カベジリ 2





壁に縫い付けた才賀の右腕は、怯えからか僅かに震えている。日高は眼前できつく自分を睨む才賀の心中を想像しながら、にんまりと、口角を上げる。
形の良い耳に唇を添えて、あの、情事に時に漏れ出る、掠れた声で囁く。

「なあ、いい加減、逃げるのにも飽きたんじゃねえのか?」

ぴくり、と才賀の身体が反応する。言葉を頭で理解して、気まずそうに、視線さえ逸らす。
才賀はあの日から、ずっと日高を避けていた。
何処へ行くにも周囲を気にして、親衛隊にまで日高の居所を探させて、目に、触れることも無いように。会議だって終わればそそくさと生徒会室に踵を返していたし、日高にとっては溜まったものじゃあない。なんせ、極上の相手と身体を繋げた、というのに。たった一度きりなんて。そんな惜しいことを、する、ワケがない。

「・・・疼くんだろ?お前の、ここ、」
「!っ、俺に、触れるな・・・ッ、」

膝で才賀の股間を押し上げれば、離せとばかりに縫い付けた腕が少しばかり浮く。震えて、いるのに、だ。
その様が酷く滑稽で、思わずハッと嘲笑を零した日高は、才賀の額に、己の額とを合わせ、無理矢理にでも視線を自分へと向けさせた。

「おいおい、才賀。中出しされて、精液塗れになったテメェのケツの写真、俺が持ってるってこと。・・忘れちゃ、いねえよなァ?」

かち合う意志の強いブラウンの瞳。ただ一人日高にだけ、説教を浴びせ、生意気にも指図をする、男の、視線の奥には、思い出したくもない記憶が蘇っているに違いない。
口ごもっているのが良い証拠だ。

「また堕ちんのが怖えんだろ?」
「・・・適当な事抜かすな」
「適当?じゃあ、なんで、震えてんだ、お前」

クツクツと笑いながら言ってやれば、才賀は憎々しげに日高を睨む。

「なんでも・・、ねえよ」

チッと舌打ちする才賀に、日高は畳み掛けるように膝を動かす。
まだ何の反応も示していないスラックスの奥の、屹立を狙って、優しく揺すってやれば、額を合わせた男から、くぐもった声が聞こえてきた。

「お、い・・・っ、ここを、何処だと、」

少しばかり顔を赤らめて、才賀は動揺の表情で、日高を咎める。
扇情的な、あの日を思い起こさせる顔だった。潤む瞳と、触れることはできてはいなかった、才賀の美貌の、熱を――


いや、顔を、赤らめて?あの、才賀が?

「・・・・つうか、お前、」

「・・・、?、」

厭に高い額の温度に、目尻に溜まる雫、やっぱり、そういうことか。


「熱あんだろ」

「・・は、?」

固く結ばれた口が、阿呆らしく開いた。






不服です。お前の世話になるなんて。そう言わんばかりの顔で、才賀は自室の布団に横たわり、額には熱冷まシートを乗せられ、体温計を咥えさせられている。

「・・・・・・・(ピピッ)」
「貸せ」

音が鳴れば渡す前に日高にひったくられた。それは貸すとは言わない。奪うだ。と、内心で指摘しつつも、やはり身体のダルさはそこはかとなく、才賀の思考力を奪っていくのか、喧嘩の為に口を開く気にもなれなかった。部屋にずるずると上がりこまれて、看病を受けるなんて。

「38.5か・・・・こりゃ、これから上がるやつだな」

脱色を繰り返した厳つい頭に三連のリングピアス、見るからに不良な男が悩ましげに数値化された才賀の体温を見つめている。既に食べやすいように、とサイドテーブルには消化の良い食べ物を容易されて、ペットボトルには常温のミネラルウォーター。ハンドタオルに、これがどういった違和感か。会長って委員長のオカンみたいだ。と他生徒に言われていたが、今の日高の方がよっぽど、オカン、に相応しい。

