黒尾長編 Let me sleep in your voice fin

伝える



それからクロさんの配信は10分ほど雑談をしている間にコメント欄は落ち着きを取り戻し、騒動も一応収束したみたいだ。

「それじゃあ、今日も聞いてくれてありがとう。それから、色々お騒がせしたのに温かい言葉をありがとう。みんなおやすみ〜」

最初の様な硬さがなくなったクロさんの声が、配信の終わりを告げる。
暗くなった画面に、ソワソワしだす私。
クロさん、あのコメントに気付いたかな。それに、好きな人って。期待と不安が半々くらいで入り混じって、落ち着かない。
大丈夫。伝えたいことを、素直に伝えれば良いだけ。鉄朗さんを信じて、自分を信じて。

私は大きく深呼吸をして、それから鉄朗さんに電話をかけた。
呼び出し音がやけに長く感じて、また心臓の音が速くなる。頑張れ、って何回も自分に言い聞かした。

「…もしもし?名前ちゃん?」
「…あの、えっと…お疲れ様です」
「ん、ありがとう。観てた?」
「あ、はい…観てました」
「コメントありがとう。嬉しかった」
「…気付きました?」
「ばっちし。今からそっち行ってもいい?…話したいことあんだけど」
「はい…私も。待ってます」

通話を切って、すぐに鉄朗さんはやって来た。
部屋に上がってもらって、ベッドの近くに置いてある時計の針の音だけがやけに大きく聞こえる。対面で座るともう緊張は収まることを知らなくて、そしてそれは表情に出てたみたいで。私の顔を見て、案の定鉄朗さんは噴き出した。

「名前ちゃん怖い顔してますネ」
「えっ…そ、そんなこと」
「…緊張してる?」
「まぁ、はい」
「…あん時も同じような会話したよな」
「…はい」
「微妙な顔してる」
「…よく覚えてるなって」
「まーね。…俺にとっちゃ、忘れらんない日だったからね」
「っ、」

茶化していたと思ったら、急に真剣な表情を作って私を見つめる鉄朗さん。その瞳に捕まればもう逃げられない。…いや、逃げちゃいけないんだ。伝えるって、決めたんだから。
私の出方を伺うような鉄朗さんに、私も覚悟を決めて、口を開いた。

「…昨日…鉄朗さんは、あの日のこと後悔してるんだと思いました」
「うん?」
「…だから、全部なかったことにしたいって…そう言ってるのかなって」
「あぁー…」
「それなら私も忘れますって…言わなきゃ、そうでもしなきゃ、もう会ってもらえないかなって…」
「まじ……そういうこと?ああぁ〜…もう勘弁して…」
「ごめんなさい…でもそれ以上聞くのが、こわくって……」
「いや、それは、ごめん。俺の言い方が悪かったわ」

私の言葉に最初項垂れたかと思えば、すぐに顔を上げてしっかりと私の手を握る鉄朗さん。その手は少し汗ばんでいて、緊張してるのは私だけじゃないんだって伝わってくる。
さっきまで配信で聞いていたクロさんじゃなくて、鉄朗さんとしての声を届けようとしてくれている。それがはっきりと分かった。

「…勘違いさせるような言い方したのは、ほんとにごめん。…でも、俺が言いたかったのはそういうことじゃなくてね?」
「はい…」
「あの日、気持ちをちゃんと伝えてなかったよなって…つまり…順番間違ってたなって、思いまして」
「…はい」
「好きな人がいるって、さっきクロが言ってたでしょ」
「…はい」
「何が言いたいかっつーと…その好きな人が、名前ちゃん」
「…は、い」
「名前ちゃんが好きです。俺と付き合ってください」

鉄朗さんの言葉が真っ直ぐ私に響いて、私は息をするので精一杯だった。なんとなく分かってた、もしかしたらそうなのかなって思ってた。
それでも昨日一度裏切られた気持ちが、そうじゃないよ、勘違いも勘違いで、ほんとのほんとに鉄朗さんは私と同じ気持ちなんだよって。極端に浮いたり沈んだりを繰り返した心臓が、もう壊れてしまうんじゃないかってくらい早く私の胸を鳴らす。
それでもジッと静かに私を見つめる鉄朗さんに、カラカラに乾いた口を無理矢理開いて言葉を絞り出した。

「私も…私も、鉄朗さんのこと、好きです」

それを聞いた鉄朗さんは、「あ"あ"あ"」なんて唸りながら脱力し、ゆっくりと正面から私の肩に頭をもたれかける。
その重みに、悲しいわけでもない、むしろ嬉しいのに急に涙がこみ上げてきて、ぐっと耐えて繋いでいない方の手をそおっと鉄朗さんの背中に回した。

「……まじで昨日、振られたかと思った」
「……私も、です」
「…何してんだろうね俺ら」
「…ほんとですよ」
「……名前ちゃん?」
「……はい?」
「夢じゃねぇよな、これ」
「夢だったら困ります…」

鉄朗さんが喋る度に、振動が伝わって擽ったい。夢みたい、だけど夢じゃない。動画の中のお話でもない、間違いなく現実、リアルの出来事。

ゆっくりと頭を上げて私を覗き込むようにする鉄朗さんと、目が合って。二人して小さく笑いながら、どちらからともなく唇を重ねた。


Convey


20.7.29.
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