黒尾長編 Let me sleep in your voice fin

握りしめる



言われるがままに近くのファミレスに連れて来られた私に、研磨くんは手持ちのパソコンで、ある画面を見せてきた。

「これは…?」
「多分、苗字さんを脅した人だと思う…」

SNSの、鍵付きアカウント。研磨くんはどうやってここを開いてるのか気になったが今はそれどころじゃなかった。私の前に置かれたパソコンの画面には、私にDMを送り続けていたであろう人の投稿。

"今日はちょっとだけ会ってくれるって!デートだ〜!"
"最近普通に話してくれるようになった嬉しい"
"話しかけてみた!"
"やっと別れたっぽい!"
"あの女中々しつこい"
"今日こそ別れてくれるかなぁ"
"うざ"
"クロの彼女見ちゃった、地味で釣り合ってない"
"話しかけてもいいかな?"
'クロかっこいい…声だけじゃなかった"
"こっそりクロ見てきた、やばい、めっちゃ好み"
"クロの家めっちゃ近所なんですけど"
"やばい!!運命かも!!!クロの知り合いって人に会った!!"
"彼女できましたって…最悪…"
"今日もクロの動画最高〜"

投稿を遡るほど、確信に変わる。この人だ…
私の顔色を見て赤葦くんと研磨くんもそれは分かったようだった。

「前に苗字さんがクロと別れたって言った時、様子がおかしかったから色々調べて…そしたらクロのフォロワーにこの人見つけたんだよね」
「……研磨くんは、もう知ってたってこと?」
「でもあくまで予想だったから…一応注意してみてたけど確信は持ててなかった」
「そしたら、今日名前さんの話を聞いてやっぱりって思ったんです」
「…赤葦くんも…」
「黒尾さん、そう簡単に騙されるような人じゃないですけど今回は相当参ってるみたいだし何かあったら危ないと思って」
「……俺は、調べるだけで行動するのは得意じゃないから…赤葦にお願いしてたんだけど」

赤葦くんと研磨くんの話を纏めるこうだった。私が研磨くんに別れたことを告げた日、私の様子から何かあったと感じた研磨くんは鉄朗さんの周辺を調べていた。そこで見つけたこの人。投稿から私が脅されて別れたんじゃないかと推測した研磨くんは、鉄朗さんも危ないかもしれないと赤葦くんに相談。二人体制で様子見してたってこと。

「それでも…鉄朗さんに言わないでいてくれたんだね」
「…名前さん、言わないでって言ってたから。多分クロが引退したりするのを避けたかったんだろうなぁって」
「それでも、危なかったら俺たちは黒尾さんに言うつもりでしたよ」
「…そう、なんだ…」

色んな情報が急に沢山入り込んできて、混乱している。ぐちゃぐちゃになった頭では何も考えられなくて、それでも私はもう一人じゃない、その事実がとても心強かった。

「それで、これからどうするかって話なんですけど」
「あ、はい…」
「この人が言う、"クロの知り合い"っていうのが気になりますね」
「鉄朗さんの知り合いで、クロさんのことを知ってる人…」
「…黒尾さんに突撃してみましょう」
「えっ」
「俺たちと会う前に、きっとあの女の人はいなくなってしまいます。真相を知るなら今しかありません」
「で、でも…」
「黒尾さんは、騙されてるかもしれないんですよ。このままでいいんですか?」
「でも……もしそれで、あの人が怒って何かしてきたら…鉄朗さんは…クロさん、は…」
「…苗字さん」
「………」
「…クロは、動画やるより苗字さんといたいと思うけど」
「っ」
「…苗字さんは?」
「私も…鉄朗さんと…一緒にいたい…!」

絞り出したのは、ずっとずっと言いたかった言葉。それを聞いた二人は優しく笑ってくれた。
それからは早かった。ファミレスを出た後、研磨くんが鉄朗さんにメッセージでそれとなくどこにいるか聞いてくれて三人でそこに向かう。向かっている途中心臓はばくばくと鳴っていたけど、一人じゃないからと何とか足を動かした。

鉄朗さんがいるらしい場所は、さっきのところからそんなに離れていないチェーン店のカフェ。入ってすぐ見えた鉄朗さんの姿に、…向かい合って座っている女の子に、胸が痛くなった。本当はあまり見たくない。鉄朗さんが、本当にもうその子のことが好きだったらどうしよう。だって私、すごく酷いことをした。

二人の元へ行く足が震える。それに気付いたのか、赤葦くんが後ろから「大丈夫ですよ」って言ってくれて少しだけ安心した。

「…名前ちゃん!?」
「…鉄朗さん」

私達に気付いた鉄朗さんは、驚いて立ち上がった。それに反応して、こちらに背を向けていた女の子も振り返ったけど…私はその子の顔が見れない。

「…ごめんなさい、鉄朗さん…」
「え、なんで?研磨と赤葦も…」
「…俺たちこそ聞きたいです。黒尾さんは、何をしてるんですか?」
「何をって…」
「…クロ、騙されてると思うよ」

空気がピリついているのが分かる。修羅場。これ、他から見たらどんな風に見えているだろう。
女の子が私を睨んでいるのが伝わってくる。どうしよう、こわい。それに耐えるようにぎゅっと拳を握った。

