至れり尽せり






始業式2日前、流石寮にもに人が増えてきて、生徒の殆どが実家から学校に帰ってきた。
活気のある食堂に、今日は初めてアルバイトとして出勤する。何事も初めが肝心だからな。きっちり挨拶して、きっちり返事をして、盗めそうな所は盗んでいこう。

「おはようございます」

厨房に入って挨拶すると、大人数の声となって挨拶が返ってきた。
厨房の社員さん達は皆コック帽を被っており、中でもシェフの三木山さんのものは随分と高い。俺はというとロビーで渡されたコックコートを食堂の近くのスタッフルームで着替えて、アルバイトはベレー帽の様なキャップを被ってる。帽子の色はキャラメル色、サロンは青色だ。可愛らしい。

「ああ、牧くん。おはよう」
「ハジメさん、おはようございます」

近くに居たのか、ハジメさんがにこにことした顔で改めて挨拶をしてきた。

「牧くんの教育係がヤマトだから、ちょっと呼んでくるね」
「お手数おかけします」

この厨房は随分と広い。この間来た時と違い、生徒の数、要は客数も増えているのでこの間挨拶した時と人数は三倍ほどになっている。

「おはよう、牧くん」
「ヤマトさん。おはようございます」
「服、結構似合ってるな」
「ありがとうございます」

ハジメさんに呼ばれて現れたヤマトさんは俺の格好を見てふっと微笑んだ。他の人と違いそんなに歳は離れていないのに大人さながらの落ち着いた笑みに、ほう、と呆気に取られる。いやまず美形が多すぎんだよな。従業員まで美形にするこだわり様が半端ないぞ。

「じゃあさっそくで悪いが、野菜の掃除をしていってもらう。溜まった洗い物も牧くんの担当だ、場所は一応紙が貼ってあるが、わからないことはどんどん聞いてくれ」
「わかりました。包丁はどうすれば良いですか?」
「俺のを使うといい、家で使うのと違ってきっちり研いであるから切れやすいぞ、気をつけろよ」
「すみません、助かります」

案内された調理台にはすでにまな板が置いてあり、ヤマトさんが持ってきてくれた包丁と、濡れたタオルを横に置いて取り敢えず準備完了だ。
山ほど置かれた野菜達に合わせた室温なのか、火を使っているハジメさん達の居る向こう側とは違いここは少し肌寒い。

「土芳もない作業だと思うが、めげずに頑張れよ」

野菜のあまりの量に少しめげていると、とん、と肩を叩かれる。それだけで自然とやる気が出てきた。

「はい、頑張ります」

それから10分ほど、一通りの野菜の掃除の仕方を教えてもらい、ヤマトさんは火元に戻っていった。

ヤマトさんが俺から離れると、同じ場所に居た数人の社員が話しかけてきた。名前は割愛するとしよう。
時折会話を弾ませつつ、掃除をしているといつの間にか随分と時間が経っていたのか、ピークを過ぎ休憩時間だと知らせに来たヤマトさんと休憩することにした。賄いもヤマトさんが作ってくれて、俺としては食費が浮いてそこはかとなく助かっている。

「どうだ?うまくやれてるか?」
「皆さん優しいので、わからない事もすぐに聞けてやりやすいですよ」
「そりゃあ良かった」

ヤマトさんが作ってくれたのは春野菜の入った親子丼だった。うまい。ほどよく焼き目を付けたアスパラに口が幸せだ、いやそれ以上に鶏肉のジューシーさだろう。かちゃかちゃと音を立てかきこむ姿に、つくづく男は丼が好きな生き物であると感じた。
ここの賄いは各自で作ってバラバラに食べるらしく、休憩も1時間ごとにずらして取るところが、ホテルとよく似ている。普通のレストランとは違い、昼が終わったからといって閉める事が出来ないというところに起因するのだろう。

「それにしても、結構手際良いんだな」
「家で家事を手伝ってたぐらいのもんですけどね」
「へえ、なら充分すぎる。……そうだ、包丁やるよ。アルバイトしてるって事は部屋でも料理するんだろう」
「え、ええ…しますけど、いいんですか?貰っちゃって」
「いいぞ別に。最近買い換えたとこで、新しいのが手に馴染んできたから使わないしな」
「…じゃあ、お言葉に甘えて、頂きます」
「逆にお古でお前に悪いぐらいだ。また研ぎ方も教える」

結局アルバイト初日から至れり尽くせりで、ペティナイフまで貰ってしまった。
朝の10時から8時間程働いて、挨拶をし厨房を出ようとすると、丁度ヤマトさんも同じ時間に上がるらしく一緒にスタッフルームに向かった。

「疲れたろ?」
「はい…結構キますね」
「はは、初日はそんなもんだ」

ちらりと横目でヤマトさんを見ると、俺よりずっと鍛え上げられた理想的な肉体がそこにあった。いや。年齢もあるからな。俺はまだ中学生みてえなもんだし。くそ羨ましい。

「そうだ、牧くん」
「あ、泉でいいですよ」
「そうか?なら泉。連絡先教えてくれないか?シフトの件でわざわざこっちにくんのもあれだろうし」
「はい、どうぞ」
「ありがとな。じゃあお疲れさん」
「お疲れ様でした」

着替えた後連絡先を交換して、ヤマトさんと別れた。
部屋はエレベーターに乗ってすぐなのでエレベーターが着たらさっさと扉を閉めた。立ちっぱなしというのはやはり疲れる。野菜の掃除もずっと目をそこにやっていたし、今は切実に目薬が欲しいな。ああ、今日もゆっくり風呂に浸かりたい。

「ただいま」

部屋のドアを開けると、ちょうどタカが飯を作っているところだったのか飯の匂いがする。実はこの純情ヤンキー、家庭的だったりする。今も可愛らしいエプロンを身につけて、廊下のドアを開けて、とたとたと俺を出迎えてくれている。

「おかえり、 イズミ」
「お〜いい匂いすんな。腹減った」
「もうできるぞ、ちょっと待ってろ」

そう言ったタカははにかんで台所へと戻る。ちなみにエプロンは花柄だった。何でだよ。
リビングに入ると、いつもの机にランチョンマットが敷かれている。このランチョンマット、もしかして一人で食べる時から使ってたとか言わねえよな。流石にそこまで乙女じゃないよな。あとお前の赤のマグカップと対になる色の青のコップってお前、昨日無かったよな。

いろんな疑問が頭の中でぐるぐると回っていると、タカが料理を運んできた。野菜のたっぷり入ったハヤシライスだ。

「うまそ」
「照れるから黙ってろ」
「悪い悪い、いただきまーす」
「いただきます」

手を合わせてハヤシライスを食べる。うまい、今日は幸せだ。

「タカ、美味しい」
「……サンキュ」

ハーフアップの金髪が照れる姿、あー可愛い。大浴場と食堂と今この瞬間だけは来て良かったと思ってるぞ。俺は。





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