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*学パロです


不覚だった。
思えば昨晩から少し体がだるかった。
宿題は終わらせてあったのだ。バレンタインのチョコレートだってちゃんと準備も終わっていた。大好きなドラマの予約だって完璧だった。
しかし、夕方からちらちらと降りだした雪へ導かれるように外へ飛び出した私は見事に風邪を引いてしまったのだった。
「三十八度四分…」
体温計が無機質な音を鳴らせたので取り出してみれば表示されている数字の高いこと。
これではとても学校なんて行けない。けれど今日はバレンタインなのに。わざわざ用意だってしたのに。友チョコだって欲しかったのに。彼にも渡したかったのに。
うじうじと悩む私を一喝した母が学校には電話をしておくからね、と言い残し部屋の扉が閉められた。
静寂な部屋に一人ぼっち。特にすることもない。
熱でぼんやりとするし頭も痛かったのでいそいそとベッドへ入った。確かに、チョコレートなんて別に今度でも良いのだろう。あまり遅くなるのは良くないけれど、二、三日くらいなら平気だろうし。わかってはいるけれど、イベントというのは当日だからこそ楽しめるというものだ。
溜め息が出た。残念だけど今日は早く治すことに専念すべきだ。そう考えて布団を口元にまで上げてから、目を閉じた。
……ああ、コンウェイにチョコレート渡したかったなあ。


