あぁ、これで一体何人目だろう。

影によって作り出された刃でリオが標的の脳天を貫いてしまえば、彼女の任務はあっさりと終わりを迎える。
ごとりと力なく倒れて転げた死体にはもう魂は存在しない。もう幾度と見てきた亡骸には悲しみも、懺悔の言葉すらも浮かんでこない。

既に死体となってしまった哀れな男の身体を軽く足蹴にして、『早くこの場から離れよう』と部屋のドアノブに触れようと彼女が手を伸ばせば、大きな音と共に扉が開かれる。
刹那、空気を切り裂くような音が鳴り響いた。
途端に肩に走る激痛。
前を見れば開け放たれた扉の先で、黒く鈍い銃口がこちらを向いていた。

『…グリム・リーパー!!』

痛みに耐えながら叫んで、影の刃で銃を切り裂く。同時に男の足を切りつけて、彼女は走り出す。
バタバタと長い長い廊下を走ればついさきほど切りつけた男が呼びつけたらしい。彼の仲間が追ってくる足音や怒声がリオの耳に届く。
止まれ、殺す、とそんな物騒な言葉が背後から投げかけられるが止まれと言われて、大人しく止まるような者が暗殺者など務まるわけがないのだ。勿論、彼女が止まることもない。

『……グリム、リーパーッ!』

リオの口が唐突に動いて追ってきていた男達の影が揺らぎ、立体になったかと思えば刃のように先は鋭く変形し、その切っ先が男達を切り裂いていく。
途端上がる悲鳴。傷口から噴出す赤い液体。一瞬にして風景が地獄絵図と化す。

『…あッ!』

パンと乾いた音が廊下に響いて、肩に走っていた激痛よりも激しい痛みが彼女の太ももに走る。ハッとしてリオが自身の足に目をやればじわりと広がっていく赤い染み。
どうやらまた撃たれたらしい。そう判断して男達を見やれば痛みに耐えながらもこちらに銃口を向けていた男の一人と目が合った。
まだ組織に入ったばかりなのか、随分と若い男――というより少年だった。
少年は震える手で、痛みに悶える仲間に埋もれながら(また自らも痛みに悶えながら)リオに黒々とした凶器を構える。

依然出血の止まらない太股に手を宛がいながら、リオはまた自身のスタンドを呼ぶ。
そうして作り出した影の刃の切っ先を、少年の首元に向けたかと思うと迷いもなくそれを振り下ろす。途端に少年の首に赤い線が浮かび、同時にそこから赤い液体が噴出してくる。
『あ、』とそんな言葉を最後に崩れ落ちた少年の手から、重力に逆らいきれなかった銃がゴトリと音を立てて落ちた。







――今日だけで、何人殺したのだろう。
標的だった男のアジトから抜け出し、隠れるように裏路地を通りながらそんなことを思う。
壁に手をつけば手のひらに付着していた血が壁にべっとりと張り付いた。
恐らく半分は自分の物で、もう半分は今日殺してきた者達のものなのだろう。

『もう、戻れないよなぁ…』

いや、そもそも"元の世界"に戻れるのかすら分からないのだけれども…
それでも仮に戻れると考えたとして――私は普通の生活に戻ることが出来るのだろうか。

"彼らのため"を免罪符に、人を殺してきた。
今日だってそうだ。
今日も、私は人を殺した。

――恐ろしかった。
自分が変わっていくのが、とても怖かった。
殺さなければ自分はきっと殺されていた。だけど――あの時、少年の命を絶つときまったく迷いを感じなかった。感じられなかった。

『ハハ…アハハ…』

気がつけば笑い出していた。だけどそれは喜びとか、嬉しさからくる笑みではない。
渇き切った、空虚な笑みだった。

そうして漸く仲間達がいるアジトまで、私は辿り着く。
見慣れた扉に心底安堵しながらドアノブを捻れば、扉が開く。同時に私はなだれ込むように玄関へと倒れこんだ。
ドサリと自分が倒れる音と共に頬に冷たいタイルの感触がした。

依然、太股と肩からの出血は止まらない。
じわじわと広がっていく赤い小さな水溜りに『玄関掃除しないとなぁ』なんてことを思いながら、私はそっと意識を手放したのであった。




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