黒尾長編 Let me sleep in your voice fin

染める



結婚式編@


「…入っていいですか」
「どうぞ」

ガチャリと扉が開いたのが、まるでスローモーションみたいだった。扉のその先には真っ白なタキシードに身を包んだ鉄朗がいて、まだ向こうを向いているけど後ろ姿だけでも長身の彼にそれが似合っているのは良く分かる。

そんな彼に一歩一歩近付きながら…私は数ヶ月前の彼との会話を思い出した。


* * *


「ファーストミート?」
「はい。挙式の前に、新郎新婦様が初めてお互いの姿を見せ合うセレモニーでございます。お二人はお互いの晴れ姿をとても楽しみにしておられるみたいなので、勿論強制ではございませんが一つの案としてご提案させていただ」
「したい!それしたいです!」
「名前ちゃん、早い早い」

思わずプランナーさんの言葉を遮って力強く頷いた私に、鉄朗は隣で苦笑いしていた。だけどもその演出自体は鉄朗も気に入ったらしく、お互いの衣装も全部当日までは秘密にすることになった時のワクワク感。

だって、鉄朗のタキシード、絶対かっこいいじゃん!それを当日まで楽しみにして我慢して、漸く見られるなんて特別なものになるに決まってる。

「早く見てえなぁ〜」
「絶対かっこいいよね、鉄朗…どうしよう、私、式前に倒れないかな…?」
「逆、逆。それ俺のセリフだからね」
「そっか、私もその時初めて見てもらうから…がっかりされたらどうしよう…えっ、それはちょっとショック…緊張する…!」
「自分の嫁さんになる人のウエディングドレス見てガッカリする新郎嫌だろ。いねえよそんな奴」
「で、でも私最近ちょっと太ってきたし…!やばい、ダイエットしなきゃ…!」
「ぶっ、くくく…それならお手伝いしますよ、名前サン?」
「ほんと!?いやでも、鉄朗スパルタだしなぁ」
「名前ちゃん絶対食べないダイエットしだすからね」

呆れたように笑って、本気でどうしようって悩んでる私を見て「可愛いね」って言いながら甘く蕩けるようなキスをする。
大好きな気持ちが溢れて、ああ私この人と結婚するんだ、ってその時改めて幸せな気持ちになった。


* * *


あの時から頑張ったダイエットのお陰で、ドレスショップのスタッフさんと何度も試着して選んだドレスは今日一番綺麗に着られていると思う。ドキドキ、高鳴る胸の鼓動は早く鉄朗さんに見てもらいたい気持ちと、どんな反応をするかちょっぴり不安な気持ち。

だけど願わくば、鉄朗に可愛いって思ってもらえたら嬉しい…そんな私は鉄朗の後ろまで来ると、すうっと一度深呼吸をした。私が肩を叩いたら、鉄朗がこちらを向く。
少し震えた手で私は恐る恐る、鉄朗の肩を二回叩いた。

「…振り向いていいんだよな」
「う、ん」

鉄朗が確認して、ゆっくりとこちらを振り向く。すぐにその大好きな人と目が合って…私も鉄朗も、きっとおんなじ顔をしていたと思う。お互いに目をまんまるにして、息を飲んで。それはまるで、一瞬時が止まったかのように思えた。

「…すご、」
「…てつ、ろ、さん?」
「ん」
「か、かっこいいね」
「ははっ…名前ちゃんはめちゃくちゃ綺麗」
「それ…」
「…名前ちゃん、こういうの好きっしょ」

後ろを向いていた時はその広い背中のお陰で見えなかったけど、鉄朗の腕の中には薔薇の花束。ちょっと照れた顔して、そんな風に言う鉄朗に堪えきれなくなってボロボロと涙が溢れた。

