深淵(魔王×勇者 流血アリ )






浅黒く固まり始めた血が、男の首に巻かれた白い布に確と存在を証明している。
所々に敗れ、焦げ落ちた部分は元々の長さもわからぬ程だった。
それでもこの布を捨てぬ理由は、どろどろと主張する血の主である、親友から譲り受けたものだからということに他ならない。寒がりな男に、自分は汗をよくかくからいらないと渡されたのは随分と昔の話で、その当時はああこいつに認められたのだと思ったものだ。

「ッ、」

剣尖が頬を掠める。
鋭い痛みと、じわりと広がる熱がまだ自分は生きているのだと証明してくれる。
圧倒的な力で男を蹂躙する魔王は、未だに堪えるのが精一杯な男を笑った。

「その邪魔な布、取った方がいいんじゃないのか?」
「て、めえなんざ、何つけてたって変わらねえ、」
「くはは、それもそうか。どうせお前は負ける」

キンキンと甲高い音が城に木霊する。この場、いや、この城にはただ2人しか居らず、部屋の扉を出たなら沢山の屍体が積まれていることだろう。
そこには勿論、男の親友の姿も。

「ハッ、俺が勝って、終わりだ」
「何が終わる?言ってみろ」

魔王の利き手であろう左から高く振り下ろされた漆黒の剣を、伝説の剣と名高いエクスカリバーで受け止める。両手で剣を持ち直し、下からぐっと弾き上げると、魔王は含み笑いをして慄いた。

「このくだらない戦いがだ」
「ほう」

男、勇者の言葉に、魔王はにやにやと悪い笑みを浮かべ、勇者に問いかけた。

「仲間も、親友も殺されて、宿敵という己の存在の主張でさえ、居なくなって、
それが、お前の求める終わりか?」

「・・・俺がもっと強ければ、あいつらを守る事ができた。俺がもっと強ければ、俺一人で、此処に辿り着いていただろう。世界を救う為に。
俺はお前を倒さなきゃならない・・・その為に生まれてきたんだ」

エクスカリバーを持ち直し、目に掛かる細い髪の隙間から、逃すまいと睨み付ける。
勇者には秘策があった。
この剣と、己の力との融合だ。
同じ魔王を倒す為の力の融合であれば、例え、いかほどに強い魔王といえど、属性的に弱い攻撃を防ぐ事はできない。

(・・と、いくら言葉を並べてみても、今の自分に勝機があるのかどうかは未知数だった。己と切磋琢磨し剣の腕を磨いた親友を、下段からの一撃で葬り去ったのだ。気をつけるべきはあの居合の様な一撃だろう。恐らく、自分が振り被った時に、来る。飄々としたその笑みを、じっと、じっとだ)

機会を伺う。間合いを詰めつつも、構える素振りすら無い魔王に、勇者は限りない集中を、注いでいた。

「世界を救うか。笑わせるな。本当に、お前ら人間という種族は馬鹿らしい」
「・・・何?」

(いや、乗ってはいけない。これは心を揺らがせようとしているだけだ。)
対属性の弱さを、魔王は熟知している。エクスカリバーと勇者の力、その共鳴が完全でない時を狙い仕留めようというのだろう。
勇者はさらに深く構え、間合いに入る。
けれど魔王は、剣を地に刺したまま、握ることもしなかった。

「お前は踊らされているだけだ。そうだな、人柱という言葉を、知っているか?」
「生贄のようなものだろ」
「その通り、お前という勇者も。まさしく、人柱に他ならない。お前は土台となり、人々の幸せに貢献する。傍には名誉なんて薄っぺらい人間がついて、お前が本当に大事にしていたものは、なにひとつとしてその腕に残らんぞ」
「使命を達成する為の犠牲は、仕方のない事だ。仲間は俺が庇いきれなかった、ただ、それだけだ。俺は仲間の分も、民を幸せにし、仲間の分も生きて、恩を返す」
「可哀想な男よ。滑稽で堪らん」

魔王は態とらしくため息を吐いて、己の額をさする。ーー今か?今、いや、誘っている、だけだ。

「言っておくが、挑発には乗らないぞ」
「そうか。今なら切れたというのに、惜しいやつだ」
「ああ、見え見えなんだよ、お前」

漸く刀を手に取った魔王は、長い髪を後ろに流し、ゆらりと動きを見せる。

「それじゃあ、勇者。ひとつ問いだ」
「しつこいぞ」
「いいから聞け、お前の為になる」

為になる、為になるとうるさい男だと、勇者は内心で呆れつつも、警戒は解かず何だと返答をする。

「死ぬか、俺の配下になるか。
どちらか選べ」

「・・・・・舐めた事しか言えねえのか、その口は。もういい。構えろ」

勇者が殺気立った声でそう告げると、楽しそうに笑う魔王は、剣を高く上げる。同じ上段。これなら、あの居合の様な一撃ではないとする。
舐められているが、好都合だ。
きっと先ほどと変わらぬ剣の交わり合いだと思われているのだ。

「ーーこれで最後だ」

勇者は、白い輝きを瞬かせ、魔王に斬りかかった。





白と黒の剣が交わったその時に、ガキンッと、強い衝撃が、勇者の手を軽く
する。何だ、なにが起こったと思い剣を見ると、

「な、ッ…?、」

折られた?あの、エクスカリバーが、?

「民の為、民の為と。お前は自分を殺す事が随分と好きなようだな」

魔王は冷ややかな視線を勇者に注ぐ。狙いすまして鞘から真っ二つに折れているエクスカリバーを、大笑いしてやりたいところだが、それよりも、勇者の驚きの表情が馬鹿らしくて仕方がなかった。

「なん、で、」

伝説の、剣だぞ。あんなに深い迷宮の、あんなに、伝説の龍達を引き裂いてきた剣を。こんな、魔王の持つくだらない棒切れのような剣で。

勇者は魔王を見る。
魔王も勇者を見つめている。ただ、
それは、氷の様に冷たい眼だった。

「くだらない」
「なにもくだらなくなんかねえんだよ!!」

勇者は激情する。いいや剣を折られた所でどうだというのだ。折られた歪な切っ先でも、こいつを殺す事は出来る。世界を守らなきゃならない。俺が、こいつを止めなきゃならない。

折れた剣でぐっと詰め寄り、何度も斬りかかるが、魔王はつまらないと言わんばかりの表情でそれをいなし、勇者に語りかける。

「くだらんさ、お前という男は」

キィンッと勇者の剣は弾かれ、遠くへ飛んでいった。魔王はそのまま勇者を蹴り飛ばすと、咳き込む勇者の腹に剣を突き立てる。

「ッ、ぐ、っぅ、は、」
「もう一度聞こう。勇者よ」

グリグリと歪な剣を動かせば、勇者は悲痛の表情で刃を止めようと手を伸ばす。腹からは血がじんわりと広がり、新たな鉄の匂いが広がる。魔王には慣れ親しんだ香りだ。

「このまま死ぬか、俺の手下になって生き永らえるか。どうする?」
「だ、れがてめの、手下ッ…になんか、」
「お前は強情だな」

更に剣を縦に進めると、傷口が広がっている。身体を分断される痛みに、勇者は叫び声を上げた。

「ア゛ア゛ア゛アッ!!!!」
「ほら、死んでしまうぞ。いいのか?そんなくだらんことに、信念を持ち、虚しく虫の様に死んで」
「、ッ、はっ、っ、るせ、んだよ、」

朦朧とする意識と、生理的に浮かぶ涙でぼやける視界の中、勇者は傍に落ちていたエクスカリバーの破片を、握る。

(村を出る時に。
俺の使命とは何だと、疑問には思わなかった。
俺は生きると信じて疑わなかった。
それがなんだ、このザマは。)

大陸一と名高い少しナルシストな魔法使いも、少しドジっけこそあるものの狙った獲物を外すことのない弓使いも、クソ生意気で突っかかってくるのが当たり前な、あいつ、でさえ。

