強い力で引きずり込まれた見知らぬ場所――それは亀が持つスタンドが作り出した、奇妙な空間であった。
ボスが気を利かせてくれたのか("あの"ボスが気を利かせるなんて考えられないが)、テレビや冷蔵庫などの粗方の生活用品と家具が、亀の中には入れられていた。
チラリと近くの棚の上に鎮座していた時計へとリオは目をやる。針は16時30分を少し過ぎたくらいを示している。
この列車が動き出すのも時間の問題だろう。ぼんやりとそんなことを考えながら駅の売店で買い、懐に忍ばせていた氷に触れる。指先が冷たくなるのを感じながら、異変が現れだすのをリオは待つことにした。






そして十数分が経過した頃だっただろうか。彼女が待っていた"異変"が現れ始めた。
ナランチャが急速に老化しだしたのだ。
しかも、それは彼だけではなかった。ソファで今までの疲れを癒す為に眠っていたジョルノ、フーゴ、アバッキオまでもが急速的に老化し始めたのだ。

「氷よ! 氷をナランチャに!」

唐突にナオは叫んだ。彼女の言葉を聞いたトリッシュが反射的に、自分が飲んでいたジュースの中から一欠けらの氷を取り出してナランチャに触れさせる。
すると途端、氷が触れた部分――つまり冷却された部分の皺が綺麗さっぱり無くなったではないか。

「体温の変化が、きっと、関係していると思うの。」

私もトリッシュも冷たいドリンクを飲んでいたから比較的マシなのでは、とナオは言った。
そんな彼女の言葉を耳にしながらリオはぼんやりと考えていた。"あの子は一体何をするつもりなのだろうか"と。
"物語"の進行を進めて、少しでも早く彼らを殺そうとしているのではないのか。思わずそんな考えがリオの頭を過ぎる。

「(もしそうだとしたら……私は、あの子を―――)」

"殺さないといけないかもしれない"、なんて言葉が浮かんで反射的にリオは首を振ることでその考えを無理やり頭の中から追い出した。
そんなことを考えるなんてどうかしてる。そう心の中で呟いて彼女は手に持ったメモに"追手を探してくる"と綴り、そのページを破って目の前のテーブルに置く。
同時に腰を降ろしていた椅子から立ち上がって誰かが何かを言って止めるよりも先に亀の中から抜け出す。
何処に行くのだというブチャラティの問いかけるような声が聞こえた気がしたが、出て行くのを止める気などなかった。



亀から抜け出せば紫の煙が列車内に充満しているのが眼界一杯に広がる。プロシュートのスタンド――グレイトフル・デッドの能力で間違い無さそうだった。

足音を忍ばせて客室内を見て廻ればそこかしこに地獄絵図が広がっていた。
異様に老けた赤ん坊がガラガラに嗄れた声で同じく異様に老けた(恐らく母親であったのだろう)女性に泣き付いていたり、自分の変わり果てた姿に悲鳴を上げる男性や女性もいた。

「(無差別だなぁ…)」

そんなことをぼんやり思いながらそれらを眺めていれば遠くの方からこちらに近づいてくるような足音が聞こえて、咄嗟に近くにあった座席の影へと沈み込んで身を隠す。
足音の主はどうやらペッシらしい。声が酷く慌てているのはきっとプロシュートがスタンドを発動させて、彼がまだ氷を手に入れていないからなのだろう。
急ぐような足取りで彼は近くの食堂車へと駆けていく。
足音が遠ざかっていくのを確認して暗闇に包まれた世界の中で小さくため息を零しつつ、リオは影から抜け出す。立ち上がれば同時に先頭車両のほうから大きな音が聞こえた。続いてうめき声も。

声と音の主は恐らくミスタであろう。このまま隠れていたほうがいいかもしれない。そんな事を思っていれば私の頬の横を数発の銃弾と小さな小さなスタンドたちが掠めていく。
セックス・ピストルズという名のスタンドである彼らは口々に「リオンダー!!」や「ナニシテルンダアイツ?」という疑問を口にして扉のガラスを破壊しながら通り過ぎていく。
そして遠くの方で、何かが割れるような気がした。同時にペッシの悲鳴染みた叫び声も聞こえたような気がした。

「(ここまできたなら…あとはもう待てばいい。)」

そんなことを呟きながらリオは再度座席の影へと沈み込んでいった。




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