「ロゼ!」

ヤマトが声を張り上げると、公園から数百メートルは離れた交差点でようやくローゼリッテはぴたりと足を止めた。
荒くなる息を整えながら前を見る。と、どうやら事故があったらしく、車の脇腹にもう一台の車が突き刺さっていた。
周りには、既に人だかりができていた。
元居た場所からはかなり離れている。それなのに、コレを“見た”のか“聞いた”のか。
ヤマトが問いかけようとローゼリッテに手を伸ばすと、ローゼリッテは真っ直ぐに車に向かって歩き出した。

「ロゼ…?」

ヤマトが再び問いかけると、ローゼリッテはちらりとヤマトを見た後、どういうわけか手をひらひらと動かした。

“大丈夫”。

そう言っている気がして、ヤマトは思わず足を止める。

「副隊長、助手席の娘が…!」

当てられた車の方から、ひとりの中年の女性が他の人に支えられながらよたよたと歩いてきた。
当てた方の男は、気絶しているのか担架に乗せられているところだ。目を凝らすと、確かに助手席に少女が乗っていた。衝撃のせいか、同じく気絶しているようだ。――そして、頭から血を流している。
ローゼリッテは女性に頷くと、無動作で、ひょいと事故原因の車を両手で持ち上げた。

え。

と。

思わず、全員の時間が止まる。

「………」

よいしょ、と、まるで邪魔なダンボールでもどかすように車をよけたローゼリッテは、次にへしゃげた助手席のドアをばこりと無残な音を立てて引き抜く。
そして少女を抱きかかえると、救急隊の元へ運んで行った。

その間おおよそ数十秒。

一分もたたないうちの出来事である。

「……は」

ヤマトは、口を開けたまま固まっていた。
何が起きたのか分からない。意味も分からない。しかし、目の前の光景は痛いほどに現実で。

「ふ、副隊長様ー!!」
「天使だ!天使が降臨したぞー!!」
「大天使様ー!!」

「……はは、」

わっと沸く観衆の中、歓声に驚いたローゼリッテがこちらへ駆けてくる。
その身体を受け止めると、どう見繕っても子どもで。でも、紛れもなく、当たり前にそう言うことができる女性だと言う事も、ヤマトはよく知っていた。
ベッドが一つだけだと、決まってローゼリッテは誰かに譲っていた。
食事が足りなければ、余っているからと差し出すような奴だった。

――だから、好きになったんだと、今更ながら思い出した。

「おかえり、ロゼ」

くしゃりと髪を梳くと、戸惑ったように眉尻を下げる姿が懐かしくて。
髪にキスを落とそうとしていたら、後ろから、ピュールの絶叫にも似た叫び声が聴こえて来て心の中で舌打ちした。





「へぇー、そんなことがあったんや」

事故現場が片をついたのを見届けて城に戻ると、出来立てのミートローフが出迎えてくれた。
幹部たちが全員揃ったのを確認し、夕食時にピュールとヤマトが今日の出来事を報告する。隣のリドルに偉いと褒められ、グレイにもよくやったと賞賛の言葉をかけられ、ローゼリッテはふわふわと視線を彷徨わせる。
ちなみに、告白未遂とキス未遂はピュールとヤマトの胸の中だ。前のザラの時みたいに、一週間の監視かつ、3日間の接触禁止令を出されるのは地獄に等しかったからだ。

「ドーピングすげぇな、オイ」
「メロウの骨くらいポッキリだな」
「何でそこで俺が出てくるん?」

何も語ろうとしないローゼリッテを置いてけぼりに、シュウとザラが楽しそうに話を続ける。

「最終兵器ローゼリッテだな」
「てか、よくロゼに勝ったなグレイ」
「足を狙えば勝てる」
「さすが総統」

確かに、片足を崩されては何もできなかった。そして痛かった。黙々と食事を摂っていると、隣からぷにっとリドルに頬をつつかれる。

「こんなに柔らかいのになー」
「あ、俺もつつきたい」
「おい、食事の邪魔してやるなよ」

とか言いながらリドルとヤマトにつられてピュールも頬をつつき始める。食べづらくて仕方なかった。段々と眉根を寄せてくるローゼリッテを見て、ようやくグレイが助け舟を出してくれる。

「やめてやれ。…しかし、ローゼリッテの能力は何かに使えるかもな」

何か、と。
言われてピクリとローゼリッテは反応した。そうだ。すっかり忘れていたが、自分はかの国では“兵器”として扱われていたのだった。
こんな、当たり前のように食事を用意してもらえる立場ではない。思わずかちゃりとフォークを下ろして俯いていると、どうやら何か悩んでいたらしい幹部の面々が口々に意見を言い始める。

「大掃除とか?」
「買い出しとか?」
「あ、そういえば倉庫の掃除しなきゃ」
「そうだな。それでいこう」

それでいいのか、この国。

ツッコミたかったが、声が出ないのでそれも出来ずぐぅぅと歯噛みする。生物兵器として使ってくれればいいのに。だがそれを自分で言うのも何なので、とりあえず今のところは言われるまま手伝いを続けることにする。
内心、ほっとしたのは見ないふりをして。

「あ、それよりもこの前市場でメイド服見つけてんけど」
「マジかよ、メロウ神だな」
「ロゼちゃーん、後でお兄さんたちと遊ぼうねー」
「………」

ダメだこいつら早く何とかしないと。

兵器うんぬんかんぬんは置いておいて、この人たちは平和ボケしすぎじゃないだろうか。
そんな頭が痛くなってくるような錯覚を覚えながら、ローゼリッテは、深いため息をついて。

(声が出ればいいのに……)

今になって、そんなことを思うのだった。

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