暗闇の中にひとりぼっちで立ち尽くしていた。

何も見えない。自分すらも見えない――深い深い闇。あまりの恐怖で立ち尽くしていれば背後から誰かが追ってくるような気配がした。
荒々しい足音と「待て」と引き止める声。怖くて震えてしまった足に鞭を打って無理やり走り出す。背後から追ってくる足音が少しずつ増えていっているような気がした。

「……ッ、嫌だ!!」

誰か、助けてくれ。と叫びながら何も見えない闇の中をひたすら駆け回る。叫ぶ声は闇の中で反響するだけで、誰も応えちゃくれない。
本当に誰もいないのだ。独りぼっちなのだ。と認識すると共に背後から追ってきていた誰かの手にとうとう肩を掴まれる。咄嗟に振りほどこうと後ろを振り返れば肩を掴む手は一つだけじゃないというのが分かった。

手。手。手。

闇の中から手が無数に生えていた。
そしてその無数の手が私の手や足、身体を掴み逃げられないようにと捕縛し、地面に引き倒す。
「グリム・リーパー!!」と【スタンド】の名を叫んでみるが彼女はいつものように背後に現れはしなかった。一体何故だ、と疑問と焦りを感じていれば闇の中から誰かが現れて、倒れた私に馬乗りになった。
腹部に感じる圧迫感に顔を顰めながら現れた者に向かって「誰だ。」と叫べば、首にそいつの手がかかる。呼吸が出来なくなって、苦しさで溢れた涙によって視界がじわりとぼやけた。

「"誰も救うことなど、出来やしない。

一体その手で何人もの人を殺してきた?
一体どれほどの人を傷つけてきた?

人を傷つけ、殺したその手で――誰かを救えると、本当に思っているのか?"」

闇の中からそいつが私に問いかけてくる。呼吸困難で靄がかかったようにぼんやりとする頭の中にそいつの言葉が響いてくる。まるで直接脳に語りかけられているようだった。

「………救える…なんて、思っちゃいないよ。」

呟くように言って、依然首を絞め続けていたそいつの手を掴み、ギリと爪を立てた。
もう片方の手は腰元に隠していたナイフの持ち手を握り締める。


「私はただ、仲間の寿命を少しだけでも延ばしたいだけ。」

――ほんの少しでいいから、長く生きて欲しいだけだ。
暗闇の中静かに続けて、躊躇いもなくナイフをそいつの手に突き立てた。肉が裂ける音がして動揺したのかそいつの手が私の首から離れる。
刹那、私はそいつの身体に向かって手を伸ばすと全体重をかけて地面に押し倒す。暗闇の中、ドサリと倒れる音がした。

「ねぇ、貴方は一体誰なの。」

押し倒したそいつの首元にナイフを当てながら問いかけてみる。答えはなかった。答えないなら容赦なく切るぞと言わんばかりにナイフの刃を押し当ててみるが、やはり答えはない。
奇妙な奴だ。そう内心呟いていれば耳元で声がした。


「わたしはあなたよ。」





ガタンと列車が揺れた。

どうやらずっと眠っていたらしい。
腕時計に目をむければそろそろローマにつくであろう時間を示している。少し寝不足なのか、起きたと同時に頭に鋭い痛みが走った。

何か怖い夢を見たような気がした。
内容は覚えていない。それでも身体は恐怖を覚えているのか、手が少しだけ震えていた。

ゴオォと風が吹き抜けるような音がして、列車の外が闇に包まれる。どうやらトンネルに入ったらしい。眼界一杯に広がる闇を見て、何か思い出せそうな気がした。
しかしトンネルはかなり小規模な物だったのか闇はすぐに晴れて、かわりに美しい異国の町並みが眼界に広がった。あまりの美しさに息を呑みつつ、鍵をはずして窓を開ければ春の風が列車の中に舞い込んで来る。
近くに花畑でもあるのだろうか。かすかに花の優しい香りがした。

「もうすぐローマに到着いたします。お忘れ物にご注意ください。」

車掌のそんな声がして、近くの座席に座っていた客たちが荷物の整理をし始める。それを視界の端に捉えながらリオはこの先のことを考えていた。

(ローマに着いたら、すぐにメローネを探さなくてはならない。
彼が毒蛇に殺されるよりも先に――彼を見つけて、助けなくてはいけない。)

春の風が頬を撫でるのを感じながらそんなことを思っていれば耳元で声が聞こえた。


本当にそれで、救えると思っているの?


どこか聞き覚えのあるように感じる声が耳元で囁いて、リオは慌てて振り返る。しかし背後には誰もいない。見えるのは降りる準備をしている一般人の客の姿ぐらいだ。
新たな敵か。思わずそんなことを考えたが、心のどこかが"違う"と否定していた。




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