食堂とアルバイト





エレベーターで二階まで降りてすぐ、正面に食堂はあった。重厚な扉は大きく開かれており、中へ入ってみるとこれが非常に広い。ここもこだわりなのか、西洋の装飾があちらこちらに施され、絵画もかけられている。

「あそこの席にしよっか」

安栖里の声に従い席に座る。食券を買いに行かなくていいのだろうかと辺りを見回していると、深草がテーブルの上に置かれた端末を手にしながら口を開いた。

「注文はこっちのタッチパネルでやるねんで」
「ジャン◯ラかよ…」
「いやもっとすごいねん、支払いもできる」

ピピッとなという言葉と共にカードキーをかざした深草は、注文を終えたらしく俺に端末を手渡してきた。

「結構色々あるんだな」
「うん、大体なんでも食べれるよ。しかも有名シェフを雇ってるらしくて、普通にホテルと変わらない味だし」
「そりゃすげえな」
「確かアルバイトも募集してたはず…あ、これだ」

安栖里が横から端末を操作して募集画面を表示した。流石金持ち校、中々の時給だ。

「他にも寮のコンビニ、カフェも募集してたと思うよ。専門分野の特待生も居るから、全員が全員金持ちってわけでもないんだ。奨学生とかはみんな副業持ってるイメージかな。金額も高いし、小遣い稼ぎにもなるからお金に困ってるならオススメ…って、牧なんて家柄のマキマキには関係の無い話か」
「いや、アルバイトしねえと金がねえんだ」
「「え?」」

驚きの表情で二人がこちらを見る。あの家柄で、しかも特待生なのにお金が無いとはどういうことなのだろうかと言いたげだ。

「俺が自由にできる金は俺が稼いだ分だけだ、つうかお前らもそうじゃねえのか?」
「いや、僕は特に無いから。てか食費も?」

言われて俺も残高確認をタッチし、カードキーをかざしてみる。やはり貯金していた額がそのまま表示されている。あの親父のことだ、中学の間はくれていた小遣いも恐らく無くなるのだろう。

「そうみたいだな」
「きっついな〜、ここ、なんでもええ値段すんで」
「スーパーの安売り食品うまく活用すりゃなんとかなるだろ」
「え、マッキー料理できるん?」
「人並みには」

料理は習っていたことと、趣味でやっていたこととで困りはしないが、その他生活費を遣り繰りするとなると部活動に専念だとか、遊び呆ける…いやそもそもこんな場所で遊ぶなんて限られているから、下手な心配はいらないか。時給も高いようなので、そんなに多く入らずともよさそうだ。

「取り敢えず頼んじまおう。食ったら、アルバイト申請してくる」
「はあ〜イケメンで生活力も高いねんて。どないするこれ。俺もう勝ち目無いやん」
「そもそも土俵が違うから〜〜」

落ち込む素振りをする深草にけらけらと安栖里が笑っている。深草を罵るのが楽しくて仕方ないという顔だ。

「でも」
「?」

笑っていた安栖里が不意にこちらを見る。

「いい親御さんだね」

嬉しい言葉をかけられたので、つられて笑い返した。

「褒められて悪い気はしねえな」
「いやマッキー、悪い気どころか明らかに顔ちゃうで」

自慢の父と母だ。と、ついついにやける俺を安栖里と深草は面白そうに見ていた。


注文した料理を食べ終えると、食後のティータイムを楽しんでいる二人を席に残してウェイターに厨房でアルバイトをしたいとの旨を伝えた。暫らくすると話を聞いたのか、コックコートを身につけた年配の男がこちらへ歩いてきた。

「はじめまして、牧泉です」
「はじめまして。料理長の三山木(みきやま)です。アルバイトはいつでも歓迎していますから、どうぞよろしくお願いしますね」
「はい、有難うございます」
「牧さんは今日来られたばかりですか?」

どうやら新入生としてやって来たという話も三木山さんには通っているらしく、人の良い笑みで問いかけられる。

「ええ、そうなんです。つい先ほど着いたばかりで」
「なるほど。この後お時間は?」
「友人が居ますので、少しなら」

ちらりと身体を避けて少し遠くに座る二人の姿を見せると三木山さんは軽く頷いた。

「十分です、着いてきてもらっていいですか?」
「はい」

三木山さんの後ろを歩き、ホールから厨房へと入るとここも随分と広い。しかし春休みという事もあり、ぱっと見た限り食洗機は4台はあるし、この食堂のキャパシティーに合った設備が整っている。
三木山さんが厨房に入った途端に厨房に居た男性が二人、女性が一人、こちらへとやって来た。

「新しくアルバイトに入る牧くんだ。今日この学園に来たばかりの外部生だそうなので、色々教えてやってくれ」

三木山さんの言葉と共に男性と女性から手が差し出される。

「はじめまして、小野ハジメです」
「はじめまして、小野玲子(おのれいこ)です。横の小野は夫です」

ハジメさんは優しげな顔で、玲子さんはどちらかというとキツめの美人だ。どちらも同じ名字なのは結婚しているかららしく、夫婦同じ職場で働いてもう6年になるらしい。

「はじめまして、黄檗大和(おうばくやまと)です」

低く耳に心地良い声で手を差し出してきたのは大和さんで、俺よりも図体がでかく、硬派な男前といった風貌だ。年もそんなに変わらなさそうだ。

「よろしくお願いします」

全員の手を順に握り返して一礼し、また春休みの間にアルバイトに入るということで、今日のところは失礼することになった。


ホールに居たサービスのお兄さんに一礼してから席に戻ると、茶菓子を貰ったのか口の周りに食べカスをつけた深草が関西弁でおかえりと一言投げかけてきた。

「安栖里は?」
「ふぉいれ(トイレ)」

そうかと相槌を打ち、俺も席に着く。

「どうやったん?」
「家の手伝い以外で厨房を見るのは初めてだから仕事が楽しみだ」
「働くのが楽しみて、社畜予備軍やな」

呆れたように言われた。
とは言っても、新しいことを始めるのはわくわくするものだ。

「あと呼び方、ナナでえーで」
「安栖里のことか?」
「おん、あいつあんま名字好きちゃうし。俺もミチルでえーよ」
「わかった」

手渡された茶菓子を受け取る。イタリアのメレンゲ菓子アマレッティだ。ナッツの香りが鼻を抜ける。これも食堂で作っているのだろうか。
さくさくと幾つか口に含んでは飲み込んでいると、食べ飽きたミチルがこちらへもたれかかってきた。

「いや〜んマッキ〜〜」
「くっつくなうぜえ」

ここじゃレアな女性を見たあとだとむさ苦しいんだよ。
そう思いながら隠しもせずに怠惰な顔で居ると、トイレから帰ってきたナナに一言、ぶっさ。と言われてしまった。





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