カプリ島の港で出会った男は実に無口であった。それだけじゃない。
ボスの娘だというトリッシュを連れてきた幹部――ペリーコロと共にやってきた彼は、顔にガスマスクを付けフードを深く被った異様な出で立ちだった。

「ペリーコロさん、彼は?」
「あぁ、彼はわしと同じ幹部だ。ボスに彼女の護衛を、君たちのように任された。」

名前はリオンと言うのだと、ペリーコロがブチャラティに告げる。リオンと名乗った男(というより少年のような体つきだ)は僅かに会釈すると、それ以外何も口にしない。「よろしく」の言葉は愚か、本当に何も言わなかった。
実に奇妙な少年だと、ジョルノはそんなことを思う。
恐らくミスタやアバッキオも同じようなことを思ったのだろう。2人はリオンに向かって訝しげな目線を投げかけていた。

「"命令がポルポに行くはずだった"、ということはつまり…」
「あぁ、勿論敵は"スタンド使い"じゃ。……勿論、君たちと共に護衛につく"彼"もスタンド使いだ。」

わしにはスタンドを見ることができないが、それでもかなり強いのだとペリーコロは告げる。ブチャラティは僅かに驚愕の色を見せた。
そしてペリーコロは「すぐに彼女をどこかに隠せ」と言い、出会った時のように清掃員の格好をすると去っていく。
その場に残されるのはリオンと名乗る少年と、トイレから戻ってきたトリッシュだけだった。

場所は変わってどこかの郊外の、誰も知らない無人の建物。
近くの葡萄畑で葡萄を栽培する農家すら気付いてはいない(また気にも留めない)なんの変哲もない屋敷にジョルノたちはいた。二階の一室にはトリッシュが息を潜めて隠れている。

「良いですか、ナランチャ。君は誰にも気付かれずにこの場所に戻ってきてください。」

誰にも気付かれないように、と念を押すように二度繰り返してフーゴはナランチャに車の鍵を差し出す。本当に彼で大丈夫なのか、と不安を感じたのかフーゴはナランチャに「どんなルートでこの場所へ戻ってくるのか」を問いかけてみる。
案の定、ナランチャは頓珍漢な返答しか出来ずにそれがフーゴの不安を更に煽る。
「僕はやっぱり不安だ」と呟いたフーゴの目の前に、不意に何かが差し出される。見ればそれは小さなノート。綴られた文字は"一緒に行く"という文字。
顔を上げればリオンがいた。

「……君が、ですか?」
"これでもスタンド使いだ。彼の補助くらいは出来る。"

安心してくれ、と綴った少年にフーゴはどうするべきなのか悩んだ。ペリーコロは幹部だと言っていたが彼のスタンド能力をフーゴは知らなかった。
一体どんな能力なのか検討もつかないのにナランチャに同行させてもよいのか、と暫く彼は考える。

「……一体、どんな能力なんですか?」

キーの高い声が聞こえた。リオンに問いかけていたのはナオという少女だった。刹那、問いかけられた少年の目が、ガスマスクのその透明なプラスチックの向こうで悲しみを浮かべるのをフーゴは見た。
一瞬、疑問符を頭上に浮かべたフーゴであったが少年が"分かった"と告げたのでそんな疑問は頭の隅に追いやられる。

"影を、操るんだ"
真っ白なノートに真っ黒いインクでそんな文字が綴られる。
同時に少年の影が陽炎のようにユラユラと揺れて、瞬く間にそれは道化師の仮面をした喪服の女のようなスタンドへと姿を変える。
スタンドは軽く会釈したかと思うとまた姿を変え、影は鋭い刃のようなものになる。

「良いんじゃないのか。」

階段に座っていたアバッキオが不意に、そんなことを口にした。
彼は「初対面でスタンドを見せるなんて、中々出来ることじゃないからな。」と告げる。確かにその言葉通りだった。
「見せろ」と言われて、スタンドをそう易々と見せる者なんて中々いない。
そう思うと途端に少年が信用するに足る者のように見えてきて、フーゴは「じゃあ、よろしくお願いします」とリオンに言った。
リオンはナランチャに近づくと"よろしく"と綴ったノートを見せる。ナランチャは少年の行動に「お前喋れねーのか?」と問いかけながら、地図と買い物のリストを掴むと車に向かって歩き出した。





「なぁ、お前なんで喋れねぇの?」
"昔、事故で怪我したんだ。"
「じゃあ、それからずっと?」
"ずっと、こうやって会話してる"
「それって指とか疲れねぇ? 俺、字書くのとか勉強とか苦手だからよぉ。」
"疲れるけど、もう慣れた。"

赤信号で車が止まる度にナランチャはリオンに話しかけて、そのノートに綴られる文字を眺める。彼は少年に対してどこか親近感があった。恐らく見た目からして同年代なのだろう彼の、素性などがとても気になっていた。

"もうすぐみせにつく。ここで待ってる。"
綴られた文字にナランチャは笑顔で頷いてみせる。リオンもガスマスクの向こうで笑みを浮かべてくれたようにナランチャは感じた。



(少年がマスクの向こうで悲しみを浮かべていたことを、彼はきっと知らない。)




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