気がつけば、半年が経過していた。残る期間は――きっと、恐らくもう限りなく皆無に等しい。
自分が始めてこの世界に来た日と、今の日付をカレンダーで見比べてそんなことを思う。

『……あ、そろそろ行かなくちゃ。』

時間だ、そう呟いて荷物を手に持ち『行って来ます』と言ってアジトの扉を開ける。
一歩街に足を踏み出した瞬間リオは"パッショーネに所属する暗殺者"ではなく"一人の一般人"へと成り代わる。

『時間、間に合うかなぁ…』

チラチラと腕にした時計を目で見やりながら彼女は道を走る。暫く駆けていれば彼女の目的地が見えてくる。
そこは一軒のレストランであった。

裏道を通り、ゴミ箱を避けつつレストランの裏口へとたどり着いたリオは扉を開ける。
そして『おはようございます』と声をかけた。同時に『おはよう』という声が奥の厨房から複数聞こえてくる。

『すいません、ちょっと遅れました。』

着替えるための部屋に行こうとする足を一瞬とどめて、厨房にいた店長に対してリオがそう口にして頭を下げれば『…そうかい? そんなに遅れてないと思うけど。』と彼はいった。
イタリア人はどうも時間にルーズらしい。
5分ほどの遅れなど、遅れではないと彼は言う。
その言葉にわずかに胸を撫で下ろしつつ、リオは制服に着替え始める。

シンプルなシャツにシンプルな黒いズボン。最後に濃い緑のエプロンを腰に巻き付けて髪を高く結えば準備は終わる。
今日も頑張ろう。そんな言葉と共に両頬をパチンと叩いてリオは店内へ足を踏み出した。






『今月もお疲れ。本当によく働いてくれた。』
『ありがとうございます。』

そんな会話と共に渡されるのは少し重みを感じる茶色い封筒。
中をちらりと覗けば予想していなかった額がそこには鎮座していて、思わず店長の顔を私は見上げる。

『少し多くないですか?』

思わずそんな疑問を口にすれば『随分とがんばってくれたからボーナスだ。』と店長は言って微笑む。
同時に彼はまた『お疲れ』と言って、私の頭を軽く撫でる。

込みあがってきた嬉しさや喜びと共にまたお礼を口にして一礼した後、私は店を出る。

店内から一歩外に足を踏み出してみればすぐに闇に包まれる。
始めは少し怖いと感じていた闇にも、(生活費とかその他諸々のお金を稼ぐために)働き出して二ヶ月も過ぎた今となってはもう慣れたものだ。

外灯の少ない薄暗い路地をコツコツと足音を響かせながら、私は歩く。
チラチラと建物の影からこちらを見てくる男達も、今はもう少しも怖くない。スタンドがあれば一般人相手くらい、どうってことないのだ。

そんなことを思っていれば微かな悲鳴が聞こえた。
思わず眉を顰めた。
あぁ、なんということだ。今日もまた、きっとこの町のどこかでか弱い女性が男達に浚われるか、強姦でもされようとしているのだろう。
正直、そんなことはこの街では日常茶飯事であった。
だけどいくら被害を報告したって警察は動かない。動いてくれないのだ。
よって街を守り、治安を良くする者たちがいない。

そしてまた繰り返される悲劇。
あぁ、なんと嘆かわしいことだろう。

と、そんな風に内心呟きつつ私は駆け出す。向かう先は、悲鳴が聞こえた方向だ。
走りながら着ていたパーカーのフードを深く被り、ポケットから取り出したマスクで顔を覆う。
理由は、下手に仕返しされても困るから。ただそれだけだ。

そして路地を飛び出せば薄暗い外灯が照らす中、一台の車とそこに今にも引きずり込まれようとしている女性の姿が眼界に飛び込んでくる。
そして私はそっとスタンドの名を呼び、影を操る。

『グリム・リーパー。』

小さく彼女の名を呼べば男たちの影が静かに姿を変え、まるで生きた蛇のように彼らの身体に巻きついて締め上げる。
突然身体が締め上げられる感覚に驚いたのだろう。男達は押さえつけてた女性のことも忘れてパニックになってわめき出す。


『今のうちに、逃げなよお姉さん。』

そっと女性に近づいて囁けば彼女はハッとしたかのような表情を浮かべて、そして駆け出す。
今度は捕まらないでね、とそんな忠告もしておいた。




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