黒尾長編 Let me sleep in your voice fin

寄り添う



結婚式編A


少しだけあった不安は杞憂に終わり、予定通りに一つ一つのプログラムが進んで、鉄朗の緊張なんて微塵も感じられない新郎挨拶や、研磨くんに手伝ってもらいながら一緒に作ったプロフィールムービー、打ち合わせの時から名前ちゃんこれ絶対憧れてるでしょって言われたファーストバイト。

その合間にかわるがわる色んな人が私たちのもとにやって来てはお祝いの言葉と共に写真を撮っていった。

「先輩!めちゃくちゃ綺麗です〜!」
「わー!ありがとう!鉄朗、私の後輩のサツキさん」
「ご結婚おめでとうございます!いつも先輩にはお世話になってます!」
「おー、ありがとね。よく話聞いてるよ」
「あの!一つお伺いしたいんですけど!」
「?どうしたの?」

後輩ちゃんの目が、キラキラと光っている気がする。それはかつての自分にも覚えがある、どこか既視感を感じる表情で。

「く、黒尾さんって…クロさん、ですよね!?」
「あっ!」
「!?」

ごほ、ごほっ、と鉄朗が咽せた。ああ…ごめん。そうだった。言うの忘れてた、後輩ちゃんもクロさんのファンなんだった。
疑い、とかのレベルではなくもはや確信を持ってそう聞く後輩ちゃんに、少し前もしかして結婚式で会ったら気付かれるかもなぁなんて呑気に思っていたけど…まさか本当に気付かれるなんて流石に驚いた。

そんなことは勿論知らない鉄朗は、「えー…」と珍しくちょっと焦ったような表情で、それを見た私は自分達の初対面の時を思い出して少し面白い。そういえば私たちの出会いも、こんなんだったよね。

「…い、…や、え、何、なんで」
「私、初期からずっとクロさんのファンでした!先輩ともクロさんの話したことあって!」
「…名前ちゃん?」
「…え?え、いや、私が言ったんじゃないよ!?」
「あ、勿論そういうのは聞いたことないですよ!声が似てるなぁって今日最初から思ってて、話し方も配信の時と一緒だし、苗字が黒尾さんだったからもしかしてって思ってですね!」
「やばい、こんなこともう二度とないと思ってたわ」
「でも……そっか。あの騒動の時の彼女さんって、先輩のことだったんですね…」
「うわぁ………ちょっと待ってなにこれ、めちゃくちゃ恥ずいんですけど」
「ご、ごめんんん」

顔を赤らめる鉄朗は、ちょっとクロさんの顔をしてて可愛い。申し訳ない…けどでもちょっと嬉しかったり。鉄朗、今日ずっと余裕なんだもん。いつもそうだけど、たまには私だってその表情を崩したいよ。

「あの、本当、これからもずっとファンです!先輩もクロさんのこと大好きだと思うんで…幸せにしてあげてください!」
「……ドーモアリガトウ。そりゃあ勿論…幸せにはしますよ、うん」
「はぁ…すごい…大好きな先輩と推しが結婚するんですね…ちょっと感動しました…」
「…まぁ、また家にも遊びに来てよ。名前ちゃんもお世話になってるみたいだし」
「ええ!?い、いいんですか!?」
「あははっ…うん、勿論!三人でクロさんファンイベントしよう!」
「えっ、すご、是非…!あ、それじゃあ他の方もお話しすると思うし、そろそろ席に戻りますね!」
「うん。ありがとうね!」

嬉しそうに去っていく後輩ちゃんを見ながら、私は小さく手を振る。まさかの久々なクロさんトークに思いがけず心が温かくなった私の隣で、鉄朗は飲み物を流し込んでいた。

「あー…変な汗かいたわ」
「私もちょっとびっくりした」
「てか三人でファンイベントって何そのただ俺が恥ずかしいだけのイベント」
「え、だめ?」
「うっ…なんかクロに嫉妬するわ、その顔」
「えー、自分なのに」
「うっせえ」

とん、って小さく肩を小突かれて、笑う。ああもう、幸せだなぁ。そんな時司会者さんが話し出して、次のプログラムに移るんだろう。えっと、次はなんだっけ。

「ここで…新郎鉄朗さんのご友人グループによる、ダンスパフォーマンスをご覧いただきます!皆様、会場の前方にご注目ください!」
「…ダンス!」

そうだ。次は、木兎くんたちにお願いしてた余興だった!
いつも賑やかな木兎くんだから、絶対何か楽しいことをしてくれると思っていたけど…木兎くんはともかく、赤葦くんや月島くんもいるはずだ。彼らが踊っているところはあまり想像出来ないけど、何故ダンス?

