任務の帰り、"偶然にも"彼を見つけた。
人の多い街中でも目立つ紫色の髪。そばかすが特徴的な頬を持つ、少年。彼こそが――ドッピオだった。
嫌なほど身体が震えるのが、自分でも理解できた。
――まさか、こんなに早く出会えるなんて思っても居なかった。
そんなことを内心呟いて、私は視界に捕らえた少年の姿を決して見失わないように注意を払いながら、一定の距離を保ちつつその姿を追いかける。

「(さぁ、一体どう動くか。)」

ドッピオを追いかけて、その先に私は何をする? ボスを呼べ、と脅してボスに一度会ってみようか。
気取った挨拶をしつつ、彼に「私はあなたを知っている」と告げてみるのもいいかもしれない。下手をしたら殺されるだろうが――それでもいいかもしれない。
でもどうせ死ぬのなら、彼に一矢報いてから死にたい。

ぼんやりと頭の片隅でそんなことを思いながら私は徐々に、ドッピオとの距離を縮めていく。彼は(というよりボスは)私の存在に気がついたのだろうか。
辺りを伺うようにドッピオがキョロキョロと見渡し始める。
だけどその行動は少し遅かった。10数メートルあった距離はもう3メートルに縮んでいる。スタンドの射程距離には十分すぎるほどの距離だ。
それでも私は更に彼との距離を縮めるために歩く。
とうとうその距離はほんの数十センチというほどまで縮まってしまう。そこで漸くドッピオは私の異様な雰囲気に気がついたらしい。額にわずかな焦りを表す汗を流しながら「なんですか」と私に問いかけてくる。

「ドッピオ、でしょ。」

名前を呼んで、スタンドを発動させて現れた影を彼の腕に巻き付けて逃げられないように(あと、私の姿が誰にも見つからないように)路地裏へと引き込む。
そして背の高い彼の身体を壁へ影を使って押さえつけて、私は彼の耳に唇を近づけて囁いた。

「ボスへ、あわせて。」





ディアボロは少女の首を掴んだ。
身長差故か宙に浮く羽目になった少女の身体は細いだけでなく幼い。彼女は必死で地に足を浮かせまいともがいているのか、足をバタつかせている。口からは既にうめき声しか零れない。
あと少し、ほんの少し彼が少女の首を掴んだその手に力を篭めるだけで、彼女の生は時を短くして終わりを告げるのだろう。
そんな時、不意に彼女の口が動いた。

「わたしは、あなたのことを、しってる。」

掠れた、蚊の鳴くような小さな――だがしかしはっきりとした声で少女は告げる。
ほんの一瞬、焦りによく似た感情がディアボロの中に浮かび上がる。それは、パッショーネという巨大な組織のボスに君臨してから久しく感じていない感情だった。
同時に彼の脳内には「有り得ない」という言葉が浮かんでくる。

そう、"有り得ないこと"であるはずだった。
パッショーネと肩を並べるほどの巨大な組織の優秀な諜報員や、かの米国の秘密組織の優秀な職員であったら……彼の情報を調べて、それを知ることは出来たかもしれない。
だがしかし、彼を知っていると告げた彼女はそのどちらでもない――取るに足らないはずの、少女だった。

「お前が、何を知っているというのだ。」

どうせハッタリか何かだろう。そう自分に繰り返してディアボロは少女に問いかける。同時に彼女は口角を歪ませる。
それはもう嬉しそうに――だがしかし年端もいかないような少女には似合わない、歪んだ"笑み"。
そうして彼女は口角を歪ませたまま口を開いて、彼女が知っているという彼の情報を告げていく。

以前"ソリッド・ナーゾ"という仮名を使っていたこと。
その時に一人の女と交際していたこと。
本当の名はディアボロという"悪魔"を意味する言葉だということ。
彼の故郷、サルディーニャ島のこと。
彼のスタンドである"キング・クリムゾン"のこと。そしてその能力。射程距離。

普通の諜報員などでは凡そ知ることが出来ない(出来る筈のない)情報を少女は知っていた。彼女が告げた言葉に思わずディアボロも目を見開いたくらいだった。
同時に彼は彼女の危険性に気付いた。
"このままこの者を生かしておけば情報が拡がるかもしれない"と。
そして彼は殺そうとした。彼女も知るスタンドを発動させて――彼女が抵抗する間も与えずに、一息に殺そうとした。
だがしかし、それは不発に終わる。

「殺そうとしたって、無駄よ。」

私が死んでも、この情報は流れる。そんな少女の言葉がディアボロの動きを止めた。
少女は「ディスクで、保存したの。私が死んでも、誰かが見つけてくれるように。」と告げて、微笑みを浮かべる。
そうして沈黙し動きを止めた彼であったが、暫くした後、少女を掴んでいた手を離した。
同時に地面に崩れ落ちる少女。暫く咳き込んだ後に、彼女はまた歪んだ笑みを浮かべてディアボロを見据える。

「……何が欲しい。金か? 権力か?」

ディアボロが問いかければフラフラとした足取りで彼女は立ち上がる。
そして依然笑みを浮かべたままで告げた。



「あなたの、部下に、なりたいわ。」



運命は私に味方する
(賭けは"吉"と出るか、"凶"と出るか。)




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