「自分の体調の変化にも気づかねえのか」

図々しくベッドに腰掛けた日高が言う。

「・・・うるせえよ、それどころじゃなかったんだ」
「あーあー・・・俺が追いかけ回してたってな、そりゃそうだ」

逃げるのに必死で、自分のことなど忘れていた。それだけ、日高を意識していた。そんな事実は認めたくも無いのだが、本当の事だ。沈黙で肯定する他ない。

「・・・わかったなら、もう近寄ってくんな」
「なんでだよ」
「今のでわかるだろ」
「わかるわけねえだろ、寧ろ、」

ギシ、とベッドのスプリングが音をたてる。日高が才賀に顔を寄せ、体重を真ん中に預けた為だ。金持ち学園で、流石にキングサイズのベッドといえど、一部分に体重が集まれば、苦しげに音を上げたりもするか。
耳障りな音はたったの一瞬だったが、熱に浮かされた才賀の頭には、まだ、じんじんと、反響していた。

「もっと俺に近寄ってくれ、そう聞こえるぞ」
「・・・都合の良い耳だな」

鼻で笑えば、日高は顔を近づけてくる。才賀は訝しげにそれを見つめ、鼻頭にキスを受けた。
すぐに離れた愛玩のそれは、少し、名残惜しい。

「褒め言葉か?」
「いいや、・・貶した」

耳から入ってくる、クツクツと笑う日高の声が、心地良いぐらいで。近くに寄った日高の後頭部を、徐ろに才賀は乱雑に引き寄せる。
触れた唇と、唇に、じんわりと広がるのは溢れるほどの熱。
平熱よりずっと高い体温だというのに、唇の方が、融ける程にあつい。

「体温、高いんだよお前」
「・・お前が言うな」

――あんなに求めていた筈なのに。
呆れたように、病人は寝ろ、と投げ出された己の身体に、才賀は笑った。






キッチンから漂う腹を空かせる匂いに、漸く目が覚めた。
外の太陽の具合を見て、時計に、目を移す。もう昼か。と、寝起きに欠伸混じりの唸り声を漏らし、才賀は己の額に手を当ててみる。相も変わらず貼られたままの熱冷まシートに、ベタつかない身体は、甲斐甲斐しく世話を焼く、あの不良風紀委員長の仕業だろう。
身体を起こして、キッチンへと向かうと、一度部屋に戻って着替えたのか、ラフな格好をした日高が鍋を片手に煙草を吸っていた。どっちかにしろよ、と言いたいところだが、換気扇があるのはここだけだ。看病された手前、文句も言えまい。

「はよ」
「・・はよ」

ひらりと片手を上げる日高につられ、ぶっきらぼうな挨拶を交わす。
言葉を返してすぐに、隣に佇んだ才賀を見ながら、日高は疑問を投げかけてきた。

「煙草咎めねえのか?」

いつもであれば、あっさりと怒鳴り声を上げて日高の胸ぐらを掴んでいただろう。それを思ってか、日高は不思議そうに才賀を見ている。

「別に誰も見てねえ場所なんだし、好きにすりゃいいだろ」
「お前が見てんじゃねえか」
「なんにも見てねえな。料理作りながら、煙草吸ってる不良のことなんて」

また、欠伸が交じる。すっかり身体が軽く、最近の気だるさが嘘のようだった。
才賀の返答に日高はそうかよ、と適当な相槌を返して、随分と短くなった煙草をグリグリと携帯灰皿に押し付け、才賀にまた、視線を戻した。

