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「こっち向きなよ」
大好きな彼の声がそう呼びかけるけれど、今そちらを向くわけにはいかなかった。
瞬きをしただけで零れそうなのだ。
泣き顔なんて、絶対に見られたくない。そんな思いから必死に目に力を込める。けれどそんな努力も虚しく視界はどんどんと滲んでいく。彼の呼びかけも続く。
「ほら」
それでも頑なに首を振り続けていたら、後ろから溜息が聞こえた。
体がびくりと震える。怒らせてしまったのかもしれない、と不安になるけれど、やっぱり、彼の方を向くことはできなかった。
暫くして、彼の呼びかけが無くなった。元々彼の足の間に座らされ、後ろから抱きすくめられている状況だったから二人きりなのは当たり前だったが、無言になると改めて実感する。
いつも無言の空気が苦手だったけれど、今は逆に有難かった。少し安心して息をつくと、突然うなじに柔らかい何かが触れた。
「ひぁ、」
どうやら彼の唇らしい。
唐突な行動に思わず目を丸くする。
そして、彼はうなじだけではなく背中や首筋、耳などに口付けを落として行く。それがあまりにも優しくて。私を抱き締める彼の腕の力があまりにも強くて。それでも決して痛くはなくて。
ああ、いけない。視界がどんどん歪んでいく。
泣いては、いけないのに。
泣くな、泣くなと脳が命令するけれど、涙腺は緩むばかりだった。

そもそも、どうして私は泣いてはいけないんだったっけ?

思考がぐちゃぐちゃに乱れていて、自分でもよくわからなかった。
「ナマエ」
小さく名前を呼ばれて、私が返事をしようと口を開くと、ふいに彼の腕が離れた。すると自由になった彼の手が私の肩を強く掴んで、体の向きを変えようとした。
驚いた私は思わず顔を上げて彼を見る。すると、それを狙っていたかのように彼に唇を塞がれた。
「んん!?」
向かい合うように向きを変えられて、必然的に目が合うようになってしまう。彼の綺麗な瞳を見るのが嫌で、目を逸らす。それが気に入らなかったのか、彼は少し顔を顰めた。
そして薄っすらと開いていた隙間から彼の舌が入り込んだ。歯列をなぞられて、逃げようとする私の舌は彼の舌に捕まって、いとも簡単に絡めとられてしまう。
「ん…ふぁ…ゃ」
口内を犯されながら聞こえる厭らしい水音や、零れる自分の声に羞恥心で顔が赤くなる。脳が酸素を求めて何も考えられない。
彼の胸を叩くと、唇が離れた。
どきどきと心臓がうるさくて、肩で息をして呼吸を整える。
すると、少し困ったように目を細めた彼に今度は軽く肩を押されて私はそのまま床に倒れる。頭を打つのではないかと咄嗟に身構えたけれど、彼の腕が回されていたので痛みはなかった。
うなじにキスをされたあたりからもう何が何だかわからない。
何故、今私は押し倒されているのだろう。
状況が飲み込めず、ぐるぐると回る思考で、私の上に乗るコンウェイが嬉しそうであることだけをどこか冷静に読み取った。
彼が私の目元に唇を落とす。
彼の美しい黒髪が頬に当たり、擽ったさから身を捩らせるが、彼は御構い無しに私の目尻を舐めた。また、キスの雨が降る。
最後にちゅ、と可愛らしい音を立てておでこから唇が離れる。
顔を上げたコンウェイは私の目元を拭いながら綺麗に微笑んだ。
「やっと泣いたね」




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