もう一度、あの夏で(委員長×会長)





あいつが俺に告白してきたのは、中等部の二年次に進級してまだ間もない、蒸し暑い初夏のそよ風が吹く六月のことだった。雨ばかりが続いていて億劫で仕方なくて、漸く晴れたその日だ。よく覚えている。

『真一(しんいち)、お前が好きだ。付き合ってほしい』

幼馴染で、親友という関係で、誰よりも、近しい場所にいた。
中等部に上がると、皆精通が始まったためか色気づいてきて、全寮制学園という閉鎖的な環境化にあった為か付き合うやつが増えてきた。周りを見て同じように親友は感化されてしまったのだろうな、ああ、きっとそれは、お前の勘違いだ。と、俺は思ったのだ。だからあんなセリフを言ってしまった。

『お前、俺の親友のくせして、何言ってんだよ。気持ち悪い、』

何を躊躇う必要があるのかと、そりゃ綺麗に、あいつにナイフを叩き込んだ。
それを聞いて、あいつは言葉に詰まった挙句、そうか、と一言吐き出して、部屋を出て行ってしまった。
あの時のあいつの傷ついた顔は今も脳裏に焼き付いて離れない。
あれ以来、一度と言葉を交わしていなくても、まだ、ずっと。



<もう一度、あの夏で>


俺こと白鳥真一(しらとりしんいち)は中等部の生徒会長を勤め、高等部に上がってからは、学園初めての一学年からの生徒会長として仕事に追われ、慌てているうちに、気づけばあの時の告白から三年の月日が経っていた。次の日から話しかけても無視されるしで、当時は親友を失ったショックで、忙しさに追われることを選んでいたのだと思う。なにも、考えないように、俺自身も目を背けていたのだ。
ただ高等部二学年にあがってから、あいつの姿を近くで見かけるようになった。
風紀委員長が代替わりしたらしく、時折無言で、目も合わせることもせずに書類を届けに来る。相も変わらず褐色の、逞しい肌と、あの時より少し大人びた印象を受ける鬱血痕のついた首筋を覆う黒い襟足は、俺が知っているようで、知らぬ親友の姿だった。

「会長って、委員長のことよく見てますよね」
「・・・・・そうか?気のせいじゃねえの」

ああ、またひとつ痕が、増えたとか。頭の中で考えていることを口に出すような真似をした覚えは一切ないのだが、副会長が言いたいのは、そういうことじゃないらしい。

「舐め回すように、見てるんですって」
「はあ?」
「ちょっと変態的なぐらいに」

なんだそりゃ、お前の妄想だろ。

その時はそう返したのだが、部屋に帰ってシャワーを浴びて、ベッドの上で目を閉じて。いつもこの瞬間に蘇る三年前の苦しげな表情。改めて思いなおしてみると、あいつが風紀委員長として顔を合わせるようになってから、一か月と少し、会うたびどんな体調だったのか答えられることが、できそうなぐらいに見ていた、気はする。
漸く仕事に慣れて、落ち着いて、心の余裕が持てたころに、お前は俺の目の前に現れた。
お前をこっぴどく振った男の近くになんて、来てんじゃねえよ。


数日後、また数度のノックとともに、俺より少し高いぐらいの美丈夫が生徒会室にやってきた。
迷うことなく副会長のもとへと歩いて、書類を渡して微笑んでいる。
ただ、驚いたのは副会長のかけた言葉だった。

「いつもご苦労さまです。すこし、お茶でもいかがですか?」

この間の話の真相を目で確かめたいのか、何のか。別にどちらにしろ俺にやましいことなんてなにもない。ただ元親友が生徒会室に来るから見ていただけなのだ。それにどうせこいつは断るだろう、なんたって、三年も言葉を交わしていない気まずい俺が居るんだからな。
そうタカをくくっていると、元親友から返ってきたのはさっぱりとした返事だった。

「ああ、ならお言葉に甘えていただこう」
「・・・・・!?」
「わかりました。そこのソファに、座っててください。すぐに持ってきますね」

副会長の言葉を受けて、元親友は会長席の真ん前にあるソファにそっと腰かけた。うなじからは、最近ではもう見慣れた痕が消えることなく点在しており、なんとなく、気分が良くなかった。まあそれは俺には関係のないことだ。大体、こいつを見ていたって仕事は進まないのだし、いい加減見るのはやめよう。

「お待たせしました、どうぞ」
「すまない」

書類に目を移して数分後、副会長お気に入りのコーヒー豆から抽出した香ばしい液体と、この間俺の親衛隊長が持ってきた味わい深いバタークッキーが風紀委員長の前に出される。カップに鼻を近づけて、くんくん、と匂いを嗅いで、一口、啜る。時折副会長と談笑しては、勧められるままにクッキーを咀嚼して、・・・俺と過ごしていたときも、こんなに、落ち着いた空気を醸し出していたのだろうか。

