「えええ、私がいない間にそんなことやってたの!?」

昼食後、治療の経過を見るためにローゼリッテとリドルが食堂から出て行った後、遅れて入って来た書庫管理人のリールブッカーが悲痛な声を上げた。
リールブッカーは橙色の髪を振り乱しながら、「私まだ会えてないのに!」と涙目で訴えかける。とはいえ、ローゼリッテは既にリドルと医務室だ。えぐえぐと泣きながら冷めた料理を前にするリールブッカーは少し可哀想だが、同じく今日一日ほとんど関われなかったザラは慰める気も起きなかった。
空の銀食器をよけて頬杖をつく、分かりやすく不機嫌なザラに一同はこっそりと苦笑する。

「俺も俺の仕事見て欲しかった」

ほら、やっぱり。
めちゃくちゃ不貞腐れてるもんなぁ。普段から表情はよく動く方だが、こんなに子どもみたいに分かりやすいザラはローゼリッテがいなくなった以来かも知れない。

「リールはしゃあないけど、ザラはアカン。お前武器庫管理やろ」

さらりとメロウに拒絶され、更にむすっとザラが眉を顰める。

「トラウマ引きずり出すわけにいかんやろ」
「まだぼんやりしてるしなぁ…」
「またあんな風になるの、俺は嫌だからな」

シュウ、ピュールも揃ってメロウに同意した。武器・暗器に関するモノは見せないようにしよう。それは、満場一致で可決したローゼリッテへの自殺対策だ。

「それにしても、喋られへんの可哀想やな…。可愛いけど」
「うん。動作で示してくれるの可愛いけど」
「後ろついてくるのとかほんと可愛い」

病人に連呼するものじゃないし、本人に言ったら嫌がられそうなので言わないが、メロウとシュウとヤマトは同時に頷き合った。

「早く記憶戻らないかなぁ」
「一通り見せたけど、ダメっぽかったなー。顔逸らされたで」
「それはメロウがキモかったからじゃなくて?」
「ザラひどい!」

やいのやいのとメンバーが言い争っていると、ずっと黙っていたグレイが「お前ら」と声をかけた。
その一言で、ぴたりと口論が止まる。

「――『西の国』、どうする?」
「潰す」
「いや、まだ無理やろ。情報が足りん」
「『二の国』に援助頼むのは?」
「俺たち独立したばっかだし、軍貸してくれっかー?」
「そこは交渉する。勝利した暁には『西の国』の土地譲りますとかな」
「でも、『西の国』は手出し嫌がる大臣も多いよね」
「国全体がスラム街みたいなもんだしなぁ…」

この幹部たちがここまで意見の一致をしていることは非常に珍しいことなのだが、あいにく、本人たちは気付いていない。
今回ばかりは、主目的がハッキリしていた。

かたき討ち。

愛する同胞を踏みにじった罰を、粛清を、隣人に。
しかし、準備が足りない。――と言うより、今動けばローゼリッテに気付かれかねない。

そうなれば、彼女はどちらにつくのか。

分からない。蓋を開けて見なければ、結局は分からないのだが。

手放しに、必ずこちらにつくとは言えない。

そうなれば、…傷つくのは一体誰か。

「とにかく、もう少し情報を集めてからだな」
『了解』

グレイの言葉を最後に、ガタガタと全員が席を立ち始める。
そんな様子を、ぼんやりと、ザラは眺めていた。







寂しかった。
会いたかった。

ローゼリッテがいなくなってからの数日は、実を言うと、あまり覚えていない。
覚えているのは、自分だってどうしようもなかったのに、一緒にいたグレイとピュールを責めたことと。
いくら足掻いても、もう帰って来ないという事実を受け入れるだけの器量が自分にはないって言う、未熟な幼さだけだった。

「――お、ロゼ」

どれだけ正当な理由を並べられても、自分だけのけ者にされたような感覚は否めなくてこっそりと訪れたローゼリッテの部屋。
なるべく物音を立てないように入ったつもりだったが、やっぱりローゼリッテは起きていた。ベッドの縁に座って虚空を見つめるその瞳が悲しいとも思うが、そりゃあ、仕方のないことだともザラは思う。

