タイミングが逃げてゆく
全くナマエが見つからない。一体何処へいるんだ。
先程から彼女が行きそうな場所を当たっているが、一向に見つかる気配がない。
「…ここもハズレか」
無意識に舌を打って再び踵を返す。
ただでさえ悪い機嫌がどんどん急降下していく。偶然道に転がっていた何の罪もない石ころにすら怒りが湧いた。
「お姉さん綺麗だね、一人?もし良かったら…」
にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべながらそう声を掛けてきた男を睨み付けてやる。すると顔色を真っ青に変えたかと思えば、情けない悲鳴を上げて脱兎の如く逃げ出した。
…下らない。本当に下らない輩だ。
しかもさっきの男のせいでナマエに女顔と罵られた事を思い出してしまった。どうしてくれる。段々と痛み始めてきた頭を抑えながら何度目かの溜息をつく。今日一日でどれだけストレスが溜まったことだろう。
もう帰ろうかと考えるけれど、先程のアンジュさんの笑顔が頭を過る。帰ってすぐに部屋へ引っ込んでしまえば良いのだろうがそう上手く行く気がしない。やはり今帰るのは得策ではないだろうか。
…本当に、オレは何をしているんだろう。
そもそも、ナマエが居なくなったところで何も問題は無い。オレは一人でも構わないのだし、むしろ彼女が大丈夫ではないから仕方なく傍に居てやっているというものだ。
大体、無垢の絆の世界の人間達とは仲良くしすぎるなとあれ程忠告しておいたのにナマエはすっかり彼らに馴染んでしまった。どうせオレ達とは住む世界は違うのだ、信頼しあっても別れが辛くなるだけだということが何故彼女にはわからないのだろう。
敵国であるキュキュに対してもそうだ。 国境なんて関係ない。貴方と仲良くしたい。そう真っ直ぐと伝えた彼女とキュキュはすっかり仲良しになってしまった。あいつは敵なのだ。いつ寝首をかかれるかわかったものではないというのに、それを注意してもキュキュはそんなことはしない。友達だから。そればかりを繰り返す。
なぜいつもオレの言う通りにしてくれないのだ。
「…どこだよ」
呟いて顔を上げれば夕日が丁度顔を出していた。オレンジ色に染まる街を眺めながら、歩いていた足が止まる。
長く伸びた二つの影を見つけた。
スパーダくんと、何故か彼の帽子を被っているナマエだった。ナマエが慌てた様子で帽子を返す。すると、スパーダくんが照れ臭そうに笑いながらナマエの頭を撫でた。
心が冷え切っていくのがわかる。そのまま歩みを進めて二人に近付くけれど、此方に気付く気配は無い。
「こっちこそお前が居てくれて良かったぜ、ありがとな」
スパーダくんが歯を見せて笑う。
「ううん、私の方こそスパーダのおかげで元気が出たよ」
そう言ってナマエは手に持っていた袋を大切そうに抱きしめた。その顔が赤く染まっていたのを見逃すはずもなく。
「へえ、そういうこと」
口を開いたつもりはなかったけれど、感情のない声が飛び出していた。
驚いたように此方を見た二人。スパーダくんの目には焦りが浮かんでいて、それにまた神経が逆撫でされているような気分になった。
「コ、コンウェイ!?えっ、いつから」
「いいんじゃないかな」
何が良いというのだろう。
彼女が何かを言おうとしていたけれど、今は何も聞きたくなかった。まるで心にぽっかりと大きな穴が空いたようだった。それでも、顔に浮かぶのはいつもの笑顔。
「いいって…」
「別にボクは構わないよ。スパーダくん」
彼の名を呼ぶとびくりと肩を震わせてオレの方を見る。動揺しているのか、大きく開かれた彼の瞳を見つめ返しながらオレは笑う。
「ナマエをよろしくね」
「…は!?てめぇ、おいコンウェイ…!」
スパーダくんの怒鳴り声も無視をして二人に背を向けた。そのまま後ろを振り返ることもせず、歩き始める。行く当てなどない。宿に帰るわけにもいかないし、彼女を連れて帰る気にはなれなかった。だが、一刻も早くこの場を離れたい。そんな思いで、足を進める。