「会長もいかがですか?」
「俺はいい」
「あら、残念」

副会長はいたってシンプルに茶を飲む時間を楽しんでいるようで、
以来、風紀委員長であるあいつがこの生徒会室に書類を届けに来るたびに、謎の茶会は行われていた。



蒸し暑い六月にさしかかったある日、副会長は俺が冷凍庫に保管していたアイスを食べながら、俺の席の前で佇んでいる。

「どうですか?」
「何がだ」
「委員長、見たいかなとおもって」
「別に見たくなんかねーよ。つうかそれ、俺のだぞ」
「ケチケチしたら白髪増えますよ」

俺の好きなソーダ味を咥えている。しらっとした顔で、二年目の付き合いになる副会長は俺のデスクに腰かけた。書類漬けだったので、やけにうまそうに見える。

「俺にも寄越せ」
「食べかけでいいですか?」
「ああ」

返事をしながら、まだ食べ始めだったらしいアイスキャンディを俺のほうへと突き出してきた。それを一口ぱくりと咥えたその時に、慣れ親しんだ訪問者がやってきた。

「・・・・・・・」

何をいうでもなく無言。ただただ無言で、言葉に詰まっていて、俺はその時、脳裏に焼き付いて離れないあの表情を思い出した。
突然風紀委員長なんてものになって、この部屋に足繁く通う理由。茶会に誘われ、苦手な男がいるのにも関わらず滞在する理由。俺と、副会長が接していて強張る表情。
ああ、全て納得がいった。そういうことだったのか。

「・・・邪魔したみたいだな」

出て行った男の後ろ姿を見ながら、副会長は誤解されちゃいましたね、と呟く。

(今のあいつは、副会長のことが好きなんだ)

ソーダ味がじんわりと口の中で溶ける。
胸のあたりでじんじんと疼く痛みを、ようやく、俺は知ったのだ。

俺は知らぬ間に元親友である、風紀委員長、墨染延治(すみぞめえんじ)に恋をしていた。





今度のあいつはというと、あの日のように翌日から、姿を消す、なんてことはなくて、また書類を届けに来た時に副会長がきっぱりとちがうんですよ、と訂正したためか、それこそ何もなかったようにまた生徒会室に通っていた。副会長と仲良く談笑して、時折、自分の気に入っている茶菓子を持ってきて、差し入れにと顔を出した俺の親衛隊長と鉢合わせして、俺はあいつの後ろ姿をみながら、僅かな変化を知った。
痕が、増えている。

「・・・・会長さま?」

ふと、声が聞こえたのでそちらに目をやると、きょとんとした顔で俺の隣に佇む隊長が居た。この女のように可愛らしい男も高等部からの付き合いだが、副会長同様に、俺に距離を詰めすぎないところが、とても心地が良く気に入っている。俺が、友情にしろ恋情にしろ、近しい人物を求めていなかったといえばそれまでなのだけれど。

「ん?なんだ?」

目の前には、やっぱりあの男がいる。想い人に会いに。
じっと見ていたのを悟られないように、隊長のほうへと顔を向け、微笑んでやる。

「・・・・・・・」
「・・どうか、したか?」

俺と委員長を交互に見て、物憂げな表情でーーーああ、こいつもそうなのか。
気づかないようにしていただけで、感情なんてそこらじゅうに転がっている。隊長は、聡い。今の一瞬で、何がどうなのか、気づいて、それで今、口元に人差し指を当てて小首を傾げているのだろう。

同じ部屋にいるのに決して話しかけてはこない相手。
これほどまでに、過去の自分を呪ったことはない。

俺自身が招いた種と知りながら、これは相当に苦しいものだ。

隊長を手招きしてぽんぽんと頭を撫ででやると、嬉しそうに笑う。屈託のない笑み。
他に幸せなんて探せばいっぱいあるのに、何故なんだろうな。俺は苦しくてもお前がいいらしい。



とある休みの日の朝、一番に生徒会室にやってくると、男が立っていた。
まるで存在を無視するように扉を開けるのも、気分が悪い。かといって視線を合わせて話すのも、今更恥ずかしかった俺は、どうしたものか、と考えた末に、扉の前までは顔を合わせることはせずに、鍵穴をガチャガチャと動かしながら、己の背中を挟んで話しかけることにした。仕事の鬼、秀才、天下の生徒会長様と、言われようと、恥ずかしいもんは、恥ずかしい。

「副会長のやつは朝が弱えから、午前中は来ねえぞ」

しんと静まり返っている廊下に、思ったよりも響いて、暫し沈黙が続くものだから、無視かよこいつ、と内心で腹が立った。わざわざ言ってやってんのに。ずっと立ってろよクソ。
苛立つ表情を何とか抑えながら鍵を引き抜いて、扉を開ける。

