孤爪連載 NO HEROINE , NO HERO fin

「研磨く〜ん」
「……」
「無視ですか」
「立ち聞きとか趣味悪い」
「気付いてて言うお前もどうなの」
「……」

 不機嫌を隠そうともしない、幼馴染の一人に思わず溢れる苦笑い。お前ならもっと上手くやれるはずでしょうが、なんて言おうものなら物理攻撃に出そうだから口を噤む。
 その代わりにかける言葉は、ここまでの帰り道の間にたっぷりと用意して来た。

 学校からは名前、研磨、俺の家の順に並んでいる。名前を送ってしばらく、無言だった俺たちの間に音を足したのはもう研磨の家もすぐそこに迫ったときだ。
 立ち止まった研磨は、俺を見上げて、そして「じゃあどうすれば良かったの」と吐く。
 それを考えるのは俺の仕事じゃないんですけどね。

「どうって、気付いてたんじゃねえの?」
「……知らない」
「ほんとに? じゃあお前、本当に名前が俺のこと好きでも良いの? そんで俺が名前と付き合っても?」
「それは名前とクロのことだから、俺には関係ないじゃん」
「ほんとにぃ?」
「クロ、顔うざい」
「すみませんねえ、元からこの顔なんですよ」

 部活が終わり、久々に三人で帰ることになった日に限って担任に呼び止められ、進路のことで少し連れて行かれた放課後。
 ようやく解放されて二人が待つ下足に向かった俺は、聞こえて来た会話にふと足を止めた。

「私もここで告白したら彼氏出来るかな? ねえどう思う、研磨?」
「聞く人間違えてるでしょ……」

 それはどう考えても、名前が研磨の気持ちを探る一言だった。

 名前が研磨のことを好きなのは、俺の中で割とずっとある事実だ。ある意味妹のように可愛がっている幼馴染の好きな相手はもう一人の幼馴染。
 性格的な面で言えば全く似ていないが、一緒にいると正に『丁度良い』二人だと思う。
 名前が意外にも奥手なことも、そのくせ意識しないときにさらりと大胆なことをしでかすのも、見ていて面白い。
 どうこうなるのはいつになるのやら……とは思いながらも、内心応援していた。

 問題は、研磨の方がどう思っているのか。積極的に俺がそのことに関わるのは名前も望んだことではないだろうから聞けないでいたが、俺の見立てではきっと悪いようには思っていないと思う。

 だからこそ、研磨の不器用な言動に本人の意思がどれほどあるのか、結局お節介を焼きたがる自分に呆れながらも確認したくなってしまった。

「……足音聞こえるから。名前もクロに聞かれたら困るでしょ」
「……え?」

 一瞬の間で、名前が気付いてしまったことに、気付いた。相当だぞ。どうすんのよ、お前。とは言えない。
 沈黙がじりじりとした蒸し暑さを助長させる。耐え切れず、わざと大袈裟に上靴を床に擦り足を踏み出したのは俺だった。

「お待たせ〜……え、なに」
「クロ……」
「遅い」
「悪い悪い。……どした、喧嘩?」
「してない、暑い、帰る」
「ちょ、待てって。……名前どうした?」
「っううん! なんでもない! あー私お腹空いちゃったー!」

 あーあ、これは完全に気付いたな。若干顔を引き攣らせらながらも無理に明るく振る舞う名前と、先に歩き出す前に見せた決まりの悪そうな研磨の表情。

 せめてもの救いは、暗に突き放した研磨の言葉を名前は『研磨が勘違いしている』という意味で捉えただろう、ってこと。流石に研磨自身が名前の気持ちを知った上でそう言ったことまで気付いていないと思いたい。名前は、そこまで鋭くない。

「まぁ別に俺はね、お前が良いならそれで良いのよ研磨クン?」
「良いも悪いもない」
「後悔しない?」
「なにが……」

 研磨の問いに、無言で返す。だってそうだろ。俺は確認したいのであって、研磨の気持ちを決めつけたいのではないのだ。
 名前と同じくらい、この幼馴染のことだって大切なのである。大事なのは二人ともが幸せになることなのだから、……とそこまで考えて、自分があまりにも達観し過ぎていることに可笑しくなった。俺は二人の親か。

「……変わるのとか、疲れるから。色々」
「ん?」
「俺は今が十分ってだけだよ。それ以上もそれ以下もない」
「俺と名前が付き合った結果俺ら三人の関係が変わらないとでも?」
「そのときはそのとき。でも」
「?」
「クロは別に、名前のこと好きじゃないでしょ」

 研磨としっかりと視線が絡んだ、その瞬間ぞくぞくと背中が粟立った。思わず噴き出しそうになる。いやだって、これもうしっかり牽制してんじゃねえか。

「いやぁ〜わかんねぇよ? コロッと落とされるかもしんないし」
「ふーん」
「ふーんて」

 そこで丁度、研磨の家の前に着いた。研磨は黙って家に入って行く。俺はその背中を見ながら、大きく息を吐いた。

 変わりたくない。気持ちはわからんでもないが、そう願う男女の幼馴染のどれほどがこの先もずっと変わらずにいられるだろう。
 研磨と付き合わなかった名前はいずれ他に彼氏が出来るかもしれないし、そしたら今のままではいられないことくらい研磨にも想像はつくと思う。そうなったとき、

「そんな余裕でいられんのかね」

 もうすぐ、本格的に夏が始まる。俺にとっては高校最後の夏。
 呟いた独り言は、やはり俺の中だけで消えていった。

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