「……」
「わっやっぱりここにいた! こんなとこでなにしてるの?」
「名前うるさい」
「えっごめん!」
「十分したら起こして」
「え、ね、寝るの? ここで?」
「おやすみ」
体育館から少し外れたところに、校舎の陰になって隠れたベンチがある。近くに大きな木もあるからか一日中ほとんど日が当たらないそこは、この時期の体育館よりよっぽど涼しい穴場的な場所だった。
夏休みみたいな朝から晩まで練習がある日、たまにお昼休憩の時間に研磨がここに来ることを、多分みんなは知らない。もしかしたらクロも知らないかも。いつもじゃないし、出て行くときは「トイレ」と言って行くし。
私が偶然ここにいる研磨を見つけてからは、ここは二人の場所。
いつも最初は嫌な顔をするくせに、研磨は決して来るなとは言わない。それに勝手に嬉しくなって、私もついついここに足を運んでしまうのだ。
だけど大抵はここでぼーっとしていたり研磨がしてるゲームを見せてもらって過ごすことが多いから、今日みたいに研磨だけが寝てしまうのは初めてだった。
他の場所より気持ち少しだけ冷たい風が足は下ろしたままベンチの半分に寝転がる研磨の髪を揺らす。いつも暑苦しいほどの蝉の鳴き声も、今だけは遠くに感じる。
私はどうするか悩んで、残りの半分に腰掛けた。そっと研磨の寝顔を覗き込む。
「……」
あんまり昔から変わっていない。男の子にしては綺麗な顔に、なんだか悪いことをしている気分に陥る。
「……研磨」
無意識に、小さく呼んだ名前に反応は返ってこなかった。珍しく深く眠っているらしい。
そういえば朝迎えに行ったときも眠そうにしてたな。クロが「昨日新作が出るって言ってたから、それで遅くまでゲームしてたんだろ」なんて言っていたのも思い出した。
私はゆっくりと目を閉じた。そうすると聴こえる自然の音が、私を眠りに誘う。
だめだって。研磨起こさないとだし。休憩とはいえ、まだ部活中だし。
「名前」
誰かが私の名前を呼んだ。研磨? クロ? ぼやぼやとまるでお風呂の中にいるみたいに反響した声の主がわからず、姿も見えなくて不安が募る。
まるで迷子になった子供みたいに、私は大きな声で二人の名前を呼んだ。
「ねぇ、あのときなんて言おうとしたの?」
「あのとき? あのときっていつ?」
「名前はクロが好きなんでしょ」
「違う! 違うよ! ねぇ研磨、私ね、私は研磨のことがねっ!」
「好き!」
叫んだのと、目が開いたのは同時。
目の前にはびっくりしたような研磨の顔が広がっている。……え!?
「……研磨だ」
「名前寝過ぎ。俺起こしてって言ったのに名前が寝てどうすんの」
「え、あ……えええほんとだっ! 練習!」
「大丈夫、あと十分あるから」
「ほんと!? 良かったぁ……!」
夢。夢だった……? どこから? どこまで? 今の、本当に声に出してた? 研磨に聞かれた? あれ、私なんて言ったっけ? 夢……どんな夢だっけ?
寝起きの回らない頭で、内心パニックの私はだらだらと冷や汗。さっきまで涼しかったはずなのに、みんなとお揃いの黒いTシャツの中は不快感のが勝っている。
「あと五分したら戻ろ」
「う、ん」
研磨が目を閉じた。まだ眠いのかな。だって結局そんなに寝れなかったよね?
なにも言われないことに安心して、でも黙っていたら私もまた寝てしまいそうなのが悩ましい。寝たら午後の練習に遅刻してしまう。それは駄目だ! と必死に瞼を押し上げる。
「……研磨」
「なに」
さっきと違って、すぐに返事が返ってきた。研磨は目を閉じたまま。
「新しいゲーム買ったの?」
「うん」
「楽しい?」
「うん」
「私も帰りに見せて」
「……いいけど。名前が好きな感じのやつじゃないから、見てても多分面白くないよ」
「良いの!」
「……そ」
だって、約束したら今日も研磨と一緒に帰れるもん!
嬉しくなって思いっきり足をブラブラ振るとベンチが揺れるからか研磨は寝たまま顔を顰めていて、それが面白くて少しだけ笑ってしまった。
「ねぇねぇ研磨」
「……なに」
「なんでもなーいっ」
「……」
「研磨〜」
「なに」
「なんにもない!」
「ねぇ」
「ごめん!」
だって研磨、何回呼んでも絶対に返事はしてくれるんだもん! 優しい! 好き! ……って、簡単に言えたらいいのに。小さい頃はもっと気軽に言えてた気がするのに。
「……研磨」
「だからなに」
「……さっき私、研磨の夢見てた気がする」
「ふーん……クロの名前呼んでたけどね」
「えっ!? 嘘!?」
「ふっ……」
「それどっち!?」
一瞬、笑ったかと思えば立ち上がってしまったからもうその表情は見えない。だけど見間違いじゃないと思う。だって今私、こんなにドキドキしているんだもん。
歩き出さない研磨が不思議で見上げるけど、すぐに私を待っているんだってことに気付いて急いで私も立ち上がる。
私が好きなのはクロじゃなくて研磨だよ。
いっそもう隣に並んで歩く研磨に伝わらないかなぁなんて、あり得ないことだってわかっていながらも心の中で何度も唱えずにはいられなかった。