涙を拭って、空を見上げる。
春の風が慰めるかのように吹き荒れて、短くなってしまったリオの髪を揺らした。

"――…いかなきゃ"

いつまでも俯いてはいられない。そう心の中で小さく呟いたリオは、もう一度濡れた頬を上着の袖で強く拭う。
ポケットから取り出した携帯を開けば画面に表示された時刻は15:40。ここからネアポリスまで車を飛ばせば恐らく30分ほどで到着できるだろう。
とりあえず車を調達しよう。そう決めて、リオは歩き出す。


程なくして見えてきた駐車場にそっと足音を顰めて近づくと、スタンドを発動させたリオは慣れた手付きで傍にあった一台の車の鍵を破壊する。そして何食わぬ顔で車に乗り込むと、これまた慣れた手付きで車のエンジンを直結させる。
すっかり慣れてしまった自分の悪行にリオは思わず苦笑を浮かべながらも、――それでもアクセルを全開に踏み込んで――彼女の乗った車は猛スピードで走り出す。

"……次は、プロシュートとペッシを助けなきゃいけない。"

だけど今までの4人のようにこっそりと行く訳にはいかないだろうから、きっと護衛チームのメンバーと対峙することになるのだろう。
それはつまり――"彼女"とも、戦うかもしれないということを示している。


信号で停止したところでリオはふと思い出したかのように上着のポケットから小さな小さなアルバムを取り出す。開けば随分と前に、彼女が仲間たちに頼んで撮らせてもらった写真が数枚入っている。
一体どうして撮ろうと思ったのかは、もう覚えていない。

それでも、彼女にとってこの写真だけが救いだった。
写真の中で僅かに笑っている彼らを暫く眺めた後、信号が青に変わると共にリオはアクセルを全開で踏み込み進む。

"もう少しだ。"

あと少しで着く。
あと少しで―――終わる。
だから頑張らなくてはいけない。泣いたり、悩んでいる暇などもありやしない。そう心の中で呟いて、決意するように、ハンドルを握る手に力を篭めた。






猛スピードで向かったお陰だろうか。
フィレンツェ行きの列車が発車する16:35には余裕で間に合う結果となった。人ごみを掻き分けるように、リオは駅を進んでいく。

すでにガスマスクは外していた。人の多いこの場所では顔がばれる可能性よりも、不審者に間違われる可能性の方が大きかった。
その代わりに、彼女の顔は少し大きめの医療用マスクで覆われている。
首元を抉る様な傷は上着のフードで隠す。少し首元が暑いが、我慢することにした。

フィレンツェ行き超特急の切符はすでにボスから貰っていたので購入する必要はない。
何食わぬ顔をして改札を通り過ぎれば、あとは彼らに合流すればいいだけとなった。

天井から吊るされている電光掲示板は"FIRENZE"という文字と"16:35"という数字。その横に示されている"6"というナンバーは恐らく6番ホームのことを指しているのだろう。
そう判断してリオは6番ホームへと足を向ける。


ちょうどその時だった。

聞き慣れた声が、耳に届いた気がした。その声に無意識にも彼女の耳は傾いてしまい、それらが"気のせいなどではない"という確信にと変わってしまう。
思わず振り向きたいと言う衝動に駆られる。それを寸での所で押し留めて、ただの一般人を装うようにして"彼ら"の横をリオは通り過ぎる。

心臓が痛いほど鳴っていた。

そんな彼女の背後で男が二人、何者かを探すかのように駅を見渡していた。





電車へと乗り込み、いくつかの車両を移動して護衛チームのメンバーを探す。探し始めて何両目かで、彼らとは無事合流することが出来た。
"やぁ。"と書いたメモを掲げれば驚きと、訝しげな視線が交じり合ったものがリオに向けられる。
一体どうやってこの場所に居るのが分かった、とでも言いたげな表情を浮かべているアバッキオやフーゴ、ミスタ。ナランチャはとくに何の疑いもなく、ただ驚いたような表情を浮かべている。

"ブチャラティたちは?"

そう綴れば一番傍にいたミスタが「他の三人は探しにいった。」とだけ告げる。
何を探しにいったのかなど分かり切っていることだったので特に言及することもなくただ短く"ありがとう"とだけ綴った。そしてミスタの隣の席が空いていたので"座っても?"と問えば"Si"と返されたので遠慮なく座ることにした。
腰をおろすと同時に一息つけば間髪入れずにナランチャに「今までどこ行ってたんだ?」と問われる。
彼の目にはただ好奇心などしか浮かんでいなくて、嘘をつくのは少し憚れる。
だがそれでも"皆さんの敵である暗殺チームのメンバーを助けてました"なんてことは口が裂けても言えないので(また書けないので)、とりあえず"別の任務を任されてたんだ"と綴って彼に見せた。


同時にもうすぐ列車が動き出すのであろう。駅員の声が遠くで聞こえた気がした。そしてそれと共に駆け込んでくるブチャラティとジョルノ、ナオ。
一体なんだ、と驚く全員の目の前でブチャラティは「全員今すぐこの亀に近づけ!!」と叫んだ。言われるがまま(若干動揺しながらも)護衛チームのメンバーたちとトリッシュ席から立ち上がり、ブチャラティが手に乗せる亀へと近づいた。
そして強い力で引っ張られる身体。抗えぬほど強い力に引きずり込まれた先は、なんとどこかの空間であった。




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