黒尾長編 Let me sleep in your voice fin

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「先輩、どうなりました?」
「え?」
「昨日言ってた人ですよ!ちゃんと話せました?」
「いや…昨日は結局…」
「もぉー!そんなんじゃだめですよ!」
「色々あって…」

眠れない、なんてもんじゃなかった。動画投稿主クロさんが、私のせいで炎上してしまった。クロさんファンは若い女性が中心で、やはりその中にはアイドルみたいに応援している人もいるんだろう。気持ちはわかる、とっても。でも私は推しに彼女がいようがいまいが割り切って応援できるタイプだし、今回に至ってはその対象となるのが私、しかも誤解なのだ。

あの日のことをなかったことに、なんて言われて傷付かなかったわけじゃないけど、それよりもあの日のせいで鉄朗さんだけじゃなく、クロさんにも迷惑をかけていることが何よりも耐えられなかった。
仕事の合間にも何度もSNSをチェックするが、クロさんは今のところなんのアクションも起こしていない。流石に事態を知らないわけじゃないと思うけど、どうしてるか気になってしまう。

そんな中、夕方頃になってやっとクロさんのSNSが動いた。

"皆さん、お騒がせしています。
今夜のライブ配信で、騒動のことをお話しします"

いつものクロさんとは違う、堅い文章。何を思って、何を話すつもりで、この文を打ったんだろう。
考えてもわかるはずがない。私は、鉄朗さんのこともクロさんのことも、全然わかっていないのだから。

「あー…クロ本当に彼女いるのかなぁ」
「えっ!?」
「?」
「ク、クロさん知ってるの?」
「はい、大好きなんですよぅ。あ!もしかして苗字先輩も?」
「う、うん」
「へー!クロ今人気ですもんね!」

まさか、隣に座る後輩からクロさんの名前が出てきたことに驚いた。今までそんな話は誰にもしたことなかったから、こんなに身近にファンがいるとも思わなかったのだ。

「も、もし…クロさんに彼女がいたら…どうする…?」
「えー?別にいいですよ、芸能人でもないのに、恋愛なんて自由だし!」
「へぇ、意外…許さない!って感じなのかと思った…」
「いや、配信とか見る感じなんでほんとはどうか知らないですけど、クロって誠実でそういうのしっかりしてそうじゃないですか?だから匂わせとか中途半端なことされるのはヤダなって!ファンが女ばっかりだって分かっててそんなことする人だったらガッカリだな、って思っただけです」

後輩のその言葉は、なんていうか意外だった。ネットでクロさんを批判する意見ばかり見ていたけど、そんな風に思う人もいるのかって。たった一ファンの言葉だけど、実は他の人もそう思ってるかもしれないって。そう思わせてくれるくらい、私は救われて少しだけ胸の中の引っ掛かりが取れた気がした。


* * *


その日、定時で帰宅した私は急いでご飯もお風呂も済まし、準備万端でクロさんの配信を今か今かと待っていた。そしてSNSで予告されていた時間になった瞬間、配信が始まった。

「えー…皆さんこんばんは。クロです。えっと、この間の配信のことで、ファンの皆さんをガッカリさせたみたいで…申し訳ありません」
「っ」

クロさんは、顔出しはしない。だから表情は見えないのに、それでもゆっくりと言葉を選んでいるようなクロさんの声に息が詰まる。

「まず、結論から言うと…本当に、彼女、っていうのはいません」

コメント欄は、すごい勢いで動いている。

"彼女「は」いませんw"
"クロの言葉待とうよみんな"
"彼女じゃないけどそういう女はいるって?"
"妹のやつとかいうオチだったらいいなぁ"

「でも、好きな人はいます」
「!?」

クロさんの、次の言葉。誰もが気にしていた言葉。それは、少なくとも私にとっては、予想の斜め上を行っていた。そしてそれは他のファンにとっても同じだったようで、さっき以上に流れるコメントのスピードが速くなる。
誰もが、次のクロさんの言葉を待った。

"えwwwww"
"どういうこと?"

「で、今回指摘されてた髪留めは、その、好きな人の物です。…正確には、渡そうとして、渡しそびれた物です」

"クロさん奥手…!"
"ここにきて好感度急上昇"
"え、まじ?"

聞いた瞬間、ただただ感心した。きっとファンの中には、女の影があることすら裏切り行為だと認定する人もいる。だから私とソウイウコトがあった事実は勿論言わない。でもこの間私が行った時に鉄朗さんがあの髪留めに気づいていたのなら、私が逃げてしまったことで渡しそびれたっていうのは嘘じゃない。この言い方だと、私の忘れ物ではなく、クロさんが好きな人にあげようとした物だという捉え方をする人の方が多いと思う。嘘は付かずに、収束している。すごい。クロさん、すごい。

「クロじゃないときの俺に、好きな人がいるのは、事実です。それはまぁ…気に入らない方もいると思うんですけど、出来れば、応援してもらいたいなって思います」

"クロに想われる人羨ましい〜"
"応援するのは私たちクロファンの特権でしょ"
"クロの好きな人が私でありますように!!笑"
"正直に話してくれてありがとう!"

クロさんの言葉を聞いて、ファンの人たちのコメントを見て、胸がギュッと苦しくなった。
好きな人。それは、本当なんだろうか。これは、自惚れてもいいんだろうか。
わかってる、クロさんは発言に対して嘘はつかない。あえて言わないことはあれど、嘘は言わない。そしてここであえて"好きな人"という発言をしたのは、クロさんはそれが最適だと判断したからだ。

私はどうして、昨日逃げ出してしまったのか。きちんと向き合わなければいけなかった。そして、私の気持ちも伝えなければいけなかった。きっと鉄朗さんの言葉には、意味が、続きが、あったのに。

今すぐに鉄朗さんに会いたい。でも、今は無理だ。少なくともこの配信中は。
私は、震える手でコメント欄にゆっくりと文字を打ち込んだ。

SNSでのHN"私はどんなクロさんでも大好きです"

クロさんはこのコメントに気付くだろうか。…いや、多分気付いてくれる。そしたら、今度こそ私の気持ちを伝えよう。

「届け、」

私は小さく呟いて、コメント送信のボタンを押した。



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20.7.19.
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