――ひどく、滑稽だ。
朝起きてみれば昨夜泣いたせいだろうか。頭が何時も以上に重たく、痛みを感じた。壁に立てかけていた鏡を覗けば目が腫れている。
――あぁ、なんて馬鹿なのだろう。
本当に情けない。そう呟いてため息をひとつ零す。
任務に失敗(標的は殺したけど"暗殺"出来てないなら失敗だ)した挙句に別チームに移動しろといわれて、泣き喚いて迷惑かけるだなんて。

本当に情けないし、馬鹿だし、もう何もいえない。そんなことを思いながら赤く腫れた目蓋を手のひらで強く擦る。
赤々と腫れた目蓋は醜く、見るに耐えない。「馬鹿だな」と一言呟いて、ため息を零して、同時に壁に掛けられたカレンダーに目をやった。
カレンダーに黒のインクででかでかと印刷された数字は、今が西暦1999年だということを私に教えてくれて。共に、"もう時間が残り少ないぞ"ということまでもを私に伝えてくる。
その事実に胸が押しつぶされそうな苦しみを覚えながら、それでもいつまでもこの部屋に篭るわけにもいかないということに気がついて、寝巻き代わりのシャツを脱いで変わりに愛用しているカーディガンを羽織って部屋を出る。
今日はどちらの仕事も休みのはずだから、「たまには気分転換に買い物に出かけるのもいいかもしれない」と思いながら廊下を歩く。ふとすれ違ったソルベとジェラートに「おはよう」と告げれば彼らも「おはよう」と返してくれる。
そうしてどこかへ出かけようとする二人の背に「出かけるの?」と問えば"Si"という言葉が返ってくる。

――なんだか、いやな予感がした。

第六感というものだろうか。背中が粟立つような悪寒と吐き気、言い表しようのない恐怖に似た様なその予感に、身体が強張り震えだす。
そんな私に彼らは気付いたのだろう。ドアノブに触れていた手をソルベが止めて「どうしたのか」とでもいうかのような目線をこちらに送りつけてきた。同時に私は2人に縋り付いて、口を開く。

「ボスのこと、調べてるの…?」

震えて掠れた小さな声で問いかければわずかに二人の顔が強張る。
それと共に、何故それを知っているのかというかのような目線が私に突き刺さる。

「お願いだから、危ない目はやめて。分かってるでしょう? ボスがどんな奴なのか。」

きっと見つかったら酷い目にあった挙句に殺されてしまう。そう続けて情報を探るのは止めてくれと何度も繰り返す。同時に彼らの死ぬ姿が目蓋の裏に写って、視界が涙で滲む。
それでも2人がその足を止めることはなかった。情報収集が俺たちの仕事だから、と私の止める声など聞かずに出て行ってしまう。
――やっぱり、運命は変えられないのか。
考えてみれば、小さな私の言葉で足を止めるような者達じゃないのだ。ソルベやジェラートだけじゃない。このチームの全員は、「戦えば死ぬ」と告げたとしても「それがなんだ」と跳ね除けてしまうのだろう。
目的のためなら自分の死をも厭わない――それが、それこそが"暗殺チーム"の彼らの姿なのだ。

「……だったら、私が、守る。」

死の運命を変えてやる。呟いて唇を噛み締めれば、鉄の味が口内に広がった。




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