黒尾長編 Let me sleep in your voice fin

想う




結婚後設定


「ほ、ほんとに良いの?」
「いいからいいから。ほい、入りますよお嬢さん」
「う、うん……」
「ぶくくっ、緊張しすぎじゃね?」

だって、こんなところあんまり来たことないんだもん。なんて言い訳は飲み込んで、私は差し出された鉄朗の手に自分の手を重ねた。優しくエスコートしてくれる鉄朗は相変わらずかっこいい。
結婚してもずっとずっとその格好良さに夢中で、減ってくどころかどんどん増えていく愛。そんな私が自分でも見慣れない格好をしてこんなところにいるのは、サプライズ好きな鉄朗の計らいだった。

「やっと何にもない休み!嬉しい!」
「起きて第一声がそれって」
「だって最近は土日ずっと式場見学してたし……今日はたまたま予約取れなかっただけだけど。見学って楽しいけど疲れるよねぇ」
「まぁ休んだ気にはならねえよな」
「あ、コーヒー淹れる?」
「ん。朝飯は俺が作んね」

同じ家で起きて、同じ家で眠る。そんなことがまだまだ嬉しくて、日常のなんでもないところであー私本当に鉄朗と結婚したんだなって実感しては心を躍らせていた。
最近は毎週結婚式のための式場見学巡りで休みという休みを過ごせていなかったけれど、今日は完全なる休日!

お家でゆっくりするのもいいし、午後からぶらっと出かけるのもいいし……ううん何しよう!
昨日から楽しみで眠れなくて鉄朗に笑われていたのに相変わらずずっと同じことを言ってる。そんな私に向かい側に座った鉄朗が「あのさ」と口を開いた。

「ちょっと名前ちゃんと一緒に行きたいとこあんだけど……」
「え?」
「出かけるの、しんどい?」
「え、ううん、全然!大丈夫!」
「じゃあゆっくりでいいから準備して、昼飯食ってから出かけよっか」
「うん!……デート?」
「ぶふっ……うん、そ。デート」

多分今、私が喜んだのが鉄朗に伝わった。鉄朗もすっごく柔らかい表情で私を見つめていて、その視線が恥ずかしい。
熱くなる頬を誤魔化すように鉄朗が作ってくれたベーコンエッグに手をつければ、鉄朗が可笑しそうに声を上げた。


* * *


太陽がてっぺんを少し通り過ぎた頃家を出た私たちは、家を出た瞬間からゆるりと手を絡ませる。
デートだ、デート。どこ行くのかな。何するのかな。まるで遠足の日の子供みたいにスキップしたくなるのを抑えて鉄朗に聞けば、「なーいしょ」とだけ言ってニヤリと笑った、

「ないしょ……」
「うん。行ってからのお楽しみ」
「ってことは行く場所は決まってるんだ?」
「おう。まぁ任せて、クロさんプレゼンツ、絶対名前ちゃん喜ぶから」
「それは心配してないです」
「あ、そ?」

だって鉄朗は本当に私を喜ばせる天才だ。鉄朗としてもクロさんとしても、いつも色んなことをしてくれる。
だからこそ今回は何を思いついたのかなぁ、とドキドキしながら鉄朗に連れられて行ったその場所は、ちょっとお高めのパーティードレスがたくさん置いてあるお店。

「ええっと、」
「名前ちゃんはどんなやつが似合うかな〜」
「ちょ、え、なに?」
「ん?好きなやつ選んでいいデスヨ」
「な、なんで?」
「いいからいいから」

って。全然良くないけど!?
訳もわからぬままお店の中に手を引かれ、正直自分でも買うのに躊躇うお値段のドレス達をいくつか試着させられて、だけどそんなこんなしてる間にちょっと自分でも楽しくなってきてしまった。

式場が決まったら結婚式のドレス選びなんてものもあるけど、なんかその予行演習みたい。経験者の友達はみんな口を揃えて大変だったというそれも今の私にとっては憧れで、着替える度に可愛い可愛いと褒めてくれる鉄朗に気分が上がっていく。

「それでいい?」
「う、うん、でも……本当にいいの?」
「うん。それ名前ちゃんに似合ってるし、いいじゃん」
「でもこれ……」
「いいからいいから」

今日の鉄朗はいいから星人だ。楽しんだものの結局理由もしれないまま鉄朗にドレスを買ってもらった私は「あ、これ着ていきまーす」「えっ!?」まさかのそれを着たまま店を出ることになっていた。
その後も鉄朗にあそこだここだと色んなところに連れて行かれて。

……すごい。いつも行く美容院よりオシャレなところに連れて行かれた。プロのメイクさんにメイクしてもらうのなんて当たり前に初めてで緊張した。ドレスに合うパンプスを履かせてもらった時も、「なんかシンデレラみたいだな」とか冗談言われて照れたり。

今日一日ずっと謎なまんまで、どこに行っても何をしても驚いてばっかりで。
極め付けは、お手洗いに行ってくると言ったはずの鉄朗がさっきまでの休日デートスタイルとは真逆のかちりとした格好で戻ってきたこと。

「な……ど、どうしたの、それ」
「結構似合ってません?俺」
「ス、スーツ……ネクタイ……!」
「名前ちゃん好きっしょ」
「よく分かっていらっしゃる……!」
「ぶっ……!ひゃっひゃっひゃっひゃっ!正直だなあ」
「ええ、なに、ていうかなんで!?」

