黒尾中編 推して駄目なら fin

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 黒尾とデート。まず部活終わりに待ち合わせしてるっていうのが彼女っぽいし、『終わった。どこ?』ってメッセージも付き合ってるっぽいし、私が待つ校門前まで走って来てくれた黒尾はいつもの三倍増しぐらいでキラキラして見える。

 分かってたことなのに分かってなかった。やばい! これは気を抜くとやられる!

「お、お疲れ……」
「ドウモ。てか教室で待っててくれて良かったのに、ここじゃ寒かったでしょ」
「あ、さっきまで教室いたから大丈夫、」
「ならいいけど? じゃ、行きますか」
「う、うんっ」

 言っても、一緒に帰るだけ。ちょっと駅前とか寄れたら嬉しいな、ってくらいの時間。でも私にとってはこれも立派なデートで、しかもそこで告ろうとしてんだからそりゃあ緊張するに決まってる。

 なんとなく見上げた黒尾とちょうど目が合って、つい「顔面が良い……」って思ったことをそのまま呟いた私に黒尾は噴き出して笑った。それでちょっと肩の力も抜ける。

「そういえば行きたいとこって?」
「ん? あぁ、駅前のイルミネーション。今年から一新してんの知ってた?」
「そうなの? 私あっち側の出口行かないから知らないかも」
「そこにね、行こうと思いましてね」
「……ほぉ」
「苗字がそういうのね、好きなんじゃないかと思いましてね」
「…………今のめっちゃきゅんってした」
「お、まじ?」
「うん……え、何? 黒尾私のことどうするつもり!?」
「どうすっかなぁ〜」
「なにそれ!?」

 肌にまとわりつく空気はすっかり冷たいものになっているのに、黒尾のせいでカッと熱くなった身体は寒さなんて全然感じない。
 半歩分の距離をあけて並ぶ黒尾が何か言う度に期待しちゃうの、やばいよね。でも黒尾も悪い。だってこんなの、もしかしたらまだ脈ありなのかなって思っちゃうじゃん。

 サトウさんのことは気になるのに、今隣にいる黒尾は私に思わせぶりな態度をとる。
 黒尾、私が黒尾のこと好きなの分かってるよね!? それが例えラブの方じゃないと思ってたとしたって、そういうの言われたらときめいちゃうの分かって言ってるよね!?

「悪い男……」
「なんだそれ」
「そのまんまだよ……あ、そういえばプレゼント! 今のうちに渡しとくね!」
「え? ないと思ってたわ」
「黒尾に欲しいものがあったらそれは改めて用意するつもりだけど、今日手ぶらは流石にアレだし……」
「わざわざ良いのに……でもサンキュー、開けていい?」
「そ、そんないいものじゃないけどね!?」

 歩きながら渡した小さな包み、それを器用に開けていく黒尾。中から出て来たのは小さなハンドクリームで、黒尾が持つと私が持ったときよりも更に小さく見える。
 黒尾の反応が気になって、声が上擦った。妙にソワソワするのが恥ずかしい。

「ハンドクリーム?」
「ほ、ほら、黒尾バレーやってるし、手大事じゃん? でもその大きさならあんまり気に入らなくてもすぐ使い切れるかなーって……いや、無理に使わなくていいんだけど!」
「ふはっ、なんでよ。めっちゃ使うわ、ありがと」
「う、うん……」
「この季節乾燥するし、すげえ助かる」
「良かった……」
「うん」
「うん……」
「なんだこれ」
「し、知らないよ!」

 そんなことをしている間に私たちは駅前に着いて、目的地であるイルミネーションで彩られた場所までやって来てしまった。
 一帯に流れる楽しげな音楽が、私たちの変な空気を誤魔化してくれる気がする。

 私は近くまで小走りで駆けて、あとからゆっくり黒尾が付いてきて。黒尾を振り返った私は、キラキラのイルミネーションにまるで子供みたいにテンションが上がっていた。

「すごい! 去年までよりめっちゃパワーアップしてない!?」
「や、ほんと。想像以上だわ」
「すごい綺麗! ほら見てあそことかなんか……すごい!」
「語彙力なくね?」
「だってそれしか出てこないんだもん!」
「喜んでいただけました?」
「うん、すごい喜んでる……!」
「すごい喜んでるか」
「えー感動なんだけど……黒尾天才、最高、大好き! ……あ」
「うん、俺も大好き」
「…………え?」
「ん?」
「え、今……」

 間違ってまた「好き」って言ってしまったのに、あっ、って思ったのも束の間。今響いているかなり早めのクリスマスソングも、周りで同じようにはしゃいでいた女の子たちの声も、……全部一瞬で聞こえなくなった。
 今、黒尾、……なんて言った? 空耳? 幻聴?