「…大丈夫かな?」
「さぁ?俺も見んのは初めて」
「全然想像つかないよね」

そんなことを言っている間に会場の照明が暗くなって、木兎くん達と私達のメインテーブルにだけスポットライトが当てられる。期待に胸がドキドキと高鳴った。

流れて来たのは今年流行ったアイドルグループのウエディングソングで…アップテンポな曲に乗って綺麗に揃った動きを繰り出す木兎くん達に、思わず感嘆の息を漏らした。

「すごい…ねぇ、あの木兎くんの隣にいるのは?」
「あー、あれは夜久。高校一緒の同期」
「ああ、噂の。そのお隣は?」
「あれは木葉。木兎達と同じ高校」
「ふふっ…鉄朗のお友達がいっぱいだ」
「…嬉しそうデスネ」
「うん。鉄朗の昔の話、あんまり聞けないし」

赤葦くんも月島くんも、意外に上手いな。これはギャップ萌えだし絶対惚れる子続出しそう…

会場が手拍子に包まれて、最高潮に盛り上がったまま曲の二番が終わる。この後のCメロ、実は私も好きなんだよなぁ、なんて。一緒に手拍子をしながら、その部分のソロダンスパートは誰が踊るんだろう、なんて考えた時だった。

ガタンって隣から音がして、驚いて見上げる。にやり。あの見慣れた不敵な笑いで私を一瞬見下ろした鉄朗が…なんと、木兎くん達の方に走っていってしまったではないか。

「えっ…?」

何が起きたのか分からなかった。鉄朗が木兎くん達のグループの真ん中に立って、曲はそのままCメロに突入する。

「な、なんで…」

すごい歓声。会場内に溢れる拍手。鉄朗は私だけを見つめて、私も鉄朗だけを見つめて。
クロさんの動画を初めて観たときよりも、何倍も、何十倍も今魅せられている。マイクを片手に歌いながら踊る鉄朗の、何でもこなせちゃう器用なところが好き。胸をきゅんきゅんさせるその甘い声が好き。「愛してる」の歌詞をちょっとキザに言えちゃうところが好き。きっと沢山練習したんだろう、私のためにこんなサプライズを用意しちゃうところが大好き。

「だからっ…ずるい、ってば…」

また我慢できずに涙を流す私を見て鉄朗は嬉しそうに笑った。泣かないでよって、言ってたくせに。もう私、何回今日泣いてるの。

好きで好きで、大好きな気持ちがずっと止まらない。ジャーン…って曲が終わって、余韻で耳がビリビリする。肩で息をする鉄朗が冗談抜きで世界一格好よくて、こんなところでまた惚れ直してる私はもうどうしようもないでしょう。

その後戻ってきた鉄朗は満足気に笑ってるから、ほんと…!

「感動した?」
「し、したに決まってるじゃん…!聞いてないよ!」
「実はさっきまでずっと緊張で吐きそうだったんだけどやっと解放されたわ」
「えぇー…そんな風に見えなかったよ…格好良かった…世界一鉄朗が格好良い…推しが尊い……」
「ぶはっ…名前ちゃんらしい感想」
「家でまた踊ってね…」
「いやそれはちょっと」
「どうして!」

もう一回じっくり観たいのに!そんなやりとりをしていると、ぞろぞろと今の余興メンバーがこちらに来てくれる。

「名前ちゃーん!俺!どうだった!?カッコ良かった!?」
「木兎くん!ありがとう〜めちゃくちゃ格好良かったよ〜」
「ちょっと名前ちゃん、さっき俺が格好いいって言ったばっかじゃん」
「赤葦くん達も!あんな、ダンスとかできるんだねぇ!びっくりしちゃった!」
「…名前さんの前で格好付けたい黒尾さんの提案です」
「もう絶対しませんよ」
「あはは…研磨くんは入ってないんだね。テーブルに一人になって見てたのちょっと笑っちゃったんだけど」
「研磨がこんなことするわけないよなぁ」
「あっ、えと、夜久さん!本当にありがとうございます!」
「いえいえこちらこそ黒尾がお世話になってます」
「えっと、木葉さんも、すっごいキレッキレでしたね!」
「え、あ、なんかそれ俺だけめちゃくちゃ張り切ってたみたいっすね」
「あ、いやそうじゃなく!皆さん本当に上手でした!」

