"中に入ってる紙に書かれた場所に言って欲しい。"
リオのスタンドから抜け出して、ホルマジオから今までの経緯を話されたその直後、彼女がそう言って差し出されたのは一枚の封筒だった。開けてみれば出てきたのは一枚の地図と、住所らしい文字が羅列された一枚の紙。
地図を広げてみればご丁寧にも赤ペンで目的地を示す丸印と、そこへ向かうための道順が示されてある。
「この場所に向かって、俺たちは何をすればいい。」
ホルマジオがリオに問う。問われた彼女は僅かに目を見開かせると、震える手で"待っていて欲しい"と綴った。
「待つ?」
俺も、ホルマジオも思わず驚いて間抜けな声を零す。
てっきり目的地にボスの重要な情報でも隠してあるのかと思っていれば返ってきた答えがこれなのだから、拍子抜けも良い所だった。
「……何か、ほかには?」
何かすることはないのか。そう俺が問いかければ少しだけ思案するような素振りを彼女は見せる。そして暫くした後、俺とホルマジオの目の前にノートを差し出す。
"いきて。ボスは、いずれしぬから。"
だから何もしないで、と綴られた文字に気がつけば彼女に向かって手が伸びていた。
ガッと音がして、リオへと伸びた俺の腕にホルマジオの腕が触れる。止めろ、とそんな制止の言葉が聞こえたが止める気などなかった。
「どうして、俺たちは何もできないんだよッ! どうしてお前は一人で背負い込むんだッ!!」
彼女の細い肩を掴んで揺らし、我武者羅に叫んだ。何か途方もない嫌な予感がしていた。このまま彼女を一人で残してしまったら最後、もう二度と彼女と会えないような――そんな、予感。
「なぁ、まだ、何か隠してるんだろ。」
俺たちに話していないことがあるんじゃないのか、と続けて問いかければ分かりやすいほどにリオの顔が歪んだ。
眉を下げ、泣きそうに目を僅かに潤ませて、下唇を噛む。ギリッ、とそんな音がして彼女の下唇に血が滲んだ。
「なぁ、」ともう一度問いかける。それを何度も繰り返す。
それでも、彼女は何も言わなかった。
彼らが去っていくのその背を見送りながら、小さく"ごめんね"と呟いてみる。
勿論私の喉はボスの手によって潰されてしまったから声など出るはずもないし、去っていく二人に届くこともない。ただ掠れた空気が口から零れるだけ。
それでも繰り返し呟く。
"ごめんね。ありがとう。"
油断すれば涙が落ちそうだった。ガスマスクをつけていて正解だった、とも思う。
背を向けて去っていく彼らには見られないと分かっていても、泣き顔なんて見せたくない。
「………―――ッ!!」
とうとう嗚咽が零れて、マスクの内側を水滴となった涙が伝う。声を出す機能を失った喉は、泣き声も出させてくれない。
ただ無言で、私は涙を流し続けた。
" さ よ な ら "
嗚咽紛れに、静かに呟く。
きっともう会うことはないだろうし、会えないだろうということは分かっていた。
"幸せに、なって。"
暗殺という仕事を担う以上、それは無理な願いかもしれない。
人並みの"幸せ"なんて、得られるかも分からない。
それでも私は彼らに生きていて欲しかった。
幸せになって欲しかったんだ。
あぁ、だから、だから、どうか―――
"お願いです、神様。"
そう、居もしない"神"に向かって祈った。