知るためには、学ばなければならない。
学ぶためには、知らなければならない。

(……ふむ)

建国して4年の『unknown』は歴史も何もなく、まず知るところは元々属していたという『二の国』だろう。
『二の国』の資料を読みたいとグレイに頼めば、蔵書を管理しているというリールブッカーという男を紹介してもらった。2階へ続く階段を上がってすぐに見える『図書室』と看板が打たれた部屋のドアを開けると、紙とインクの匂いがふわりと漂ってくる。
今日はリドルが一緒だ。元気になったと言ってもひとりでの行動はさせてくれないらしい。途中、誰かにめちゃくちゃじとりと見られていた気がするがリドルが気にするなと言っていたので、ローゼリッテは特に突っ込むことなく図書室の中へ入って行く。

「おじゃまします…」

声をかけながら木目の床を進めていくと、カウンターに座っていた男が顔を上げた。
どちらかと言えば筋肉質な幹部の人たちとは違い、華奢な印象を受ける男だ。――初めて見る顔だ。いや、きっと初めてではないんだろうけど。
ぺこりと頭を下げると、男はローゼリッテとリドルを見比べた後、うっすらと微笑んだ。曖昧な笑みにどう答えていいか分からず戸惑っていると、男が席を立ちローゼリッテの元へ歩いてくる。

「久しぶり。…やっと来てくれたね。おかえり、ロゼ」
「た、ただいま…ええと」
「リールブッカー。資料・蔵書管理をしてるけど、まだそこまで思い出せてない?」

首をこてりと傾けるリールブッカーに、ローゼリッテはこくりと頷く。思い出したのは自分が『二の国』の副隊長だったということだけだ。

「すれ違ってばっかりだったし、グレイが部屋には行くなって言うから…」
「デリケートだったんだって。今はもうすっかりうちの子だから」

ぽんとリドルに肩を叩かれ、ローゼリッテはむっと眉を顰めた。
その反応に、リールブッカーが首を傾げる。

「ロゼ?」 「…本当は同い年って聞いたんだけど。子ども扱いやめて」
「だって見た目が子どもだもん。可愛くてついな」

よしよしとあやすように頭を撫でられながらそんなことを言われては、返す言葉もない。
くすりと微笑むリドルはあくまでお兄さん顔だ。何だか突っぱねているこちらの方が悪いような。そんな気になって来てローゼリッテがうーと唸っていると、リールブッカーが苦笑しながら用意してくれていたらしい蔵書をいくつか渡してくれた。

「今日はお祭りだから、それくらいにしておこうね」
「…建国記念日、の?」
「そう。あと副隊長おかえりパーティーだな。もちろん俺も参加するし、ロゼも行くよ」
「私とグレイは行かないけどね」

ひらひらとリールブッカーが手を振る。
え、とローゼリッテが零すと、リールブッカーは書庫を指さした。

「お祭りが終わったら誰かさんに授業をしなきゃいけないから、その準備があって」
「……私のため?」
「そうだよ。グレイがどうしてもって言うし、私もしてあげたいし」

くしゃりと髪を掬われ、ローゼリッテはくすぐったさに目を細める。
頷くと、リールブッカーもうんと頷いた。知識を得るには、学ぶこと。それを買って出てくれたのだったら、甘んじて受け入れたいし、ありがたかった。

「…本、ありがとう」
「ちなみに、言語で分からん事があったらメロウに聞けばいいよ。アイツあれでインテリだからなー」

リドルがちらりとドアを見やりながら、やれやれと助け舟を出す。
日頃の行いか、タイミングが死ぬほど悪いメロウはほとんどローゼリッテと絡めていない。というより、他のメンツの押しが強いせいか。シュウまで自覚したし、さすがに可哀想に思えてきたリドルの言葉に、ドアの向こうでメロウが喜びの舞を踊った。

「…メロウ?」
「あー、妙な訛りしてる、眼鏡かけた…今朝会ったやつだよ」
「な、なるほど」

そっからか…。

やれやれと肩を竦めるリドルをメロウが拝んでいたことは、リールブッカーしか知らない。







祭りは、3日間行われるという。
祭りの間はさすがに幹部勢も忙しいらしく、珍しくひとりで街を歩くことを許可された。
ここに来てから初めての一人行動に不安を覚えながらも、じっとしているのも勿体ないような気がして甘んじて祭りの参加を受け入れる。
17時には戻って来いと言われたが、それまでは自由だ。昼食の後街に繰り出すローゼリッテは、まず、先日事故のあった現場へ向かうことにする。