一言ずつぐらいしか喋れなかったけど、また改めてお礼を言えばいいか。騒がしく席に戻っていく彼らを見ながら、隣の鉄朗を見ればなんだかふてくされていて。

「…その顔は?」
「いーや?みんなに格好良いって言ってる名前ちゃんに拗ねてるわけじゃ決してないですけど?」
「ふっ…す、拗ねてるの?」
「だから違いますぅー」
「ふ、ふふ…大丈夫だよ、心配しなくても鉄朗が一番格好良かったから」
「……そんならいいけど、俺だけが良い」

って。ずるいよね、そんな顔。今日はこの数時間で色んな表情を見てる気がして、もうお腹いっぱい胸いっぱいだ。
この後お母さんへの感謝の手紙とか、私はまだ緊張することもあるのに。

その後は穏やかに時間が進んで、結婚式当日って新郎新婦側はひたすら大変だって聞いてたけど、確かに忙しいけどでもずっと楽しくて。
お母さんへの手紙を読んでいる間、案の定号泣する私の腰を支えてくれる鉄朗にまた泣けて、終わった後に「よく頑張りました」って言ってくれたのに更に泣けた。

「泣きすぎだってぇ。そんなに泣いたら目取れちゃうんじゃね」
「うう…もう今日は許して……」
「いやいやもう終わりますけど」

お母さんお父さん、たくさんの友達や会社の人、そして鉄朗さん。色んな人に支えられていることを実感した披露宴は、終わりを迎える。
ロビーでお見送りをしながらも私はまだうるうるしてて、さすがにそれには鉄朗もちょっと苦笑いだった。

この後は二次会があるから、終わりってわけじゃない。式ほど堅いものじゃないし、もっと近い空間でまた大好きな人たちと喋って騒いでお祝いしてもらって、やはり楽しい時間になるのだろう。

それまでの、束の間の休憩。みんなが居なくなって、鉄朗がじいっと私を見下ろすから私もなんとなく鉄朗と見つめ合う。漸く重いドレスから解放されて数時間ぶりに軽くなった身体に、ぎゅって鉄朗の腕が回りそのまま抱き寄せられた。

「はぁ…」

ぐりぐりと肩に頭を押し付ける鉄朗が、息を吐く。ちょっと疲れちゃったのかな。サプライズとかもしてくれたし、披露宴の間もずっと「疲れてない?」「今のうちにちょっと食べといたら?」なんて私に気を遣ってくれてたもんね。

思い出して、そんな鉄朗が愛おしくて。セットされた髪を崩さないように、そおっと鉄朗の頭を撫でる。するとゆっくり顔を上げた鉄朗が、不意打ちでちゅっ、と唇を押しつけた。

「んっ」
「充電」
「…誰かに見られるかも」
「…いいじゃん、今日は俺らが主役ですし」
「…そういうもの?」
「ん。あー…早くベッドで名前ちゃんといちゃいちゃしてぇ〜」
「なっ……ま、まだこれから二次会あるよ…」

恥ずかしくなってふいって顔を逸らせば、鉄朗がクスクスと笑うのが振動となって伝わった。

「うん。それも楽しみ。でも早く名前ちゃんと二人にもなりたい」
「…今は?」
「今はちゅう以上出来ないじゃん」
「…ちゅーもだめだよ…」
「えー?満更でもないくせに?」

耳元で甘く囁く鉄朗に、ボッと耳まで赤くなる。うう。楽しんでるな、これは。

「………夜まで待ってね」
「おっ。これはお許しが出たってことで良いのかな?」
「………」
「疲れて寝落ちするとかなしだからね?ね?」
「…鉄朗体力ありすぎ」

照れ隠しにペシって鉄朗の背中を叩けくけど、なんの効き目もないのか「楽しみだわー」とか言ってるし。ああもう、時間ないよ。誤魔化すように声をかけると、へいへいって笑いながらもう一度ゆっくり口付けが落ちてきた。

「…だからっ…」
「…夜までお預けだからネ。これで我慢」
「もう…」
「さ。もうひと祝いされに行く?」
「……ふふっ、…言い方」

ギュッと手を繋いで、前を向いて。まだまだ長い夜を楽しみに、私たちは足を踏み出した。


To cuddle up to


21.05.23.
title by 星食「ヒロイックダーリン」
200,000 hit 企画より
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