黒尾中編 推して駄目なら fin

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「誕生日おめでとう、黒尾!」
「おー、さんきゅ」

 ついに、黒尾の誕生日がやって来てしまった。

「本日誕生日を迎えた方はなんと! 苗字名前ちゃんからのハグをもらえます!」
「遠慮しまーす」
「遠慮しなくていいって〜!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「勝手にして一人で照れるのやめてくれます?」
「なんか反応してよ!」

 昨日帰って泣き腫らした目は最悪で、朝から冷やすのに時間がかかって危うく遅刻するとこだった。
 なるべくいつも通りを意識しても、やっぱり気になってしまうのはサトウさんとのこと。

 昨日二人は会ってどんな話をしたんだろう。なんのために会っていたんだろう。気になって気になって仕方ないけど、聞けない。

 今日はせっかくの黒尾とのデートの日だっていうのに、気を抜くとどんどん気分が落ちていってしまう。
 それを誤魔化すためにために無理矢理上げたテンションに、気付かないでって思うのに。

「ん? 苗字、今日なんか……」
「ご、ごめーん! 今日は主役なんだから私だけが独り占めしたらダメだよね! ついー!」
「あ、おい」
「てか私今日の小テストの予習やってない! 黒尾やった?」
「やったけど……」
「流石黒尾クン! 今日も完璧!」
「はぁ?」
「あ、あと二分しかない! ちょっと私今から詰め込むから!」
「……おー」

 願ったところで思い通りにはいかないから嫌になる。朝ギリギリまで冷やして来たけど、目敏い黒尾は腫れぼったい瞼にまで気付いてしまうらしい。
 強制的に会話を終わらせて、渋々前を向いてくれた黒尾に安堵のため息。勿論小テストの内容なんて入ってくるわけがなくて、今日の出来は散々だった。

 もしかしたら黒尾はもうサトウさんと付き合い出しちゃったかも。サトウさん、クラス遠いから休み時間は来ないだけで放課後はやっぱりそっちと、って言われたらどうしよう。
 聞くのが怖い。黒尾の顔をしっかり見て、その意味を色々想像してしまうのが怖い。

 だけど幸い今日は黒尾の誕生日。クラスメイトだけでなく、それこそ先生にも他のクラスの人にも沢山お祝いされている黒尾といつも通り話す方が難しそうで。

「苗字、なんかあった?」
「え? なんでー?」
「その顔、黒尾にはバレてたよ」
「……海くんも?」
「うーん……言われないと分かんないと思うけど。黒尾が苗字が変だって言ってたから」
「えー……やだなぁ」
「はは、嫌なんだ?」
「嫌だよ……」

 昼休み、食べ終わった途端にどこかに行ってしまった黒尾と進路のことで職員室に行った夜久。私は海くんと二人きりで、机にうつ伏せになって唸っていた。

「海くん……やっぱり今日、やめようかな」
「ん?」
「黒尾に言うの……」
「どうして?」
「どうして、って……無理な気がするから……」

 溢した本音は、この三年分の想いがなかったことになるみたいで悲しかった。言わなかったら……ほんとになかったことになってしまうんだ。

 黒尾が誰にも言ってないのに私が勝手にサトウさんのことを言うわけにはいかなくて、この感じだと海くんはまだ知らないんだろう。私だって昨日たまたま見てしまっただけで、黒尾からは何にも聞いてないし。
 もう彼女がいるって分かってるのに告白するなんて流石の私でも出来ないよ。

 今だってどこに行ったのか分かんないし、でもどうせ彼女のとこでしょ? 誕生日だもんね。
 あんなに楽しみだった黒尾の誕生日が、こんなに憂鬱になるとは思わなかった。

「はー……早退しちゃおっかなぁー……」
「何があったか知らないけど、それは黒尾が可哀想じゃないか?」
「黒尾だって別に私とのデートなんて覚えてないよ、多分……」
「なんでだよ。普通に覚えてるけど」
「……」
「おーい」
「……しれっと帰って来てしれっと会話に入ってこないでよ」
「誰かさんが机とお友達になってっから気付かなかっただけでしょうが。てかなに、どういう流れで俺が覚えてないと思ったわけ?」
「……ほら、黒尾っておじいちゃんだからさ?」
「いつまでそのネタ引っ張るんですかあ」

 なんで、このタイミングで帰ってくるかなぁ。傷心の私はもうちょっと海くんに癒してもらいたかったんだけど!
 滲んでた涙を慌てて拭い、すんと鼻を啜る。それからゆっくりと顔を上げて、怪訝な顔で目の前に座る黒尾を見た。

「しねーの? デート」
「……むしろいいの?」
「今更?」
「や、今更っていうか、状況が違うじゃん……」
「は? 状況? とは?」
「い、色々……?」
「いまいちよく分かってねえんだけど。苗字の都合が悪くなったってこと?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあなんだよ」
「……黒尾がいいなら、いいけど」
「はぁ?」

 私の歯切れの悪い返答に、黒尾の眉間の皺は更に深くなるばかり。もうしない、って言いきれない自分が憎い。
 もしかして、そのときに彼女が出来たって話すつもりなのかな。それで、私との時間が終わったら今度はサトウさんのとこに行っちゃったりして……なんてずっと嫌な妄想ばっかり。
 ぐるぐると考えても仕方のないことばかり、浮かんでは消えていく。

 こんな気持ちで楽しめるのかな? もういっそこの場で断っちゃった方が良くない? その方がダメージ低いかも。なんて考えまで出てくるから最悪だ。

 すると黒尾は、突然私の真似をして机に腕を置き、そのまま私と目線を合わせるようにその腕の上に顎を乗せた。え、なに? 急に近付いたその距離にこんなときでもドキッとするどうしようもない私は、せめて顔が緩まないようにキュッと力を込める。

「なんでそんな機嫌悪いわけ?」
「悪くない……し」
「そ? じゃあ放課後、俺行きたいとこあるんだけど」 「ど、どこ?」
「んー? それはそんときのお楽しみっつーことで」
「ええ……」
「だから機嫌直してください」
「別に機嫌悪くないってば……」
「機嫌は悪くないのにいつもみたいに喜んではくんねえの?」
「……喜んでるよ、結構」
「ほんとかぁ?」
「……ほんと」
「……そりゃあ良かった」

 私の表情を窺うようにジッと見つめて、数秒。隠しきれず透けた本音に、黒尾がにやりと笑った。顔、熱……姿勢を戻して伸びをしてる黒尾が見れない。
 小さい子の機嫌をとるみたいにしてわざと優しい声を作る黒尾に、私はきゅんきゅんしちