黒尾長編 Let me sleep in your voice fin

甘える



※29話〜30話の間くらい

晴天。今日は鉄朗さんからのお誘いで、遠くのショッピングモールにやってきた。
前海に行ったときみたいに鉄朗さんの運転姿も拝めたし、祝日なのに思っていたより混んでいなさそうだし、幸先の良いスタートである。

久しぶりに服も欲しいし、良いのがあったら買いたいな。でも鉄朗さんが退屈になっちゃうかも…鉄朗さんは何か見たいものあるのかな。
何度か来たことのある場所なのにこんなにそわそわしちゃうのは、やっぱりこれがデートだから。しかも色々あったせいで久しぶりの。そしてそれは鉄朗さんにも伝わってしまっているようで、車から降りたところでついに笑われてしまった。

「ぶっふふ…名前ちゃん、慌てなくてもショッピングモールは逃げねえよ?」
「うっ…だって、楽しみにしてたから…」
「嬉しいけど、んなきょろきょろしてたら転びますよー」
「流石にそれは…あっ」
「っと……言わんこっちゃない」

鉄朗さんは言ったそばから傾いた私の身体を支えて、「名前ちゃん迷子なりそうだし」なんて笑いながら私の右手を攫っていくからキュンと胸が鳴る。こういうのがサラッと普通に出来て、そして似合ってしまうのが鉄朗さんなのだ。

「鉄朗さんって王子様みたいだね…」
「ぶっ…ひゃっひゃっひゃっ!なにそれ!…くくっ…じゃあ、名前ちゃんはお姫様?」
「うーん私は…村人Aかな?」
「えー、じゃあ俺も王子辞めるわ、名前ちゃんと一緒にいたいのでーつって」
「えぇ、もったいないね」
「俺は名前ちゃんだけの王子様なんで」
「……そっか」
「自分で振っといて照れなさんな」

赤くなった私の頬をツンツンと突いているその表情は、王子様っていうより敵役の方が似合ってる気がするけど。照れ隠しに私も私だけの王子様の手をぎゅっと握り返した。

上から見て回ろうってことになり、気になったところがあると立ち止まる私に合わせて鉄朗さんはゆっくり歩いてくれる。その途中でも、目に付いた女性物の雑貨やアクセサリーを「あれ名前ちゃん好きそうじゃない?」「これ名前ちゃんに似合いそう」なんて言ってはわたしにあてがい、満足気にお会計していく鉄朗さんの手には既にたくさんの紙袋がぶら下がっている。

私のばっかりじゃなくて鉄朗さんが見たい物見ようよ、って言ってもメンズものには目もくれず、またすぐに私好みのものを発掘してしまうのだ。

「なんか私ばっかり…」
「いいじゃん、名前ちゃんに似合うの探すの楽しいし」
「じゃあせめて私に払わせて」
「だーめ。今日は俺が全部出します」
「これじゃ女王様みたい」
「俺は?執事?」
「うーん………それもいいかも」
「ニヤニヤしてますよお姉さん」
「はっ…危ない」
「次は服見るっしょ?俺に選ばせて」
「…いいけど…」
「まぁまぁ、悪いようにはしませんから」

そう言って今度はレディースのアパレルブランドが並ぶフロアにやってきた私達。私より選んでいる鉄朗さんの方が楽しそうで、私は最早着せ替え人形状態だ。

「…ど、どうかな」
「めちゃくちゃ似合ってる、可愛い、好き」
「こっちは?」
「あー、それもいい…その色好きだわ」
「…こっちは?」
「やっぱこの形名前ちゃんっぽいよな。好き」
「……そればっかじゃん!」
「全部買お」
「えっ」

そう言って、私が着替えている間に本当に全部買ってしまった鉄朗さんに喜びよりも戸惑いが隠しきれない。私今日誕生日でもなんでもないよ?もちろん記念日だとかでもないはず。

