笛太鼓が鳴り響き、人々の笑い声がする。
この国は、小さな国だ。人口200人にも満たない。けれど、人が集まるとこんなにも活気に溢れている。

「大丈夫か、ロゼ」

舞台袖、椅子に座ったままカチコチに固まって動かないローゼリッテは、そんな祭りの雰囲気に浸っている余裕もなかった。
時刻は18時。子どもたちが祭りに参加できるのは20時までだから、リセハが帰ってしまう前に演説をしようと提案したのはメロウだった。
気を使って言ってくれたのは分かっている。せっかく仲良くなったんだから、晴れ姿を見てもらおうと。
だけど。

(し、心臓が……)

バクバクとせわしなく動く胸元をおさえつけて、ローゼリッテはちらりとシュウを見上げる。
今、ローゼリッテの側にはシュウしかいない。幹部達は皆挨拶回りや、警備巡回などで忙しいからだ。それでも、ローゼリッテの演説は必ず聞きに行くと言っていた。
別に、いい。聞かなくていい。どうせ気の利いたことなんて言えない。――言えるわけがない。

だって、自分はまだ。

「ロゼ?」
「……どうしよう」

知らないのに。
この国の良さは、何となく分かっている。皆優しくて、こんな自分を受け入れてくれて。

もしかしたら、この中の誰かの命を奪っていたかもしれない自分を。

この国の人たちは、知らない。自分がどれだけ醜い事をしてきたのかを。家畜のような扱いを受けてきたのかを。
赤いドレスの裾を握りしめて、ローゼリッテは顔を俯かせる。
そういえば、このドレスはザラが選んでくれたんだった。
舞台袖へ来る前に、ザラとメロウが赤と白どっちがいいかとケンカをしていたことを思いだす。赤はローゼリッテの色。そう言い切ったザラは、人殺しのローゼリッテを否定しなかった。

でも、もしザラの家族を奪っていたら?

「……私、」
「ロゼ」

やっぱり行きたくない。

言いかけた言葉は、シュウの指によって遮られた。
シュウの細い指が離れて、瞳を動かすと跪いているシュウが目に入る。
私を、守ると言ってくれた人。
シュウはふわりと優しく微笑んだ。

「難しく考えすぎなんだよ、お前」

宥めるように膝を撫でられ、ローゼリッテはぎゅっと身体を竦ませる。
大丈夫、大丈夫と。
いつだってこの人たちは私をあやしてくれる。支えてくれる。受け入れて、否定せずに包み込んで。

こんな世界があるなんて知らなかった。
こんな温かい場所があるなんて知らなかった。

――ぜんぶ、知ったから、好きになれたことだ。

「………」
「お、余興が終わったな。行けるか?ロゼ」
「わ、私…」

突如舞台袖は女性たちの明るい声で賑やかしくなる。
頑張っていた人たちの演目を見る余裕もなかった。慌てて謝罪をしようと立ち上がったローゼリッテの頭を撫でて、ひとりの女性がローゼリッテの頭にそっと触れる。

「頑張って、小さな副隊長さん」

そう、笑ってくれたのは。
リセハの母親だった。弟を亡くし、それでも気丈に生きて、ローゼリッテにひとつも恨み言も言わないで。
この国の人たちは。
いつだって、そうだ。きっと、そう言う人たちだ。そう言う人たちが集まってできた国なんだ。

「…はい」

知って、貰いたいなんて。
そんなことは微塵も思わない。自分が生きてきた場所は、この人たちは知らなくていい場所だ。そして自分のことだって、この人たちは知らなくていい。

ただ、知っていて欲しいことは。

「シュウ」
「おう」
「…行くね」

柔らかな表情を浮かべて、ローゼリッテが舞台へと歩いていく。
その背中を見送りながら、赤くなっていく頬を隠すようにシュウは腕で顔を覆った。







見下ろせば、人が集まっている。
それぞれの生活をもって。それぞれの思考を、思想を掲げて。

私には、なかったものだ。

「――はじめまして」

壇上に立って、ぺこりとローゼリッテは頭を下げた。
髪はメロウが綺麗に結ってくれた。ドレスはザラが選んでくれた。頭に飾られた花は、ヤマトが育てた桃色の花だ。
拾い上げてくれたのはグレイだった。
身体を張って救ってくれたピュールも、傷を治してくれたリドルも、今の自分を受け入れてくれたシュウも、皆がいたから私はここにいる。