「違う」

聞こえたのは、凛とした元親友の声だった。
たった一単語だ。それでも久々に聞いたら、目の奥が熱くなった。副会長に話しかけるのではなく、俺に、話しかける、声を。

耐え切れずに扉を開けて静止していた手を、急いで引いた。
このままじゃ涙が零れてしまいそうだった。初めての感情に戸惑い、抑える術を俺は知らない。こいつの居ない所へ、生徒会室へと入ろうとしたところで、腕を掴まれてしまった。

「な、」
「逃げてんじゃねえよ」

ぐっとその腕を引かれて、後ろから抱きすくめられると、頭が、真っ白になった。
なんで俺は、こいつに抱きしめられてんだ。

「はな、せよ、何してんだよお前、」
「離すわけねえだろ、やっとお前が、」

顎を掴まれて後ろを向かされ、逃げまどっていた俺と延治の目と、かちりと視線が合う。

「俺に、気持ち悪いって蔑んだ感情を、抱いてくれたっていうのによ」

深淵のように深い色なのに、ぎらぎらと、反射する横暴さも兼ね備えた眼球で見つめられると、思わず怯んでしまう。三年ぶりの視線。三年ぶりの、延治の熱。しかし今俺が抱いているのは親友に対する情じゃない。
過去の俺が蔑んだ、親友を侮辱する、恋情だ。
頭が延治の言葉を理解した時には、すでに唇が触れ合っていて、何か言い返そうと開いた口の隙間から舌が挿し込まれる。

「ん、ン゛・・・、ッ」

扉にドン、と押し付けられて、唇を貪られる。
舌を舌で絡めとられ、同時に、身体すらも逃げられぬように抑えつけられると、仕事漬けで経験のない俺には耐えがたい刺激で、もともと込み上げていたいた涙腺が、崩壊を起こしてしまう。ぽろりと一粒涙が零れる。けれど目の前の男は、既に瞳を閉じてしまっていて、助けてなどくれなかった。

(どうしてなんだ。)
(理由を聞かせて欲しい。どうして、俺にキスをする?)

混沌とする頭の中で、何度もお前の名前を呼ぶ。
しかし口づけは言葉を遮って、延治にそれが届くことはなかった。




荒々しい口付けから解放されて、くったりと力の抜けた俺を、延治は生徒会室の横に備え付けられた仮眠室へ連れ込んだ。抵抗するよりも前に、ネクタイで両手を縛られてマウントを取られてしまえば、俺にはどうすることもできない。されるがまま、何故という感情のみが頭を占めている中で、ただ、延治に犯されるしかなかった。


「っ、・・ん、・・んっ、ッ、・・・、!」
「っは、・・・・っ、」

息遣いだけが世間でいう休日というところの、早朝に響き渡る。
季節が季節だからか、朝だからまだマシなものの、湿気が酷かった。おかげで汗でくたくたになってしまって、野獣のように行為を行う男も、尚の事、熱に力が入る。

喘ぎ声を上げることは滑稽だと思い、少しの抵抗とばかりに、ずっと口を噤んでいる。

「真、一・・・・・ッ」

対して、俺の呼んだ名前は聞かなかったくせに、こいつは夢中で俺を呼ぶ。
全く何を考えているのか理解できなかった。
俺が、お前を好きだと知ったからか。
俺が、お前を邪な瞳で見つめていたからか。
犯されている今でさえ、首筋の痕を見ては、眉をしかめているからなのかーー。

俺を、苦しめたいということしか、わからない。
あの時もそうだ。ガキっぽくて、周りの見えない俺だと知っていたのにお前はそんな言葉を口にしたんだ。もっと機を見計らえばよかったんだ。


「うる、・・・せ、え・・・・よ、」


息も絶え絶えに己を犯す男を見上げると、何でか、泣きそうな顔をしている。


「・・ホント、お前、わかんねえ、」


人に所有されている痕をつけて俺の前に現れて。
追いかけたくても追いかけられないだろうが、馬鹿野郎。


「・・なあ・・・延治、・・好き、だ、」

こんな台詞、今更か?

手遅れだったとしても、それでも、いい。




「付き合ってくれ、」

(俺は、お前が欲しくて溜まらない。)















「不器用ですよね、ふたりとも」
「ほんと世話やけますね」

その日の午後。すぐ隣の仮眠室を覗いた副会長と親衛隊隊長は、手を繋いで眠る二人を見て、微笑んだのだった。



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風紀委員長が会長に告白したけど振られて、でもやっぱり風紀委員長のことを好きになるだけの純愛(ここ重要)ストーリーです。ネタを提供してくれたユミさんに捧げます。人人
痕はセフレにつけるように頼んでいた委員長でした






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