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特に用などは無かったのだが、なんとなく彼女に会いたくなった。そんな理由で、スパーダは今ナマエの部屋の前に立っていた。
「つってもなァ…」
思い立って意気揚々と自部屋を出たけれど、なんとなく会いたいと思ったなんて女々しい理由で会いに行くのは如何なものか。
扉の前に辿り着いたまでは良かったのだが自分の無駄なプライドが邪魔をして、行動に移せずにいる。ただ、ノックをして部屋に入ればいい。そしてお前に会いたかったからと一言言えばそれで良いはずなのに。なんとも行動し難く、スパーダは扉の前で唸る。
きっと、いつも澄ました態度のあいつなら出来るんだろう。スパーダの頭には、女みたいな顔をした一人の男が浮かんでいた。
「スパーダくん」
「うおっ!?」
突然真横から掛けられた声にスパーダは大声を上げる。驚いて横を向けば、丁度今、頭に浮かんでいた人物が立っていた。
何故か手に大量の本を抱えているコンウェイは面倒臭そうに言う。
「通路の邪魔だから、退いて欲しいな」
「あ、ああ…悪い」
小さく謝罪の言葉を口にして、スパーダは道を空ける。ありがとう、とまたいつもの胡散臭い笑顔を貼り付けてコンウェイは歩き出した。
その後ろ姿をスパーダはぼんやりと見つめる。あいつだったらなんて言うのだろう。きっと歯が浮くような台詞に違いない。
勝手に決めつけたスパーダがそんな事を考えていると、ふいにコンウェイが足を止めてスパーダの方を振り返った。スパーダは思わず、なんだよと呟いて前方を睨む。
溜息をついたコンウェイは落ち着き払った様子で口を開いた。
「スパーダくん、君はボクのことを女みたいだっていつも言うけど」
抱えた本を持ち直しながら、コンウェイは意地悪げに口角をあげる。どこからどう見ても悪人の顔をしているコンウェイにスパーダはほんの少し恐怖を覚えた。
「そうやってノックすら出来ずに悩んでいる君の方が女々しいんじゃない?」
その言葉にショックを受けて凍り付く。
コンウェイはそんなスパーダの様子に小さく笑って、悠々と階段を降りて行った。
コンウェイが居なくなり、一人になった廊下にスパーダは立ち尽くす。
確かにコンウェイの言う通りだった。自分は今、あの女顔よりも間違いなく女々しいことをしている。
「くっそ…」
プライドだのなんだの、どうでもよくなった。とりあえずコンウェイに言われた言葉に対する苛立ちで、先程まで感じていた気恥かしさもなにも無くなった。
会いたいから会いに行く。そう思う事に何を恥じることがあるだろう。自分にそう言い聞かせると、そうだそうだ!と心の声が同意する。
「ナマエ、いるか?」
強敵だと思っていたその分厚い扉は、今のスパーダにとってはもはやただの扉でしかなかった。勿論、最初からただの扉だったのだが。
コンコン、と小気味の良い音を響かせて扉を軽く叩く。しかし、中から返事はない。
すると今しがた決意したばかりの心が不安で染まる。もしかして寝ているのだろうか。寝ているところを、会いたかったなんて理由で起こすのは躊躇われる。
もう一度、もう一度呼びかけてみて返事がないようならば部屋に戻ろう。そう決めたスパーダは意を決して再びノックをしようと手を伸ばす。
「ナマエ、あの」
「あれ?スパーダ何してるの?」
「うおおお!?」
真後ろから聞こえた声にスパーダはまたしても大声をあげた。凄い勢いで首を捻れば、何故かそこにはナマエが立っていた。思わず目を瞬いて、スパーダは素っ頓狂な声を出した。
「な!?は、だってオマエ…部屋の中に居たんじゃ」
「ううん?下でお茶を飲んでたの」
それがどうかした?と首を傾げるナマエにスパーダは大きく溜息をついた。
なんだ、自分の勝手な速了だったのか。
時計を確認してみれば今は午後三時。こんな時間にナマエが寝ているとは考えにくい。
「コンウェイさんが降りてきてね、二階へ行ったら面白いものが見られるよって教えてくれたんだけど」
面白いものってなんだったんだろうと少女は零す。それを聞いたスパーダの心の中でふつふつと怒りが湧き上がった。
あの女顔野郎…、ナマエが下に居たことを知っていたに違いない。その上で扉の前で四苦八苦しているスパーダを腹の中で笑っていたのだ。
「それで、スパーダは私に何か用?」
「あ、ああ」
ナマエがスパーダの方へ歩いてくると、ふわりと甘い香りが鼻を擽った。間近に来た彼女をよくよく見れば、ナマエの格好はTシャツにホットパンツと実にラフなものだった。ホットパンツからすらりと伸びる白い足にスパーダは思わずごくりと唾を飲む。
「?スパーダ、どうかし…え」
首を傾げた彼女の肩をがしりと掴んで、そのまま顔を近付ける。そして何かを言い掛けたナマエの口を塞いでやる。
真っ赤な顔が目の前にあって口角が上がるのがわかる。先程のコンウェイと同じ顔をしている自覚は、あった。
「…まさかキスをしにきたとか?」
唇を離すと、呆れた様な目をしたナマエが呟いた。その言葉にスパーダは頭を振って、彼女の耳元に顔を寄せる。
「ナマエに会いたくなっただけだぜ?」
そう格好つけてから、どうしようもなく恥ずかしくなったスパーダは帽子を深く被り直すのだった。



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