「…誰から、鉄朗さんがクロさんだって聞いたんですか」
「………」
「…名前ちゃん?」
「私、やっぱり…どんなことがあっても、鉄朗さんと別れたくありません。選ぶのは鉄朗さんだけど…私は手放したく、ありません」
「………」
「どういうこと?」

あのとき一瞬だけ見た、鉄朗さんの隣にいる時のこの人はとてもニコニコ笑っていた。好きな人の隣に立てて嬉しかったんだろう。幸せだったんだろう。それが他から奪ったものでも。でも今、私たちが乗り込んで来てからは一言も話すことなくだんまりを決め込んでいる。
しばらく待っても話そうとしない姿勢に赤葦くんが痺れを切らし、淡々と、今分かっている事実を説明した。それを聞いた鉄朗さんは、大きく一つ、溜め息を吐く。それはこの空気を変えるのには十分だった。

「…名前ちゃん、俺のこと嫌いになってねーの?」
「…なって、ないです」
「浮気もしてねーの?」
「…するわけ、ない」
「良かった…」
「…鉄朗さんこそ」
「ん?」
「私のこと嫌いになって、この人と付き合うんじゃないの?」

前に、強がって苗字で呼んだくせにそれすらも戻っていることに気付いた。私にはやっぱり鉄朗さんしかいない。でも、鉄朗さんは?

「…嫌いになるわけねーだろ。俺の方がずっと前から好きだったんだから」

ポロポロと、無意識に涙が落ちた。ずっと鉄朗さんは私に伝え続けてくれていた。なのにやっと素直にそれを受け入れられた途端、まるで初めての言葉みたいに嬉しくって嬉しくって仕方ない。

そんな私達を見てか、今までずっと黙って聞いていた女の子がやっと口を開いた。

「…鉄くんに、こんな人、もったいないよ。…私でもいいって言ったじゃん…」
「…期待させたなら、ごめん。でも今日は、やっぱり無理だって伝えるために来た」
「えっ」
「脅してたとか、そういうの関係なく…やっぱ俺、この子がいいんだわ。…ごめんな」
「…どうして…でも、活動とか、そういうの」
「名前ちゃんのためならクロだって辞める」
「なっ」

はっきりと言い切った鉄朗さんの言葉に、不思議と悲しくはならなかった。嘘ついて別れてまで、守りたかったものなのに。それよりも私を選びたい、なんて言われて喜ぶ私は現金な女だ。
そこまで言われて女の子はもう何も言えなくなったのか、そのまま立ち上がって出て行ってしまった。

「…黒尾さん、いいんですか?また変な噂流されるかもしれませんよ」
「まぁ…そうなったらそうなったで、しょうがないっしょ」
「…じゃあとりあえず解決ってことでいいの」
「おう…悪い、ありがとうな、二人共」
「…名前さんのためなんで」
「そこは尊敬する先輩のためって言えよ!」
「俺の先輩じゃないですし」
「先輩みたいなもんだろ!」

急に、緊張の糸が切れたみたいな目の前のやり取りが懐かしい。…終わったんだ、全部。たった一ヶ月ちょっとの話なのに、随分と長かった。ホッとして、思わず笑ってしまえば鉄朗さんと目が合う。

「…名前ちゃんも、ありがとな」
「何、が…」
「色々迷惑かけてごめん、俺のためにありがとう」
「ん…」
「また泣く?」
「泣きません…」
「あー待って、可愛い、抱きしめたい」
「…俺らの前でイチャイチャしないでよ…」


* * *


その後改めて、元々集まる約束をしていたらしいところへお邪魔させていただくことになった。鉄朗さん、赤葦くん、研磨くん、そこに約束の時間になって合流した木兎くんと月島くん、そして私のメンバーだ。
昔からの知り合いみたいだし、積もる話もあるだろうと思って一度は帰ると切り出した私だったけれど、「元々黒尾さんを励ます会だったんでむしろ苗字さんがいてくれた方がいいです」そう言われてしまえばお言葉に甘えるしかなかった。

「…あ、それ、俺の友達かも!」
「はぁ!?」
「いや、大学ん時のメンツでの飲み会で、クロが好きって言ってた女友達がいて…あまりにもファンっぽいから俺クロと友達だって言ったような…言わなかったような?」
「木兎さん…あなたって人は…」
「お前かよ!!」
「酔っ払っててあんま覚えてねぇ…」
「お前のせいで大変だったんだからな…」

衝撃の真実を知らされるも、もう終わってしまったこと。ずっと思い悩んでいたことが今や笑い話で済ませられるなんて、人生何が起こるかわからない。

「…ていうか黒尾さん、名前さんに振られてすぐ他の人にいくってどういう神経してんすか」
「ツッキー待って誤解」
「…ふふ」
「ちょ、名前ちゃん笑い事じゃないんですケド」

隣同士、誰にも見えないテーブルの下で繋がれた手にぎゅっと力を込められる。
これからはまた、二人手を繋いで、あのマンションに帰って。一緒にいられるんだ。…なんて、幸せを噛みしめた。


To clasped


20.9.27.
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