未だに「ふっふっふ」って笑うだけの鉄朗にそろそろ教えてよと縋ってみてもやはり教えてくれなくて、だけどお互いに普段とは違う畏まった格好をしていているからその非日常感になんだかソワソワする。なあに。次は何が起こるの。

想像してみても分からない。鉄朗を盗み見るとたまに目が合って小さく口角を上げる鉄朗にきゅんとする。なんか……いつもの鉄朗と違うみたい。だってそんなカッコ良くなってくるなんて、聞いてないもん、私。

そうしてそこからまた手を引かれてやってきたのは、都内でも有名なホテルだった。

「そろそろお腹空かない?」
「す、空いた……かも」
「今日はここでディナーでもどうですか」
「え……」
「丁度予約の時間なんで」

ニッと笑った鉄朗は、ぽかんとする私の手を引いてクロークで荷物を預けるために受付に向かう。
まだ状況を理解していない私はただそれに着いて行くだけで、今日の昼自分が来ていた服を預けた後エレベーターに乗り込み最上階のボタンを押す鉄朗をぼうっと見つめていた。

「名前ちゃん?大丈夫?」
「だ、いじょう、ぶ……?」
「なんで疑問系?」
「いや、なんか状況についていけなくって……」
「んー……嬉しくない?最上階のレストランなんですけど。夜景も綺麗よ、きっと」
「う、嬉しいよ!?めちゃくちゃ嬉しい!だけど、また急だなって思って……」
「最近ずっと忙しかったじゃん。式のこと調べて、見学行ったり準備したり……だからたまには労っとかなきゃなーって」
「ほ、ほんとに……?」
「うん。なんでもない日のサプライズ、惚れ直した?」
「クロさん……一生推す……!」
「ぶふっ……くっくっくっ、ぶれねえなあ……でも今は、」
「クロさんじゃなくて鉄朗!」
「分かってるならよろしーい。……それじゃあどうぞ、お嬢さん?」

あぁあもうほんと、ずるいよ。こんなににかっこよくエスコートしてくれるなんて本物の王子様みたいだ。絶対自分で分かってやってるところが本当にずるい。

慣れない雰囲気に最初は緊張しながらも、出てくるコースのお料理は美味しいし席から見える夜景も綺麗でずっとテンションは上がりっぱなしで。
たまに合う視線に胸が高鳴って、それでも漸くこの雰囲気に慣れてきたなと感じたのはこのキラキラした時間ももうすぐ終わる、デザートが運ばれたときだった。

「今日、なんにもない日って言ったんですけど」
「?」
「ほんとは一応……記念日なんだよね」
「……え?」

鉄朗の言葉に……私は瞬時に頭の中をフル回転させる。記念日。記念日?お互いの誕生日じゃないし、付き合った日でも、勿論結婚記念日でもないし……そんな私の頭の中なんてお見通しなんだろう。
ニヤリといつもの表情で笑った鉄朗は、私の目をじっと見つめて、そしてそのまま数秒。

「な、……なに……」

耐え切れなくてフイと顔を晒した私に、鉄朗はまたクツクツと笑った。

「クロさんですよね〜って」
「え?」
「名前ちゃんが、突撃してきた日です」
「……えっ!?」

ぱちぱち、目を瞬かせた。言われたのはあまりにも予想外で。私がクロさんの家に、突撃した日。

「俺と名前ちゃんが、出会った日」

鉄朗は自分で言って照れ臭くなってしまったのか、「どうどう?感動した?」なんて茶化して私の顔を覗き込む。
こんなのダメだって、本当にずるいよ。

「そ、んなの……覚えてくれてたの……?」
「まぁ、たまたまね。あの日動画作ってたし、データに日付残ってて」
「……そ、かぁ……」
「……その涙は嬉し涙って捉えていい?」
「う゛ん゛…っ」
「あーあー、顔ぐちゃぐちゃなんぞ」

苦笑いしてる鉄朗だけど、それでも少し嬉しそう。すごいな。ほんとにいつも、私を喜ばせてくれる。
胸の奥がぎゅうってなって甘い痛みで痺れる。

「ほら名前ちゃん、せっかく可愛くしてんだから笑って?」
「うう゛っ……ありがとう、鉄朗ぉ……」
「更に泣いてどーすんの」

だって止まらないんだもん。涙も、好きも。鉄朗に対する気持ちが止まらない。
私も同じだけのそれを返せてるかな。返したいな。そう思っているのに、実際今は涙しか出せていない。不甲斐ない。そんな私の想いも、全部鉄朗は知っているんだろう。

「……結婚式での名前ちゃんはもっと可愛いんだろうなぁって、今日ドレスとか色々見てる時思ったんだよなぁ」
「…………っ?」
「いや。うちのお姫様はいつでも可愛いわ」
「て、てつ」
「あの時隣に住んでたのが名前ちゃんで良かったし、夜中に突撃してくれるところも好きよ」
「わ、笑ってるじゃん……っ」
「名前ちゃんが俺のこと好きすぎなことも、ちゃんと伝わってからね。俺はこうやって返さなきゃな?」
「っ…………ずる、い」
「知ってまーす」

ニヤニヤと口元を緩ませる鉄朗へ。とりあえずこの涙が止まったら、私もまだまだ沢山好きと伝えようと心に誓うのです。


To think of


21.06.11.
title by 星食「愛され地獄はどちら?」
200,000 hit 企画より
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