***


「起きなよ」
「……ん」
「起きろ」
「いだだだだだっ、なに、なに!?襲撃!?」
頬を強く摘ままれて一気に目が覚める。
じりじりと痛む頬に手を当てて飛び起きれば、何故かベッドの横には呆れ顔をしたコンウェイが立っていた。
あれ?ここ私の部屋だよね。
「え、なんでコンウェイがいるの!?ていうか学校は?あ、もしかしてサボり?」
「ナマエじゃあるまいし。学校はもう終わったよ」
「言わせてもらいますけど私今日サボりじゃないからね!?」
私の主張を聞くつもりはないのか、コンウェイは無視して鞄を漁り始めた。私はといえば彼が持っていた鞄とは別の、床に置いてある紙袋が目に入り少し悲しくなった。相変わらず大量の箱やら袋が詰まっている。そのうちの殆どが本気であることは容易に想像出来た。ふいと視線をずらすとコンウェイと目が合う。私の視線から何を見ていたのか、きっと彼は直ぐに理解しただろう。それでも落ち込みかけた気持ちを表に出したくはなくて、いつも通りの明るい声を出す。
「それ、全部もらったの!?」
「まあね」
「え、それさあ紙袋用意してきたの?これくらいは貰えるかなーと予想して自分で家からわざわざ持っいたっ!」
「そんなわけないだろ」
頭を箱で叩かれて悲鳴を上げる。そのまま彼に箱を手渡された。何事かと思ってコンウェイを見上げれば、開けてみれば?とのお言葉。言われたとおり蓋を開ければ中は袋に包まれたチョコレートでいっぱいだった。
「うわ!これどうしたの、え?」
「アンジュさんたちから託されたんだよ。全く迷惑な話だね」
「わー!わー!ありがとうコンウェイ!」
まさかバレンタインに欠席しても友チョコが貰えるとは思わなかった。次に学校へ行ったときに私も皆に渡さなければ。
お礼を告げると、コンウェイはいつもの笑顔を浮かべて首を傾げた。
「で?」
「…で、ってなに」
「どうして風邪なんて引いたんだい。驚いたよ、馬鹿は風邪をひかないって言うだろう」
「やだなあコンウェイ、それじゃまるで私が馬鹿みたいに聞こえるよ?」
「まあ、どうせ昨日の雪で体を冷やしたんだろうね」
事実だったので彼の言葉に何も返せずにいると、冷ややかな視線が向けられる。仕方ないでしょう、雪なんて滅多に降らないのだから。
「熱は?」
「朝は八度あったけど、今は平気だから大分下がったと思う」
「そう」
呟いて、コンウェイがベッドに座った。その時大変なことに気が付いた。今更ながら、私の格好は寝間着そのもので髪はボサボサなわけで。唐突に自分の身なりが恥ずかしくなった私は慌てて布団を頭のてっぺんまで引っ張った。
「…なに、突然どうしたんだい」
布団越しに彼の声が聞こえる。
「いえ、ちょっと」
髪がボサボサで寝間着だから恥ずかしいです、なんて言おうものならいつもと何か違うのかい?とか返されそうだから伏せておく。
しかし、コンウェイは私のそんな行動を体調不良と読んだのか一気に声色が変わった。
「…まだ熱があるの?」
「へっ、いや、そういうわけ…でもないんだけど」
心配そうな声に心が痛む。でも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。好きな人の前でくらい可愛くありたいと思うのは正しい…はず。今更遅いんじゃないのかと心の声が言ってきたけれど、その意見を振り切る。そして、絶対にこの布団は取らないぞと心に誓う。だがその直後、真っ暗だった視界がぱっと明るくなった。
「えっ、わ、ちょっと」
「ナマエ、こっち」
何故かコンウェイが布団をひっぺがえして、彼もベッドの上に乗ってきた。彼は驚いて逃げようとした私の手を掴むと、動けないようにベッドに押さえつける。
彼の顔が近付いてきたかと思えば、こつんとおでこが合わせられた。普段よりも間近にコンウェイが居るせいで心臓がばくばくと騒いで顔がどんどん熱くなった。
そんな私を知ってか知らずか、彼が眉をひそめて口を開く。
「…熱いね」
「そ、そう…かな。あ、の、もう離れていいよ、ほら」
段々とぼんやりしてきた思考回路を必死に動かしてそう返す。今現在進行形でコンウェイのせいで熱が上がっていると思う。絶対気のせいじゃない。そう思って彼の胸を押すけれどびくともしない。どうしよう。
すると、コンウェイの口元が弧を描いた。
「ふうん、どうして?」
「…ど、どうしてって…だってほら風邪…移っちゃうとあれだし」
「…ボクは別に構わないけど?」
「え?」
そうしたらナマエが看病してくれるんだろ、なんて笑ったコンウェイがそのまま私の頬に手を添えた。彼の柔らかい髪が肌を擽る。
近すぎる距離に恥ずかしさやら熱やらで頭の中がぐるぐると混乱し始める。そのまま唇が触れそうな距離まで詰められて、ぐらぐらと沸騰直前まで熱があがるのがわかった。
「…と、言いたいところだけど」
そこで彼は言葉を区切って、にこりと笑う。すぐ目の前で微笑まれてまたどきりと心臓が跳ねた。
「本当に体調が悪そうだね、残念」
そう言ってコンウェイが私の上から退いた。ベッドに縫い付けられていた手も解放されて、私もゆっくりと起き上がる。
距離が空いたことで少しだけ落ち着いたようだ。相変わらず頭はショート寸前だし、心臓は煩かったけれど。
そしてふと視界に入った袋を見て大切なことを思い出した。
「う、あ、そうだチョコ」
「ああ、是非頂きたいな」
いつもだったらその発言に嫌味の一つでも投げかけるところなのだが、彼と距離を取りたくてそれどころではなかったためさっさと立ち上がって彼から離れる。用意していた袋からコンウェイの為にラッピングした箱を取り出して彼に差し出す。毎年毎年、本当に緊張するタイミングである。
「あ、味は一応保証できるから捨てないでね」
「今年は手作りなんだ?」
ただでさえ死ぬほど恥ずかしいというのにコンウェイの問いかけでそれが倍増して、思わず強い口調になってしまう。
「そ、そうだよ!悪い?!」
「いや、いいんじゃないかな」
ありがとう。大事に食べるよなんてそんな風に微笑まれてしまったら憎まれ口の一つも叩けないではないか。
顔を真っ赤にして立ち尽くすと、コンウェイに早く休めと手を引かれてまたベッドへ入る。彼が布団を掛け直してくれたところで五時を告げる鐘が鳴った。
「さて、じゃあそろそろ帰ろうかな」
「あ、ありがとうコンウェイ。わざわざ来てくれて」
「どういたしまして。それじゃ…そうだ」
扉の前に立ったところで彼が何かを思い出したような声を上げた。どうしたのかと背中を見ていたら忘れ物をした、と言って振り向いた。コンウェイらしからぬ発言にクエスチョンマークを頭に浮かべていると、彼が無表情でずんずんと近づいてくる。思わずベッドの上で後退る。
「えっ、な、なに!?」
「だから、忘れ物」
「このチョコ!?これはだめ!友チョコなんだから!」
先程彼から渡された箱を守るように抱き締めればコンウェイが呆れたように溜め息をついた。どんなに溜め息をつかれようと、私はこのチョコを渡すわけにはいかない!
「違うよ、オレが忘れたのはこれ」
彼の手が伸びてきて前髪を横へ退けられる。そしてほんの一瞬おでこに柔らかい感覚。
ちゅ、と音を立てて離れた唇に思わず固まっているとそれを見たコンウェイが愉しそうに笑う。
そして踵を返して扉の前へ辿り着きドアノブを掴むと、また此方を振り返った。
「それじゃあ、お大事に」
バタンと扉が閉じられて、再び部屋が静寂に包まれる。
じわじわと事の次第を理解した私が、数秒後に絶叫したのは言うまでもない。



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