「副隊長!」

T字路に差し掛かると、先日助けた女の子がぱたぱたと駆け寄ってきた。
まだ6歳くらいの小さな女の子だ。血で汚れた桃色の髪はバッサリと切り落しているが、面影があるのですぐに分かった。ぺこりと頭を下げると、後ろから、母親が嬉しそうな顔で手を振ってくれる。

「この前はありがとうございました!」
「怪我は大丈夫?」
「…!ママ!副隊長、しゃべった!」

そう言えば、4日前に声を取り戻してから街には来ていない。
はたと気付いた時にはもう遅く、気付けば人だかりができていた。何故か拝む人までいる始末だ。この国の人たちは一体自分の事を何と思っているんだろうと時々不安になるが、面倒くさいので特に突っ込まずそのままにしておく。

「副隊長、良かったです…」
「えっと、心配してくれてありがとうございます」
「そりゃあそうですよ。昔から存じてましたよ。だって、私の弟が隊にいたんですから。弟が副隊長を探すというので、一緒についてきたんです」
「…私の元部下ですか?」
「はい。今は、もう…」

言い淀む女性に、ローゼリッテはバツの悪そうに視線を逸らした。
すみません。その言葉は嘘みたいだ。でも、もし、自分が殺していたら。
殺しているかもしれない。この国の人たちを。

この子どもを。

それが、正当な世界だった。血に塗れている。薄汚れた自分の、世界だった。

「副隊長、お祭りリセハのお店に来てね!」

くい、と袖を引かれ、はっと我を取り戻す。
見ると、少女がにこりと満面の笑みを浮かべていた。明るく、無邪気な表情に思わずこちらも眉尻が下がっていく感覚を覚える。

「…何のお店かな」
「りんごあめ!」

『少しずつでいい。思い出せなくてもいい。ここに居てくれ。…俺のために』

そう、言われたから。言ってくれた人がいるから。
自分に出来ることをしたい。笑っている人たちのために。ただ壊すのではなく、ここが優しい場所であるために。
それが、前の私への贖罪だ。
違う。

……自分が、したいことだ。

いつか記憶が戻った時、感謝しやがれ。

そんなことを思うようになった自分に苦笑しながら少女の頭を撫でていると、少し離れた場所から、げほごほとむせ込む声が聴こえた。
視線を向けると、そこには、慌てて路地裏に逃げ込む見たことのある姿があった。
少女に断って追いかける。T字路から見える路地裏はひとつだ。そっと足を入れると、タバコのにおいが満ちていて。

「…誰?」
「……にゃぁ〜ん」
「………」

無言でゴミ箱の裏を覗くと、びくり、とその人物の肩が跳ねた。
据え目で見下ろしながら、ローゼリッテは何やってんだコイツと喉まで出かかった声を飲み込む。

「…メロウ?」
「あ、ハイ」
「監視下手すぎ」

それでもついでた台詞は、メロウの肩をピクリと動かす。
言い過ぎたか、と口元を手で覆うローゼリッテを見上げ、メロウはゆっくりと立ち上がる。
立てば見下ろされるかたちになる。じっと見上げると、メロウはがしがしと頭を掻いた後言いにくそうに口を開いた。

「…監視じゃないで」
「ふぅん?」
「ちょっと…心配で」

俺一人置いてかれてんのがやけど…。

放ってきた仕事は見て見ぬふりだ。外に出ようとするローゼリッテがいたから、ついてきただけの話。
ローゼリッテはまたか…とため息をついた後、過保護に甘やかされる自分に慣れてきていることにも気が付いて頭を抱えたくなった。

でも、もう慣れてきたんだから仕方ない。
この街の事も分からないし、仕方ない。

だから、甘えてしまうのも。――仕方ない。

「メロウ」

声をかけると、ちょっと嬉しそうな反応をされてうっと言葉に詰まる。
そんな反応をされたら、何だか急に恥ずかしくなってくる。同じ年なのに、昔の仲間なのに、子どもみたいなこと言うなんて。

「……私分かんないから、お祭り一緒にまわろ」

心臓がバクバクと高鳴るのは、慣れないことをしているせいか。
でも悪いことじゃないし。仕方ないんだし。そっと顔を覗くと、メロウは何故か自分を崇めている最中だった。

「………」

誘ったことを後悔したのは、言うまでもない。



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