとしたこと。――をリオが伝え終わったあと、メローネは静かに口を開く。

「どうして、俺たちに伝えてくれなかったんだい?」
"私一人でしなくちゃいけない。誰一人、巻き込むことはできないから。"
「何故そんなに"独り"に拘るの? 俺たちのメンバーの【スタンド】はアンタより強かったはずだけど。」

それとも"怖かった"のか?
問えば薄暗い景色の中で、少女の肩がびくりと震えたのがメローネには見えた。図星か――と内心呟いて彼は更に追い討ちを掛けるように問いかけを続ける。

「"未来"を知っているとアンタは言ったよね? それを伝えなかったのは、"未来"を変える事に対して"恐怖"を感じていたからじゃないのか?
……あぁ、でもそれでも結局こうして未来を捻じ曲げているのなら、それは矛盾しているかもね。」

すらすらと澱みなくメローネが告げて見せれば彼の目の前で文字が"これがおかしいことだってのはわかっている"と綴られた。哀れなほど震える字だった。
そして字は"それでも――"と続ける。

"それでも、皆を助けたかったんだ。"

懇願するような言葉だった。
"どうか助けてください"と神に祈るような言葉にも見えた。そしてその文字の上に一粒だけ水滴が落ちて、字の一部がジワリと滲む。

「……助けたいっていうなら、協力するよ。」

俺だって仲間を失うのは嫌だからな。
呟くように静かに告げれば文字が"ありがとう"と踊った。





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