「…鉄朗さん何かあった?」
「え?なんで?」
「だって何か、今日はいつにも増して私に甘いっていうか…」
「…そう?いつも通りじゃない?」
「いつも甘いけど、でも、そうじゃなくて…とにかく!なんかあったでしょ!」
「…うーん」
「…言いにくいこと?」
「言いにくい、っつーか…」

そう言って、困ったように笑って頬を掻いた鉄朗さんはようやく話してくれた。


* * *


それは、名前ちゃんともう一度付き合えることになった夜。元々予定していた高校の時の面子に名前ちゃんが加わって飲んだ帰りのことだった。

「黒尾さん」
「ん?」
「…名前さん、大切にしてあげてくださいね」
「…なーに赤葦、もしかして名前ちゃんのこと好きになっちゃった?」
「………」
「うーそ!冗談だって。…ん、分かってるよ。大丈夫、もう離さねぇし大事にする」
「…それならいいですけど。名前さん今日、黒尾さんとあの人が歩いてるの見て泣いてたんですよ」
「えっ」
「…ちゃんとしないと、そのうち愛想尽かされますよ」
「…ん、そうだな」

嬉しくて嬉しくて忘れそうだったけど、俺のせいで名前ちゃんをめちゃくちゃに傷つけてしまったのは事実だ。自分の気持ちよりも俺を大切にしてくれる名前ちゃんに、俺は何も返せていない。

…もう二度と、手放したくない。離れて行ってほしくない。あんな気持ちを味わいたくない。味あわせたくない。

分かっていたけど、でも赤葦に言われて改めて思った。名前ちゃんを幸せにしないと、と。辛い思いを沢山させたから、その分沢山甘やかしてあげたい、と。

「ま、黒尾さんなのであまり心配してませんけど」
「…今回は赤葦と研磨にマジで感謝してる」
「本当ですよ。今度なんか奢ってください」
「しゃーねぇなぁ」


* * *


「…って話をしまして」
「…はぁ」
「…名前ちゃんに、罪滅ぼしっつーか…喜ばせてあげたいな、って思ったワケよ」
「…だから今日は変だったんだね」
「変って!…まぁ、甘やかそうと思って連れてきたんだけど」

バツが悪そうにちょっと口を尖らせた鉄朗さんが、愛おしい。ああどうして今外にいるんだろう。いつもみたいに部屋の中だったら、ぎゅううっとその大きな身体に抱きついていたのに。それが出来ないから仕方なく、ゆっくりと鉄朗さんの胸におでこを預けた。これだって十分恥ずかしいけど、今は許して欲しい。

だって、気にしなくていいのに。愛想を尽かすなんてあり得ないと言い切れるくらいに私は鉄朗さんのことが大好きだし、鉄朗さんが思っているよりもずっとずっと色んなものを貰っている。

「…まぁた外なのに可愛いことしちゃって」
「だってこうしたかったんだもん」
「甘えん坊になっちゃった?」
「だって鉄朗さん、私のこといっぱい甘やかしてくれるんでしょ?」
「俺の大切なお姫様なんで、ね」

そう言ってさらりと私の髪を撫でた鉄朗さんの大きな手は、そのまま私の耳をなぞる。くすぐったくて身を捩れば、今度は嬉しそうにぎゅうっと抱き締めてくれた。だから今、外だってば。バカップルみたいになっちゃうじゃん。

「…あー早く帰ってイチャイチャしたい」
「…鉄朗さん、何にも見なくていいの?」
「ウン。俺は十分、名前ちゃんの喜ぶ顔見に連れてきたんで」
「…じゃ、帰ろっか」
「イチャイチャする?」
「…イチャイチャ、したい」

素直に頷けばまた嬉しそうに笑う君と、ずっとずっとこれからも一緒にいると誓うよ。



Pampered by


20.11.03.
title by 朝の病「私の幸せ君にあげる」
50,000 hits 企画より
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