黒尾長編 Let me sleep in your voice fin

秘める



※19話〜20話の間くらい

「鉄朗さんって、どうやってクロさんの動画のシチュエーション考えてるの?」
「えー…んー…」
「うん?」
「まぁ…過去の経験とか…?」
「えっ…」
「ぶふふっ…嘘。うそうそ、普通にドラマとか漫画参考にしたりだって」
「元カノさんとの思い出なんだ…」
「おーい名前ちゃん聞いてる?」

聞かなきゃ良かった。シンプルにそう思った。
そりゃあ鉄朗さんくらいスペックが高ければ過去に付き合っていた人の一人や二人…いや、もしかしたら三人も四人も五人もいたとは思うけどさ。

私がキュンとしたあの設定も、あのシーンのクロさんも、全部過去の彼女達が実際に体験したストーリーだったんだ…ふーん…

なんて分かりやすくいじけていれば、鉄朗さんは眉を下げて笑いながら、私を引っ張って後ろから抱っこするみたい膝の上に乗せる。大きな身体にすっぽりと包み込まれた私はくるくると自分の髪を指に絡めてこの面白くない気持ちを誤魔化した。

「名前ちゃん?ね、ジョーダンだって。ごめん、意地悪言った」
「…別にいいよ、鉄朗さんが元カノと過去にあんなことやこんなことしてたからって過去のことだし」
「だから違いますぅ」

強くなる腕の力とふわりと香る鉄朗さんの匂いにドキドキしたけど、それは言わなかった。
過去は過去だし。今は私が、彼女、なんだし…

「名前ちゃんがどんな反応すんのかなって思って言ってみただけ」
「…鉄朗さん、意地悪」
「知ってたっしょ?」
「…うん」

振り返れば、すかさず一瞬だけちゅって唇が掠って、そしてニヤニヤ笑った鉄朗さんがいた。もうほんとずるい、色々。悔しくて軽く睨めば、それさえも鉄朗さんは楽しそうに笑っている。

さっき少しだけ抱えたモヤモヤはもうどうでもよくなって、私はゆっくりと鉄朗さんに口を寄せる。すると鉄朗さんは一瞬驚いた顔をして、すぐにまたキスをしてくれた。さっきよりも深くて甘い口付けは頭の中までドロドロに溶けそうで、自分から仕掛けたくせに付いていくのに精一杯。

また次に離れたときには息が上がってしまっていて、鉄朗さんはそんな私を面白そうに見下ろした。

「ヤキモチ妬いてんの可愛いね?」
「…もう妬いてないもん」
「さっきは?」
「……ちょっと、だけ」
「フーン?」

ニヤニヤして見られるのが恥ずかしくってぷいって顔を背ければ、それをまたおかしそうに笑うから抱えられてる私にまで振動が伝わってくる。

揶揄うのは鉄朗さんの十八番。でもそんな時の表情ですらカッコいいし、私がその顔を好きなことも分かっているから本当にタチが悪い。

「…もう」
「拗ねてる」
「拗ねてない」
「じゃ、名前ちゃんがご機嫌になりそうな情報があるけどもう教えなくてい?」
「えっ?」
「大好きなクロの動画のネタ作りに関する情報」
「ドラマとか漫画を参考にしてるんじゃなくて?」
「じゃなくて」
「知りたいっ」
「勢いがすごい」

鉄朗さんは私の手に自分の大きな手を重ねて、指を絡める。恋人繋ぎでにぎにぎと遊ばせながら「じゃ、特別な」って内緒話するみたいに囁いた。

「好きな子とやりたいこととか、想像して作ったの」
「…好きな子?」
「そ。つまり?」
「…私?」
「せーかい」
「えぇ…」
「うわ、ひいてんじゃん」
「ち、違っ、今のはなんていうか、信じられなくって!」
「えー?ほんとかなぁ」

だって、それはちょっと予想外だったから。前に赤葦くんが、鉄朗さんはずっと前から顔も知らない私を好きでいてくれたと言っていたのを思い出した。鉄朗さんのその言い方はきっと照れ隠しで、動画の中ではあんな甘い台詞だって言えちゃうくせに変なところで照れるところがまた可愛い。

私もぎゅっと手を握り返して、そして鉄朗さんが言ったことを頭の中で繰り返して自然に笑みが溢れた。

「じゃあ最初は?クロさんを始めた時」
「あー、最初はまじで、なんかテキトーに考えたのとかドラマとか」
「それなのに相手のモデルが私になったの?」
「まぁ…その、いつのまにか、ね。もし会えたらこんなことしたいなぁ的な、ね。流石に全部じゃねーけど」
「じゃあクロさんは…動画を通して、私にアプローチかけてたんだね」
「本人に言われるとだいぶ恥ずかしいんですけど」
「なんかそれって他のファンの子達にとっては残酷な真実だよね」
「お?他のファンに同情してる?」
「ううん、クロさんのファンとしてはしっかり悲しんでる」
「ちょいちょいちょい」

私の言葉に鉄朗さんは少し慌てて、それが手を握る強さになって現れている。

「でも大ヒットした少女漫画とか恋愛小説だって、作者が好きな人を思い浮かべて作ったかもしんねーじゃん」
「まぁ…言われてみればそうかぁ」
「だから、このことはどうかご内密に」
「ふふっ…言えるわけないじゃん」
「そもそも秘密の関係ですからね、俺ら」

何故かまたニヤニヤしている鉄朗さんにもう理由は聞かないでいた。どうせ"秘密の関係"って響きがなんかエロいとか、そんなことを考えているんだろう。たまに男子高校生みたいな思考だからな、鉄朗さんって。なんて失礼なことを考える。

「それなら、これからは私とした事が動画になるの?」
「うーんそれは…名前ちゃんが一ファンとして楽しめねぇからないかなぁ」
「確かに…楽しみはちょっと減るかな」
「それに、俺と名前ちゃんのことだし、誰にも言いたくねーじゃん」
「…うん?」
「秘密にしましょーよ、俺らのことは」
「秘密?」
「そ、秘密」

その言葉はまるで魔法みたいに、私の胸にすとんと落ちてきた。クロさんが言うセリフはいつでも特別な力を持っていて、それは鉄朗さんとして私に何か言ってくれるときだって同じ。
ドキドキと感じる胸の高鳴りは、結局私だってずっと前に呆気なくクロさんのアプローチに落ちたからである。

「…そうだね、秘密だもんね」

私も一度、ゆっくりとその魔法の言葉を口に含むと、さっきのキスに負けないくらい甘い味がした。


Hidden


20.10.22.
title by ユリ柩「世界を永遠にするために」
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