「部下になりたい」
そう言って少女は歪んだ笑みを浮かべる。
その意図はディアボロにもよく分からなかった。

「お前は、暗殺部隊に所属していたのじゃないのか?」
「…! まさか、知っているとは。」
「当たり前だ。お前達に任務を下すのもこの俺だからな。」
「そう……だったら、話が早いわ。
あんなチームにいるのは真っ平。だから貴方の部下になって、早くあそこを抜け出したいの。」

貴方ならわかってくれるでしょう。任務の過酷さに比例しない待遇の悪さ。
周囲からの目線――居心地の悪い場所だ、と少女は告げる。
ディアボロは一瞬だけ彼女の言葉を疑った。曲りなりにも彼女にとって暗殺チームの彼らは仲間ではなかったのか、と。
そして彼はそのことを問いかけてみた。

「仲間なんかじゃないわ。」

はっきりと、迷いなど一切感じさせないような声で少女は告げた。彼女のそんな言葉にディアボロは満足げな笑みを浮かべると「良いだろう」と告げて、そしてドッピオへと姿を変えさせる。
ドッピオは「あれ、僕何してたんだっけ?」と戸惑いながらも「とぅるるるるる」とかかってきた電話に出る。
どうやらその電話のときにディアボロから少女のことについて話を聞いたらしい。「とりあえずアジトに案内しますね」と言って彼女の手を掴んだ。

「……あ、そういえば貴方の名前は?」
「……――リオンよ。」
「リオンですね、解りました。」

よろしく、なんて言ってドッピオは歩き出す。その中に"悪魔"が潜んでいることなど、少女以外誰も知らない。抱えている少年すらも、自らの意識の底に"彼"が存在しているということに気付いていない。

少女は少年の背中を眺めながら僅かに唇を噛み締めた。口内に鉄の味が広がるが、構いやしなかった。
全て嘘だと喚きたい気分だ、と少女――基リオは心の中で呟く。
全て嘘だと、彼らは大切な仲間で、本当ならお前の部下になるなんて反吐が出るのだと喚いてその喉を掻っ切ってやりたい気分だった。
それでもそれが出来ないのはそれほど彼が凶悪で、強大で、私には到底倒すことが不可能だからであって。
こうでもしなければ、彼らを守れないということが理解できているからなのだ。

「………さようなら。」

さようなら。
今までありがとう。
大好きでした、皆が。
大切でした、仲間達が。

ありがとう、さようなら。

届くはずのない想いを空に託して、少女は少年と共に街中へと消えていった。







男はふと、呼ばれたような気がして手に持った書類に落としていた目を持ち上げ、部屋の入り口を見た。
其処には何時もと変わらず、誰かが開けた形跡もない何の変哲もない扉が鎮座していて、男が呼ばれたと感じたのは気のせいだということを示している。
それでも男は立ち上がり、扉を開ける。
誰かが、この扉の開けた先に居るような――そんな予感にも似たような思いが、男にそんな行動させた。
だが男の思いと反して、扉の先には誰もいない。眼界に広がるのは見慣れた廊下だけである。
それでも男は"彼女"の名前を呼んだ。


「リオ……?」

沈黙した空気に、男の声は溶けて消えた。




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