―――妹の存在を"思い出した"その日、夢を見た。


幼い少女が二人、そっくりな顔をして微笑みあって手をつないでいた。


場所が変わってどこかの海岸。
見晴らしの良い、高い崖。水平線が良く見えた。
青い空が見えて、同じように青い海が眼界一杯に広がっている。
振り返れば自分と同じ顔をした存在。
薄く微笑んで、名前を呼ばれた。

――"**"
声が小波の音でかき消される。
聞こえない。もう一度呼んで。そう言おうとした瞬間、彼女の身体が掻き消える。
同時に、彼女の背後にあったはずの鉄柵の姿までも消えているということに気がつく。

考えるよりも先に、身体が動き出していた。

落ちた少女の身体。
身を乗り出して手を掴もうとしたが間に合わない。――――ならば、

土を蹴って、勢いよく空中に躍り出る。
視界に広がるのは青い海と、驚きで顔を歪める自分とよく似た存在。

手を伸ばせば、その彼女の服のすそを掴むことが出来た。


――どうして。
泣きそうな顔で彼女が言った。

どうして、だなんて愚問だった。
この行動の殆どが本能に等しかったからである。

――いつも一緒だって、約束したじゃない。
お姉ちゃんは約束を破らない。そう言って微笑んで、抱きしめる。
離れ離れになることがないように、ばらばらになることがないように…祈るように、ただ抱きしめた。




そして………―――





カタリ。
小さな物音で目を覚ました。
眠気眼を擦ってベッドの代わりにしているソファから身を起こせば、ちょうど今帰ってきたらしいリゾットと目が合った。

『おかえりなさい。』
『あぁ、ただいま。』

小さな屈伸をして壁にかけられた時計を見やれば深夜を指している。
お疲れ様、とリゾットに声をかけてコーヒーでも入れようかと立ち上がれば僅かな鉄のにおいが鼻についた。

『……怪我、してないよね?』
『?……あぁ、大丈夫だ。』

問いかけて帰ってきた言葉に(これは今しがた死んだ者の、においなのだ)と察した。


『……気になるか?』
『え?』

唐突にかけられた問いに思わず目を見開かせ、頭上に疑問符を浮かべていれば『血のにおいが気になるのか』と再度問われる。
別に、そんなことは無かった。だから素直に首を左右に振った。

『違うんだ。気になったのは"そっち"じゃない。
……リーダーが、怪我したのかなって心配したんだ。』

ただそれだけだと、(本当はそんな必要など無いのだろうけど)ポツリと呟いて棚からマグカップを取り出すために戸を開ける。
飲むかと問えば"YES"と返されたので二つ取り出した。

インスタントの粉をお湯で溶かせば鉄のにおいがかき消されて、変わりにコーヒーの独特の香りが辺りに立ち込める。
砂糖もミルクも入れない派のリゾットにブラックを渡せば『Grazie』と声が聞こえた。


ソファに腰を下ろして、無言でコーヒーをすする。
ブラックなど苦すぎて飲めないために砂糖とミルクを入れられたコーヒーの甘い液体は喉を通り、身体の中に染み渡っていく。
ちらりと横目でリゾットを伺えば無表情で彼はコーヒーを飲んでいた。

――綺麗、だよなぁ。
ぼんやりと、甘い液体を口に含みながら思わずそんなことを思う。
黒の頭巾から覗く白に近い金髪も、目を縁取る長いまつげも……まるで一流の彫刻家に造られたかのように美しいと感じた。




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