今は先に、行ってしまった。

魔王に勝つことを諦めていたのか?
聞かれたら、頷かざるを得ない。

だってこいつは、俺の剣に服一つ擦りさえしていないのだ。剣技は勿論、魔法も何もかもが上手だった。

「お前の、負けだ。勇者」

(こんな化け物に、叶うはずがない。)

魔王が笑う。腹が立つ。命乞いを待っている様に。余裕綽々な笑みもなんのその、男の長い黒髪を引っ掴みグッと引き寄せる。腹筋に力を入れた。激痛だが、そんなこともう、関係ないだろ。

「しぬ、のは、てめえだ、」

勇者は見下ろす眼が近付いたと知った時、鮮やかに輝くその瞳に、破片を突き刺していた。

「っ、」
「は、いい、ザマ、」

腹が痛くて仕方なかったが、聞こえるように声を張ると、驚きで見開かれていた魔王の表情が艶やかなものになる。


「気が変わった。お前を手下にして、人間共を襲わせてやろうと思っていたが、なに、」

「その心、俺が壊してやろう」







かくして、勇者は結界に閉じ込められた。

永きを生きる魔王にとっては造作もない魔法陣だが、人間で、剣士である勇者にとっては決して出ることの出来ぬ障壁である。

数えきれぬ程に障壁を叩き、嫌味たらしく癒された傷に対し態と残された傷跡は、破れた服と合わせて半裸のまま、勇者の身体を纏っている。
親友の血にまみれたストールも同じように、勇者の首元を包んでいた。

勇者はただ座り込む。片膝を立て、獲物を見つめるように、じっと、魔王の玉座の隣で時を過ごす。

時折魔王の手下がやってくる。
その殆どは、勇者一行と戦い破れた不死族達だった。時間を経て、肉体を回復させたのだという。

なんでも、この魔王という男も、不死族のひとつに分類される、悪魔であるらしい。

「勇者よ」

語りには応じたことはなかった。
だが魔王は随分とお喋りらしく、
今、知っている情報もこいつが勝手に話したことだ。

「今日も天気が良いな」

この結界は、生きているけれど、生きている心地はしていない。
なにも食べていないのに、空腹が無い。
治癒を延々と施され、それこそ、ただ生命というパイプに繋がれ生きているのと同義である。

瓦礫の破片を魔王に向かって投げる。
それは届くことなく、障壁に当たって落ちた。

勇者は舌打ちして、また破片を投げる。

「聞こえなかったか?」

何が天気が良いな、だ。
魔王城のこの謁見の間じゃ、大量の黒曜石に覆われて、外なんて何にも見えやしねえ。

「さっさと出せ」
「クク、駄目だ」

ずっとだ。出せと言えばずっと、駄目だと言われ、ただ隣に座らされている。

余りにも暇で暇で、生まれた考える時間は、戦闘で湧き上がる血を冷静にさせる。今何故ここに佇んでいるのだろうかと、ぼんやりと考えてしまう。

俺は世界を救えなかった。
今頃民はどうしているのだろう。
確かに魔王軍を打ち破ってはきたが、この魔王にかかれば、あの軍をもう一度産み出すことぐらい、赤子の手を捻るように簡単な事なのだろう。

