突如眼界が闇に変わったと思えば、目の前には列車から突き落とされて負傷したはずの"兄貴"が無傷で煙草を吹かしている、という状況に陥ったペッシは最大に混乱していた。
訳が分からなかった。
二年前に死んだと思われていたリオが生きていたことにも驚いたし、何故突然割り込んできたのかも分からなかった。
依然煙草を吹かしていた兄貴にどう思うか聞いてみれば、「何か理由があるんじゃないか。」という返答が帰ってくる。
そうか、理由か。――と考えてはみたものの、さっぱりであった。分かるわけがなかった。
これ以上考えたら頭がパンクしそうだ。とそんなことをペッシが内心で呟いていた時、彼は誰かに呼ばれたような気がした。ハッとして振り返てみれば、彼を混乱させていた要因であるリオが立っているのが視界に飛び込んでくる。

「よぉ、リオ。」

終わったのか、とプロシュートは吹かしていた煙草を消して彼女に近づく。リオは「"終わったよ、もう大丈夫。"」と綴ったメモを彼に見せた。
瞬間、ゴチンと鈍い音がしてリオが綴ったメモがはらりと彼女の手から離れて落ちる。リオも頭を抱えて蹲った。
どうやらそれらの原因はすべてプロシュートにあるようだ。

「なぁ、今まで何してたんだ?」

笑顔を浮かべたまま彼はリオの頭にぐりぐりと拳骨を押し付ける。声にならない悲鳴がペッシには聞こえたような気がした。
暫くして漸く痛みから解放されたのかリオは"痛いよ"と落ちたメモに文字を綴る。「"痛いよ"じゃねぇよ、アホ。」とまたプロシュートの拳骨が彼女の頭にクリーンヒットする。
先ほどよりも更に大きな音が聞こえた気がした。







「で、お前は俺たちを守るためにボスに身を売ったんだな?」
「"その通りです"」

一体あの後リオはプロシュートから何度の拳骨を食らったのだろう。彼女自身数えるのを忘れてしまうほどやられた、ということは分かった。
そして、未だ痛みを訴える頭を抱えながらリオは二人に今までのことを話していた。

二年前消えたのはボスに素性を消されたから、ということ。
名前を偽り、顔を隠して今まで生きてきたこと。
ソルベ、ジェラート、ホルマジオ、イルーゾォ――死んだ、行方不明になった者たちが生きているということ。

「……おい、とりあえずここから出せ。車盗んでお前の言う住所に行かなきゃいけねえんだろ?」
「住所ってなんのことですかィ?」
「コイツ曰く…"全員がそこに居る"らしい。」

行けって言われて行くのも癪だが、と続けたプロシュートの言葉にリオはまた「"ごめんね"」と呟いて彼女は【スタンド】を解除する。あたり一面に広がっていた闇が晴れて、未だに停車していた列車が彼らの視界に飛び込んでくる。
キョロキョロと辺りを見渡してみるがバイクは見当たらない。多分メローネはまだ来ていないようだ。(それでも決して余裕があるというわけではない。彼が来るのはきっと時間の問題なのだろう。)時計を見れば停車してかれこれ15分ほどが経過していた。

「"もう少しだけ、やらないといけないことがあるの。"」

綴ったメモを見せればプロシュートは眉を顰めた。すごく怒っている表情だな、とリオは思った。
「なんだ」とプロシュートが低い声で彼女に問いかける。リオはまたメモに文字を綴った。

「"メローネを助けなきゃ。"」
「アイツのスタンドは遠隔操作型だろ? なんの心配もいらないんじゃないのか?」
「"それでも駄目なんだ。守らなくちゃいけないんだ。"」

ごめんね、とリオが眉を下げながら微笑む。傍で見ていたペッシにはその笑みが酷く儚げに思えた。
同時に泣きそうな表情だなと彼は思った。

「"全部終わったら、きっと行くから。"」

"だから待っていて。"そう綴って彼女は停車していた列車にへと歩きだろうとする。その腕をプロシュートが荒々しく掴んだ。そして無理やり振り返らせる。
振り返った彼女の闇のように黒い目は僅かに潤んでいるように見えた気がした。

「無茶すんなよ。」
「俺たち、待ってるから。」

だから絶対死ぬな。
まるで命令のような言葉だけを残して、プロシュートはリオの腕をパッと離すとその場を離れるために歩き出す。そして彼の後を追うようにペッシも歩き出した。

暫くして再出発を知らせる車掌の声が列車から聞こえてきた。それらが耳に届くまで、彼女は二人の背を見送っていた。




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