私は、みんなのお陰でできている。

「私は、まだ生まれてから4年しか経っていません」

正しく、生まれたと言うならまだ1年にも満たない赤ん坊のような自分。

「前の私がみんなとどう生きていたのか、私には分からない。そうしたくっても、出来なくて。…きっと、ガッカリさせてしまったかもしれないけれど」

――でも。

続く言葉は、ひとつしかなかった。

「私は、この国が好きです」

きっと、前の自分も。
好きだった。大好きだった。そうでなければ、こんなに心が温かくなるわけがない。
見える景色が。感じる心が。すべてが大好きだと、理屈抜きでそう思うから。

「だけど、私にはできることがなくって。…今だって、どうしていいか分からないのに、ここにいるけど」
「歌って、副隊長!」
「え…」

ふと視線を下ろせば、りんごあめの少女が満面の笑顔で自分を見上げていた。

「うた…」
「話すことに困ったら、歌ったらいいんだよってママが言ってたから」
「………」

うた。

不意に、脳裏をある少女の姿が霞めた。

可愛らしい、赤色の少女。柔らかな微笑みを浮かべて、手を引いてくれた優しい“お人形”の少女のことを思い出す。

「……♪」

あの子は、歌が好きだった。
よく、歌ってくれた。凄惨と残虐なあの国の中で、ただひとりずっと綺麗なままだった少女はローゼリッテが泣くとよく歌った。

「♪――いのちのひを いだき
ときのみずべに ゆだね」

ローゼリッテが笑うと、リセハも笑う。
懐かしい。初めてそう思った。あの国のことを。

私が、生きてきた歴史を。

「こころをなでる かぜがあそび
だいちのたいどうは ひとをなす――♪」

リセハが手を伸ばすから、ローゼリッテもその手を取って少女を壇上へ引き上げた。
その瞬間、わぁっと人が壇上へ詰めかける。慌ててシュウが出てきたときには、もうなんだか合唱大会のようになっていて。

「あの子は本当に天使だねぇ」
「………」

少し離れた場所で、もみくちゃにされる少女を微笑ましく見つめながらぽつりとリールブッカーが零す。
グレイは呆れたように口元を緩めたまま、楽しそうに踊り始める国民と幹部たちを眺めていた。







「おつかれー、ロゼッタ!」

緊張の挨拶から解放されたローゼリッテを出迎えてくれたのは、人懐こい笑みを浮かべるピュール……

「ロゼ、頑張ったな!」
「可愛かったで、ロゼ!」
「いってぇ!」

ではなく、勢いよく飛びついてきたのはザラとメロウだった。
踏み潰されたピュールは哀れだが、一緒になってローゼリッテを連れ帰ったシュウとヤマトには助け起こす気力もない。我が国民たちは体力が有り余っている。祭囃子はまだ続いているようだし、今日はきっと街が眠ることはないだろう。

「今日はゆっくり俺と寝ようなぁ」
「はぁ!?ふざけんなザラ!ロゼッタは俺と寝るんだよ!」
「潰れてろ、クソ犬」
「誰が犬じゃ!」

ぎゃあぎゃあと言い争いを始める幹部たちはいつも通りで、ローゼリッテは小さく肩を竦める。
生きてきた中で、こんなに楽しいお祭りは初めてだった。
そしてこんなに疲れたのも。ローゼリッテが眠たげに欠伸をすると、何故かわっと幹部たちのテンションが上がる。

「やだ可愛い!」
「ロゼ、やっぱここは俺と一緒に…」
「だーから、俺だっての!」

何でもいいから、ちょっと落ち着いてくれないかなぁ。

喉まで出かかった言葉を飲み込んで、ローゼリッテはふぅと息をつく。
どうやらこの賑やかさから解放されるのは、もうちょっとかかるらしい。でもそれでも構わないと思うんだから、もう本当にローゼリッテはこの国を大好きだった。

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