進軍はしているのだろうか。
俺が止めなければならなかったのに、無様にも魔王に、飼われている。

「勇者よ」

その、勇者、っつう言葉は、今の俺に向けられるような、たいそうな言葉じゃ無い。
視線だけ魔王に寄越して、勇者は続きを促した。

「今のお前を見ていると、楽しくてたまらん」
「・・・・・・」
「親友を無様に殺され、ほら、仲間でさえ、あそこに転がっている」

勇者の親友の死体は、謁見の間の扉のすぐ前、今は開かれ、目を凝らせば見えるところにある。
他の仲間の死体も、こいつの配下が持ってきた。

その時は身体が熱くなり、血が湧いた。殺してやると、意気込んだ。瓦礫を持って魔王のすぐ近くまで行き、玉座の輝く金に己の顔が反射した時、勇者は気付いた。

明らかに、目が据わっている。

俺は英雄の末裔だ。
殺しを望んではいけない。

唇を思い切り噛んで堪え、今に至る。

「煽ったところで、俺は…」
「それにしても暇だな。あの死体達をアンデッドにして、遊んでみるか」
「ッざけんじゃねえぞ!!!」

立ち上がって、怒号を、飛ばせば、魔王はふっと微笑んだ。…乗せられちゃ、まずい。こいつはこうやって俺をコケにして、楽しんでいるだけなのに。思う壺じゃないか。

即座に狼狽えて、口を閉じた勇者に、魔王は玉座から身を乗り出して楽しげに語りかける。

「あいつらひとりひとり、戦わせる。面白そうだろう?」
「出せ」
「なんだ?聞こえなかった」
「ここから出しやがれ!!!!」

魔王を睨みつけた勇者は、近寄って魔王近くの障壁を蹴る。蹴っても蹴っても意味のないことと知りながら、ただこいつを殴り飛ばしてやりたい一心じゃ、障壁が邪魔で仕方がない。

「いい顔だ。よし、なら出してやろう」
「!・・、」

結界が解かれる。途端に、勇者は懐に忍ばせていた護身用の小さなナイフで魔王の首元を狙い斬りかかる。

魔王はそれを流れるように避けて、何もない空間から真っ黒の短剣を取り出した。

「良いな。良い。良いぞ。力が上がっている」

聖剣でも無い唯の鍛冶屋のナイフだが、今の勇者の手にかかれば、白く輝いている。自分の力を使いこなしている証拠だ。

勇者はじっと魔王を見据えていた。
呼吸を止め、機を伺う。

「いいのか?そんなに俺ばかり見て

「「後ろが、お留守だぞ」」


声が二重に聞こえ、慌てて首だけで後ろを振り返ると、勇者の背後から剣を振り上げていたのは、あの、親友だった。

「ッ、クソ、が、」

大きな一振りを背中に受け、血が吹き出る。熱い。何か変わりになるものはないかと探すが、まだマシなのは魔王の持っている短剣ぐらいのものだ。
避けるにもこんなナイフじゃ分が悪い。

そう思っていると、魔王が自分の剣を此方に投げて寄越してきた。

「使え」

これ以上無いほどの怒りが勇者の身体を支配する。お前の剣で、お前が操った俺の仲間を、俺は斬らなきゃならないのか?それはなんの茶番だ?

「・・・・ッふざけるな」

もう一度切り掛かってくる親友の目は虚ろで、見るからに操られているのだと
勇者に訴えかけている。悲痛の表情でそれを見ながら、勇者は呟いた。

「俺は、こいつを斬れない」
「なら死んでしまうぞ」
「・・死なねえよ」

一度瞳を閉じ深呼吸をする。親友が己に斬りかかるよりも早く、勇者は魔王に間合いを詰めた。

「てめえが死ぬまではな」

魔王は何も持っていない。勇者の力が伝わった、白い輝きを放つ黒剣で魔王の身体を貫こうとしたその時、後ろから、衝撃を受ける。
背中に刺さっていたのは弓矢だった。
勇者の仲間である弓使いの一人が、虚ろな目で扉の前で佇んでいた。

「が、はっ、………て、め、だけは」

勢い良く突っ込んでいったからか、衝撃に力を無くした勇者は、魔王に抱き止められる。
カタカタと手が震える。剣を持ち直そうにも、力が入らなかった。ああ、こんなにもこいつを殺してやりたいのに、手の平の上でただ遊ばれている。

「殺して、やる、」
「民の為か?」
「仲、間の、為、だ」

くしゃりと勇者の髪を撫でる。

「そうか」

魔王は笑った。







魔王と勇者ネタ

魔王は黒髪ロング、目は仄暗い紫
勇者は黒髪短髪、灰色寄りの黒目

背丈は勇者が180センチだとしたら魔王は195センチくらいあります









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