黒尾長編 Let me sleep in your voice fin

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※新婚

学校を卒業してから、何やかんやで仲のいい子と会ったりはしてたけどクラス全員で集まる〜みたいな催しに参加したことはなかった。そして今回、成人式以来久々にそういう集まりに誘われたわけだけど。
土曜で仕事も休みだし、懐かしい人達に会いたい気もするし、それに鉄朗が行っておいでって言ってくれたから参加を決めた同窓会。最初は数年ぶりに会って上手く喋れるのかな、とか心配してたくせに、それは杞憂に終わって気付けば二次会、アルコールも大分身体に回った頃にお開きになった。

「わ、っと…」
「ちょ、苗字大丈夫?」
「あ、…うん…へいき」
「全然歩けてねーじゃん。俺送るわ」
「でも…」
「ほら、帰り方向一緒だし。ついでだって」
「ん…」

ああ、もう返事するのも億劫だ。久々に摂取し過ぎたアルコールが、身体も脳も機能を低下させて眠い。早く帰って、鉄朗と一緒に眠りたい。
もはや半分眠ったまんま、悪いとは思いつつかつての同級生の肩を借りる。彼、サトウくんは、当時からたまに話すくらいだったけど気さくな子で、今日だって二次会では席が隣だったから沢山話を振ってくれた良い人で。

「ここ?ちょ、苗字起きてる?おーい」
「んー…」
「何階?何号室!」
「さんまるさん」
「分かった、鍵勝手に出すよ?」
「うん…」

ああ、お家だ。鉄朗にもうすぐ会える。楽しかったしいっぱい話を聞いてもらおう。それで、それで…

「ちょ、名前ちゃん帰り連絡してって言ったじゃー………は?」
「え?」
「ん…?あ……」

やばい。玄関の扉の先でお出迎えしてくれた鉄朗が私達を見て固まって、それで、一気に酔いが覚めた。
それでも流石というべきか、すぐに笑顔を貼り付けた鉄朗から感じる不穏な空気。

「…わざわざ送っていただいてすみません〜…妻がご迷惑おかけしました」
「えっ!?あ、いや…」
「もう大丈夫なんで。気をつけてお帰りくだサイ」
「あ…はい。じゃあ、苗字…」
「う、うん…ありがとう…」

有無を言わせない口調の鉄朗に、気まずい雰囲気の中サトウくんにお礼を言ってる途中腕を引っ張られて、借りていた肩から引っ剥がされた。一見にこやかなに対応をしているけど、その声色と私の腕をギリリと掴む強さが鉄朗の怒りを表している。
そのまま鉄朗の背中に隠された私はサトウくんの顔を見ないまま、扉が閉まっていった。

「………」
「…名前チャン」
「…は、はい…」
「どういうこと?」

相変わらず掴まれた腕は痛くって、こんな風に怒りを露わにする鉄朗は知らないからなんと言っていいかわからない。そもそも鉄朗が私に怒ったことなんて、あっただろうか。にこやかな表情なのに目が笑っていないのが余計に怖くて、回らない頭を動かそうとしてもそう上手くはいかなくて。

「えっ、と…」
「新婚早々浮気ですかそうですか」
「ち、違っ…えっと、私飲み過ぎちゃって、上手く歩けなくなっちゃって、それでサトウくんが送ってくれただけで…」
「ふーん?サトウくんとやらはそれだけのつもりじゃなかったみてぇだけど?」
「そんなこと…」
「ないとか言い切れんの?前からもっと警戒心持てって言ってんの、いつになったら聞いてくれんの?」
「ごめ…」
「嫌です今日は許しませーん」

いつの間にか貼り付けられた偽物の笑顔さえ消えていた。そのまま鉄朗は私の腕を引っ張ってリビングまで連れて行き、そして乱暴にソファへ私を投げる。

「きゃっ」
「送り狼って言葉知ってる?」
「な、に」
「自覚足らねぇみたいだから言っとくけど、あれ絶対名前のことこうするつもりだったと思うよ?」
「やっ…」

馬乗りになった鉄朗が私の首筋に顔を埋めて、ピリリと痛みが走る。
ねぇ、そんなとこ、見えちゃう。なんて咎められない雰囲気で、だって私は今口ごたえ出来る立場にない。
「てつろ、」それは一つに留まらず二つ、三つと増える度に身体が反応して熱くなる。怒られているはずなのに嫌ではなくて、どうしてか涙が一粒こぼれた。

「…これ、こんな風に足出しちゃって…誘ってる?」
「ちが、う…」

ようやく顔を上げてくれた鉄朗は、放り投げられたせいで捲れたパーティードレスの裾から覗く太腿を指でなぞる。それにぞわっと鳥肌が立って小さく身じろいだが、鉄朗に押さえ付けられているせいで無駄な抵抗に終わった。

「こうやって撫でたらすぐ反応しちゃう名前も見られてたかもよ?」
「そん、な…」
「家出る時言わなかったけど、胸元だって開きすぎ。名前はそれをサトウくんに押し付けてたわけだけど?」
「してない、よ」
「嘘、さっきまでくっついてたじゃん」
「……あれは」
「あんなの誘ってるって取られても文句言えねぇの、わかる?」
「…ごめんなさい…」
「…ああああもう!」

急に叫んだ鉄朗は、さっきまで私の身体を滑っていた手を離してぐりぐりと私の肩口に頭を押し付けた。その顔は見えないけど、でも、さっきより怒ってないように感じる。私は遠慮がちに、その頭を撫でた。

「…ほんとまじ勘弁して、ヒヤッとしたから」
「…ごめん」
「飲み過ぎないで、もっと自覚持って、そんで帰れないなら俺に連絡して。つーか連絡する約束だったでしょ?」
「…うん…」
「…苗字じゃないじゃん、もう。黒尾名前ちゃんでしょ。…もっとみんなに言いふらして欲しいんですけど」
「…は、恥ずかしくて…」
「言わなくて良いけど、指輪もっとアピっていきなさい」
「アピって…は、はい…?」

顔を上げた鉄朗にゆっくりと腕を引っ張られ、身体を起こす。ソファの上で二人向き合う形で座って、鉄朗が私の左手薬指を手に取った。

そこには愛を誓った証が光っていて、まだ慣れてないそれを突っ込まれるのが恥ずかしいからと今日ずっとさり気なく隠していたことを、見破られたのかと思った。

「…乱暴してごめんな」
「ううん…私の方が、ごめんなさい…」
「ほんとは、その格好も酔った顔も可愛すぎるから、他の野郎に見せたくなかった」
「うん…」
「…余裕ねぇなって引いてる?」
「ううん…愛されてるなぁって、…喜んでる」
「喜んでんのかーい」

コツンってぶつかったおでこから、振動が伝わる。やっと鉄朗がちゃんと笑ってくれて、空気が柔らかくなったのに安心する。そして、ごめんなさい、ともう一度心の中で謝った。

「じゃあ続きしますか」
「え?」
「酔ってる時の名前ちゃん反応良くて可愛いんだよなー」
「え、え、?」
「…その格好、だいぶやばいから」
「あ、ちょっ…鉄朗、」

ソファから立ち上がった鉄朗は私をお姫様抱っこみたいに抱え上げて、驚いて咄嗟に鉄朗の首へ腕を回し身体を支える。そのままベッドへ連行されることになったのだけど、今日ばかりは何も言えなくて大人しく従うしかないのだった。
そこで、まだ怒っていた鉄朗に嫌というほど愛される未来を知りながら。


To carve


20.10.27.
title by ユリ柩「融解の手本」
50,000 hits 企画より
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