別に、勝手にすればいい。
ナマエが誰と仲良くしようとオレには何一つ関係がない。オレは気にしないし、止めない。それは全部彼女の勝手で、自由なことだ。
だから、だから。この悲鳴を上げている心だって、全て気のせいに過ぎない。

不意に頬に冷たい感覚を覚えて、手をやる。「……水?」
空を見上げれば、ぽつりぽつりと雫が降ってくる。…今日は晴れているのではなかったのか。溜息をついてから素早く近くの軒下へ入り込み、外套に軽くついた水を払う。
それにしても、このタイミングで雨が降り出すとはなんと滑稽だろう。まるで空がオレを嘲笑っているかのように思えてくる。
「…馬鹿馬鹿しい」
自分で考えて馬鹿らしくなった。口元に嘲笑が浮かんだ刹那、水を蹴る足音が聞こえてきて軒下へ誰かが入ってきた。大方自分と同じく突然の夕立に降られた者だろう。まあ、オレはほとんど濡れてないけど。
そちらへ視線を向けて、思わず自分の顔に皺が寄る。丁度顔を上げたその人物もオレの顔を見てわざとらしくゲッと声を上げた。ただでさえ不運続きだというのに、まだ続くというのか。
「(なんでアンタがここにいるのよ!?出て行って!アンタと一緒に雨宿りなんて耐えられない!)」
「…先客はボクだ。君が後から来たんだろ」
キンキンと五月蝿い声に舌を打ってそう返す。大体、出来る限りこちらの世界の言葉を使えと言ったのを彼女はもう忘れているのか。
そんなオレに怯んだ様子も見せず、キュキュは不快そうに頬を引きつらせた。
「キュキュ、帰る」
「勝手にすれば。まあこの夕立もあと少しで止むけどそれでも濡れて帰りたいならボクは止めないよ?」
東の空の方が晴れてきているのをちらりと見ながらそう言うと、キュキュはまた不愉快そうに此方を睨みつけた。
「キュキュ、コンウェイ嫌い」
「は、知ってるよ。どうしたんだい、そんなこと言い出して」
「コンウェイ、敵。キュキュ、嫌い」
ギロリと此方を睨んでそればかり繰り返すキュキュにやれやれと溜息をついて、あたりに人がいないことを確認してから口を開く。
「(君にとってはナマエもオレも同じ敵国のはずだけど?)」
「(コンウェイは嫌なやつ。性格も悪くてウソツキ。でも、ナマエは優しくていい子だわ。ナマエはキュキュの大切な友達)」
「(へえ、ああ見えてナマエも結構めんどくさいところあるけどね)」
「(…ほんと最低ね。ナマエみたいな優しい子がコンウェイみたいなやつのことを慕ってくれてるなんて奇跡に近いのに)」
随分な言われようだと肩を竦める。本当に、今日はロクな事が無いな。
いつの間にか止んでいた雨を見て、キュキュが外へ飛び出した。そのままいなくなるのかと思いきや、何故か振り返った。そして不愉快そうな表情を浮かべる。
「コンウェイ、ナマエ大切にしてない」
「…は?」
予測していなかったキュキュの言葉に一瞬思考が止まる。こいつは今、何と言った?オレが、ナマエを大切にしていないだと?
「キュキュ知てる。ナマエ泣いてた。コンウェイのせい」
「…なんでお前がそれを」
「キュキュ、ナマエ好き。だから、コンウェイより、変な帽子のがマシ!」
そう言い残してキュキュは走り去った。
キュキュの言葉につい先程見たばかりの光景が頭に浮かぶ。楽しそうに歩くスパーダくんとナマエ。
頭を振って無意識に舌を打つ。
「…お前に、何がわかる」
呟いたその言葉は、止んだ雨と共に水たまりに溶けた。




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