 目線はキラキラ光るイルミネーションから、また隣に立つ黒尾へ。私を見下ろす黒尾は見たことないくらい優しい顔して、「俺も大好き」って聞き間違いを疑った言葉をもう一度繰り返す。

「大、…………え、?」
「いや、顔」
「え、だって……ええ?」
「ちゃんと意味分かってる?」
「や、全然……」
「全然かぁ」
「全然分かんない、……」

 混乱した頭でなんとかそれだけ紡いだ私に、黒尾が半歩分の距離を埋める。
 そしてゆっくり私の手を取って、黒尾の大きな手が私の指に絡まった。

「どうしたら好きになってもらえるの、って」
「なに……」
「苗字が言ってたじゃん? 前に屋上で」
「言った……かも」
「そんとき思ったんだよな。俺の好きな子はずっと目の前にいる苗字だけですけどーって」
「な、す、好きな子……?」
「そ。でもせっかく告白するならちゃんと準備して言いたいし?」
「準備、って……」
「もしかして今日言ってくれるつもりなのかな、ってさ。それなら俺が先に言いてえなって思ったんだけど……違う?」
「ち、違わないけど……」
「はは、良かった」
「な、なにぃ……」
「苗字、ちょっと目瞑って」
「えー……?」

 ど、ど、ど、って心臓がうるさい。なんか、黒尾の言ってることが嘘みたいで。私の本気は、ずっと伝わってたってこと? 黒尾も知ってて分かってないふりしたの? そんなの狡い。
 言われるがまま。素直に私が目を瞑ると、繋いだ手をそのままグッと引いた黒尾は倒れ込んできた私を受け止めるから。途端に黒尾の匂いに包まれて、もう……なに!?

 びっくりしたのとか嬉しいのとか、感情がぐちゃぐちゃで訳わかんなくって、涙が止まらない。

「ふは、やば……今俺めっちゃドキドキしてるんですけど」
「そんなの、私の方がやばいし……黒尾がやばい……」
「支離滅裂デスネ」
「黒尾のせいじゃん〜!」
「苗字、ちょっと一回離れて」
「はぁ〜!? やだよー……」
「嫌かーじゃあしょうがない」
「嘘ごめん離す、なにー……、……これ?」
「プレゼント」

 ゆっくりと黒尾から離れると感じた、首元に違和感。手をやるとさっきまでなかったはずの、細いチェーンみたいな感触がして。

「今日黒尾の誕生日なんですけど!?」
「知ってる」
「なんで私にプレゼント?」
「告白する時なんか渡す方が格好つくかなって?」
「そんなんしなくてもめちゃくちゃ格好良いんですけどー!?」
「苗字もめちゃくちゃ可愛いね?」
「なっ、もっ……ばか! 好き! ありがとう!」
「はは、どういたしまして」

 そうしてもう一度、さっきよりもきつく黒尾に抱きしめられたりなんかしたら涙は更に落ちてくるに決まってる。嬉しくて嬉しくて、何度もお礼を言って何度も「好き」と伝える。
 いつもと違うのは、それにとびっきり甘い「俺も」が返ってくるってこと。

「黒尾、彼女いると思ってた……」
「はぁ!? 誰だよそれ!?」
「サトウさん……」
「サトウ? なんでまた…………え、待って昨日」
「夜会うって、聞いちゃった」
「うそ」
「ほんと。帰ってめっちゃ泣いたし」
「…………まじ?」
「今日の朝、こいつ目腫れてるなって思ったでしょ」
「……思った」
「そういうことです」
「うわ……ごめん」
「あれなんだったの?」

 こんなときに他の女の話かよって思われるかな。でも嬉しいついでに、このモヤモヤも消し去りたい。
 私からも黒尾の腰にぎゅって抱き付いて見上げれば、黒尾は心なしかちょっぴり赤くなってあっという間に白状してくれる。

「……それ、作ったのサトウ」
「え?」
「なんかハンドメイドで色々作んの趣味で、ネットとかで販売とかもしてるって言うから……同年代女子の意見を参考にしながら、色々デザイン話し合って……?」
「……え、これ? サトウさんが作ったの!? すご!?」
「だから、なんかあったとかは全然ないデス。……泣かせてごめん」
「なんだ〜安心した〜……!」

 予想外の真実に、私は安堵の息を吐いた。なんだ、そういうこと? いやでもそんなの分かるわけないよね。昨日はあんなに苦しかったのに、今はこんなに晴れやかな気持ち。良かった。黒尾が他の人を好きじゃなくって。良かった。黒尾が好きなのが、私で。

 イルミネーションの光に照らされ影作る黒尾の顔は、相変わらず超私好みで心配になるくらい。明日から私、生きられる? 大丈夫? それなのに追い打ちをかけるように、緩く上がった口角が私の名前を呼ぶ。

「苗字が想像してるより多分だいぶ重い男だからね、俺。苗字のことめちゃくちゃ本気だから」
「え、?」
「覚悟しといてってこと」
「はひ……」

 黒尾が私の横髪を耳にかける。覗き込んで不敵に笑われたら、もう心臓はとっくに限界。

「それでも良かったら、俺と付き合ってください」
「そんなの……付き合うに決まってるじゃん!」
「決まってんだ?」

 決まってるよ。言っとくけど、私だってめちゃくちゃ本気なんだから。ちゃんと伝わってる? まぁ、これからも沢山伝えるつもりだからそっちこそ覚悟しててよね!

「黒尾、大好き!」

こんな貴方は誰も知らない

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