「食えそうか?」
「腹減ってる。食わせろ」
「・・・やっぱりうぜえなお前」
「今に始まったことじゃないだろ」

興味津々とばかりに鍋を覗きこむ。才賀から見えるのは、あっさりとした匂いのスープだけだ。

「ああ、そっちはシメだ」
「シメ?」
「おかずはこっちな」

と、冷蔵庫から取り出されたのは鶏胸肉だった。正直、そんなに自炊をしない才賀からすると、それもどう使うのか、どうシメになるのかもわからないが。

「鶏肉を多めの塩胡椒でガッツリ焼いて、飯の上に乗せて食う。で、シメにそっちの出汁を掛ける」
「そりゃ美味そうだな」
「男の家庭料理程度にしかできねえけど、まあ腹の具合としちゃ、丁度いいだろ」

話しながら、手際良く塩胡椒を振り掛け鶏肉を焼いていく。飲みもん出しといてくれ、と言われたので、
部屋で仕事をするときによく使うマグカップを2つ取り出して、ミネラルウォーターを注ぐ。才賀の部屋の冷蔵庫には、アイスコーヒーか、ミネラルウォーターの二択しか無いので、こっちの方がまだマシだろう。

「ほら、できたぞ」

あっという間に丼に飯を装って、ぱりぱりの黄金色に焼き目の付いた鶏肉と、いつ下ごしらえしていたのわからない、ごま油で軽く炒めた小松菜、それから、別の大皿には紫キャベツを酢で和えたものだろう。決してそんなに凝っていないし、盛り付けもどん、と大盛りなのが、日高らしい。

「いつも自炊なのか?」

いただきます、とお互いに手を合わせ、うま、と才賀は心の中で思う。伝えるのは癪だ。

「ああ、食堂行くの面倒くせえだろ」
「つうか、ヤってばっかのお前じゃ、食べる時間に食堂開いてねえもんな、悪い」
「煽ってんのか才賀??」

テーブルを挟んで勿論冗談の延長だろう凄んだ顔をされ、才賀は、はは、と軽く笑う。
食べ進めるほどに胃袋はしっかりと膨れていくのだが、病み上がりだというのに、酢和えのキャベツと、シメの出汁を掛けた大盛りの丼は、全く重たい、と感じさせない。味付けや、食感に気を使ってくれたのだろうか。なんて、少し欲が過ぎる思いを浮かべ、ひとり苦笑した。

「・・・まずかったのか?」

洗い物の最中にそんな顔をしたからか、カウンター越しに才賀を見ていた日高は、心配げに才賀を見る。

「いいや、うまかった、・・ありがとな。」

口にしてから、思った。何の事のない礼を言っただけだ、それなのに、相手が日高というだけで、恥ずかしい。直ぐ様に俯いて、はあ、とため息に似た、声を聞こえない程度に吐き出した。

「・・・・つうか、甘いもん食いてえ」
「・・・買ってきてやるよ、なにがいい」

見えないのをいいことに、礼を言われた日高は、赤面していた。まさかこの怒鳴り声撒き散らし野郎から、率直な礼が述べられるとは。仕事の延長でよく言われる、あの、高圧的な、助かった、ではない。ありがとな、だ。

口元を抑え、即座に買いに行くと返事した。きっと、こいつもどうせ、うわ、ミスった。とか、犬猿の仲である己に使うべきでない口調だったとか、そんな事を思っているに違いないだろうし。
なんとか平静を装って、声はだせたものの。

「・・チョコミント。チョコミントの、アイスが食いてえ」

才賀らしい、甘さと爽やかさを秘めた、その注文に。
日高はニヤける口を抑えきれなかった。





fin.



========

半年記念アンケ、2位のカベジリ後日談でした〜!

今回はエロはほぼ無しの、愛が芽生える〜をテーマに書かせて頂きましたが、才賀の怒鳴り声は今後も響きそうですね・・・盛る日高を押しのけ、んんん、なんでもないです。チョコミントという案は親愛なる永瀬さんより頂きました・・・会長がチョコミント食べるなんてとっても可愛いですv
また彼らについては、違う機会でもかけたらいいなあと思っております!

それでは、皆様たくさんの投票ありがとうございました!

2016.05.17 terarium カイ








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