なきむしのつよがり
今日はいい天気だった。
悪天候ばかりが続いていた最近の事を考えれば、久しぶりの青空に人々の心も思わず晴れ渡ったに違いない。勿論オレも例外ではなかった。…先程までは。
イライラとしながら、一人本を開いて、飲みかけの紅茶に手を伸ばす。
机の上に置いてあるもう一つのティーカップが、本来なら居たはずだった人物の不在を主張するようでまた苛ついた。
冷め切った紅茶が喉を通って、眉をひそめる。力任せにカップをソーサラーに乗せれば、がしゃんと五月蝿い音が鳴った。それすらもオレの怒りを煽る。
事実を述べただけだ。オレに非は決してない。そう思っている筈なのに、泣きそうなナマエの顔が頭によぎると、少し言い過ぎてしまっただろうかなんて事を考える。
女顔と言われたことに関しては当然腹が立っていた。それはもう、二度とオレにそんな口を聞けないようにしてやりたいくらいには。
しかし、彼女は初対面で自分を女性と間違えなかった数少ない人間で。勿論これはオレ自身としては非常に解せない事なのだが。
何より、今まで彼女はオレに女性を形容するような表現は決して使わなかった。
そんな彼女が、女顔なんて言葉を口にしたことに軽いショックのようなものを受けただけであって。
らしくもないな。眉間に指を当てて小さく息を吐く。目を閉じて、落ち着けと自分に言い聞かせる。
どうせナマエのことだから、すぐに帰ってくるだろう。そうしたら謝ればいいだけの話だ。
そう思案しつつ、ふと何故自分が謝らなければならないのかと疑問に思った。
「コンウェイのおっちゃん?」
背後から聞こえた声に目を開ける。こんな呼び方をする人間は、一人しかいない。
振り向けば、案の定エルマーナが立っていた、のだが。
一瞬本当に彼女なのかと疑ってしまった。
大きな荷物を抱えた彼女はフラフラと、ロビーに入った。正直、買いすぎではないかと内心突っ込む。背丈の低い彼女には抱えきれず、顔がほとんど隠れてしまっている。買い物袋を持っているというより袋に呑まれているといった表現の方が適切なような。声をかけられなければ、誰かわからなかったかもしれない。
「ああ、エルマーナ。どうしたんだい?」
その大荷物は、という意味合いを込めて問うたのだがどうやら伝わらなかったらしい。エルマーナは頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。
普段なら気になる筈もないそんなことに苛立っていた心がまた騒ぐ。それを表情に出さないようにと意識的に笑みを浮かべた。
エルマーナはよっこいしょ、なんて年寄りのようなことを呟きながら、抱えていた大荷物を床に下ろしていく。
「その大荷物だよ。まさか全部君の買い物かい?」
「んなわけないやろ。アンジュ姉ちゃんの買い物に決まっとるやん。大体アンジュ姉ちゃんは買いすぎなんや…」
エルマーナは手をひらひらと振りながら、あー重かったと零した。
オレはといえばやはりアンジュさんのものだったかと一人に納得する。それにしても、エルマーナが帰ってきたというのにアンジュさん本人はどこにいるのだろうか。
そんなオレの疑問を今度は察したのか、エルマーナは呆れた様に笑った。
「アンジュ姉ちゃんなら、まだ町にいるで。なんでも、『買い足りない』んやと」
一部を強調するように告げたエルマーナに思わず乾いた笑いが浮かんだ。大方、リカルドさん辺りでも連れ回しているのだろう。
流石に持ちきれなくなったから一旦荷物を持たせたエルマーナを宿屋まで帰らせた、といったところだろうか。相変わらずというか、なんというか。
「こんな大荷物、旅に持っていけないんじゃないかな」
正直、体力に自信がある方ではないので荷物持ちは避けたい。そんな思いからそう口にすると、エルマーナはまた苦笑する。
「その心配はあらへん。せやかてこれの中身、ほとんど食物やもん」
ああ、そう。
アンジュさんの食い意地には毎度驚かされる。たくさん食べる女性は素敵だと思うけれど、彼女の場合は度が過ぎている所があるような気がする。
「そういや、コンウェイのおっちゃん」
何かを思い出したかのように手を叩いたエルマーナがオレを呼ぶ。
少し忘れかけていた怒りが舞戻ってきた。その呼び方には慣れたと思っていたが。やはり、今は些細なことですらオレを苛立たせるようだ。
「…エルマーナ、何度も言っているけどボクはまだ24歳だ」
「あんな、さっきすごい勢いで走り去るナマエ姉ちゃんとすれ違ったんやけど。なんや今にも泣きそうやったし」
オレの話しなど全く聞く耳を持たず、エルマーナはそう口にした。
その言葉にまた焦燥感が増す。
そんなことは知っている。泣かせているのは紛れもないオレ自身なのだから。
「ああ、知っているよ」
「そうなん?あ、もしかして喧嘩でもしたんか?」
せやからコンウェイのおっちゃん、イライラしとるんやな。なんて笑う彼女にオレは目を丸くする。
…苛立ちは、完璧に隠しているつもりだったというのに。
「いや、めっちゃ不機嫌オーラでとるで。ここらへんに」
オレの表情を見て悟ったエルマーナはそう言いながら、オレの周辺を指差した。
つい零れそうになった溜息をぐっと飲み込み、再び本に目をやる。が、内容が全く頭に入ってこない。
「なあ、喧嘩したんなら仲直りせなあかんて」
「別に喧嘩なんかじゃないよ」
冷たくそう突っぱねるが、エルマーナはへーと笑うだけだった。ムカつく。
そう、喧嘩ではない。ただナマエがあまりにも甘いから。その優しさが命取りになると、忠告してやっただけなのだ。そうしたらなぜか泣き出した、それだけのことだ。
大体、ナマエはいつも無防備過ぎるのだ。人を疑うことを知らない。それが危ないと指摘しただけのこと。考えれば考えるほど波打つ心に思わず舌を打ちたくなった。
此方をじっと見つめるエルマーナにまた苛つき、ぞんざいに本のページをめくる。
すると、エルマーナが口を開いた。
「コンウェイのおっちゃん」
「なんだよ」
「さっきから思ってたんやけど、本逆さで読めるん?」
笑顔も忘れて彼女を睨みつけると、エルマーナは小さくうわ怖、なんて漏らした。


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