「…ずるいぃ、鉄朗…」
「ベタなことほど喜んでくれるから、俺の可愛いお嫁さんは?」
「す、好きっ…大好き、鉄朗…」
「ん、俺も。大好きだから泣き止んで?せっかく綺麗にして貰ったのに勿体ないでしょ」
「だって…!鉄朗が…!」
「…まじでめちゃくちゃ可愛い、綺麗だよ、名前ちゃん」
「な、泣き止ませる気っ…ないでしょ…!」
「背中めっちゃ出てんじゃん。これ今から色んな人に見せんの、妬けんなぁ」
「…ばかっ」

花束を受け取った私をゆっくりと抱き締めてくれる鉄朗。せっかくのタキシードを汚しちゃダメだから、花束を潰しちゃだめだから。緩く背中に手を回されているだけなのに、それが今まで抱きしめられた中で一番甘く温かい気がして余計に泣けた。

式当日とは結構忙しいもので、その後親族で写真撮影をしたりした後あっという間に挙式の時間が訪れる。
転んだり躓いたりしたらどうしよう。始まる前はそんな不安ばかりだったのに、先に入場した鉄朗が待つチャペルの前で私よりお父さんの方が緊張していることに笑ってしまった。

「…お父さん、今までありがとう。これからもよろしくね」
「…何でそんな泣けること今言うんだ」
「だって…プランナーさんが、ここでお父様に感謝の気持ちを伝えとくと良いですよって言ってたから」
「………」
「ふふ…私って、絶対お父さん似だよね」
「はは…綺麗だよ、名前。幸せになれよ」
「……うん」

ブライトアテンダーさんの合図で、扉が開く。
長い長いバージンロードの先、鉄朗が待っている。…ああ。お父さんのせいで既に潤んだ目を見て、眉を下げて笑ってる鉄朗に余計に涙腺を刺激されて、だけど必死に堪えた。

「せんぱーい!おめでとうございます!」
「名前ちゃんめちゃくちゃ綺麗だなーー!」

色んな声が聞こえる。大好きな人たちが、みんな祝ってくれている。こんなに幸せなことってない。
お父さんと歩いたバージンロード、ゆっくりとその腕を離して私は鉄朗の隣に立った。

「…泣いてんじゃん」
「まだっ…泣いてない」
「ぶふっ…披露宴までその涙はとっておいてよ」

少しだけ意地悪に笑った鉄朗がどれほど好きか、まだまだこれからもこの好きは増えていくんだろう。

「新郎、黒尾鉄朗さん、あなたはここにる苗字名前さんを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい。誓います」

「新郎苗字名前さん、あなたはここにいる黒尾鉄朗さんを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「…はい…誓います」

声が震える。形式通りの言葉が、こんなにも嬉しい。それでは誓いのキスを、と鉄朗に向き合って、目が合って。ゆっくりとヴェールが上げられる。

「…愛してるよ」
「ず、ずるいぃ」

絶対今すごいブサイクな顔してる。泣きそうになって耐える私を嬉しそうに笑って、落ちてきた誓いのキス。数え切れないほどのお祝いの言葉、歓声、シャッター音。そのどれもが気にならないくらい私は目の前の人に夢中になっていた。

退場するまで頭がふわふわして、胸いっぱいで、こんなのでこの後の披露宴まで耐えられるんだろうか。
そんな心配をしてもあっという間にその時間はやって来る。

「緊張してる?」
「そりゃそうだよ…」
「楽しまなきゃ損じゃん?」
「そ、うだけど」
「ほら、手握ってあげるから」
「…入場は腕組まなきゃいけないのに…」
「どっちでも良いんじゃね?」

なんて入場前にしてた会話。緊張をほぐすように柔らかく話す鉄朗のお陰で、ちょっとだけ落ち着いた気がする。
ゆっくりと開かれる披露宴会場への扉。目の前に広がる、大好きな人達がいる景色。待ちに待った、披露宴が始まる。


To dye


21.05.23.
title by 星食「エレクトリックハニー」
200,000 hit 企画より
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