「寝れないか?」

ローゼリッテにあてがわれた部屋の隣にはリドルがいる。そのためなるべく小さな声で問いかけると、ローゼリッテは、ちらりとザラを見るとこくりと頷いた。
4年前と少しも変わらない外見は、幼い動作と相まって何だかどこか子どもにも見える。
と言うか、実際子どもだ。ローゼリッテの時間は4年前から止まっている。そこから先の時間なんかなかったことにしてしまえと思うくらいには、自分だって憤っているんだから。

――でも、違うな。

4年。その間、ローゼリッテはちゃんと生きていた。

地獄の中でも、ちゃんと生きていた。みんなは白紙にしようと頑張っているけれど、見えないように優しく目隠しをしようとしているけれど、…でも、ローゼリッテは生きてる。

そりゃあさ、思い出して欲しいけど。

元に、戻って欲しいけど。

でも、だからって今のロゼだってロゼだし。ここにいるし。

喋らないけど、何考えてるか分かんないけど。

俺の隣に、今、座ってる。

見た目は16歳でも、――4歳児になった、俺の好きな人が。

「…なぁ、『西の国』って、どんな訓練すんの?」

その時間を無駄にしちゃダメなんじゃないかな。

それが傷つけるようなことでも、例えば俺は嫌われても。

ローゼリッテが、驚いたような顔をして、ザラを見上げる。
その後すぐに俯くローゼリッテをじっとザラが眺めていると、しばらくして、ローゼリッテは両手をゆっくりと広げ始めた。

「紙、いる?」

どうやら伝えあぐねている様子だったので、問いかけるとローゼリッテはこくりと大きく頷く。
紙とペンを渡すと、文字は覚えているのか、さらさらとペンを走らせ始めた。その字がやっぱり変わってなくて、胸を打たれたような気持になったのはローゼリッテには内緒だ。

(ほら、変わってない)

そう言えば、昔も同じことをしたなぁ。
個人行動が目立つ俺に、ならばと俺が動きやすいように采配してくれたのはローゼリッテだった。
今やってる武器の管理だって、隊で俺に任せようって言ってくれたのもローゼリッテだった。

「………」

分かる?とでも言いたげに、ローゼリッテが首を傾げる。

「うん。…ありがとう」

一から、でも。
俺の知らないお前でも。

生きていてくれたら上々だ。

一緒に居られる。隣で座っていられる。
目を見て、伝え合うことが出来る。それは、ローゼリッテがいなければできないことだ。他の誰でもない、彼女じゃなければできないことだ。

「…また、色々教えてくれよ」

ザラがそう言うと、ローゼリッテは逡巡したあと、ゆっくりと頷いた。
その表情はまだ固くて。疑われているのかもしれない。でも、嫌がってはいないようでザラは内心ほっと胸を撫で下ろした。

(嫌われてもいいっていうのは、嘘だな…)

ちょっとずつ、この場所がローゼリッテにとって安心できる場所になっていけばいい。
今まで傷ついてきた分、それ以上に。今までもらってきた分を返せるように、俺も頑張るから。

だから、今度は笑顔も見れたらな、なんて。

きっとそれは、難しい事なんかじゃないって思うんだ。





「――おぉ!素晴らしいじゃないか、ザラ!どこからの情報だ?」

翌日。ローゼリッテが書いた紙をグレイに見せに行くと、グレイは目を輝かせて『西の国』の新情報に釘付けになっていた。

「ロゼだけど」
「……は?」
「だって今は俺らの国の人だし。一緒に頑張ろう、なー」

ザラが笑いかけると、ローゼリッテは困ったように小首を傾げて眉尻を下げた。
それでも拒絶はしなかった事が嬉しかったのか、グレイがにやける表情を隠すようにして手で顔を覆う。

「…お前の働きも期待してるぞ。ローゼリッテ」

その言葉に。
一気にローゼリッテの顔が赤くなっていく。それに少しだけ、いやかなりむっとしたが、まぁほら、ローゼリッテ真面目だし?上司に褒められて嬉しい的な反応だと思うし?

(これから、これから)

焦ることはない。だってここにいるんだから。

しかし、当然抜け駆けしたことが全員にもれなくバレ、…一週間ほどザラに監視の目がつくようになるのは、まぁ至極当然の話。

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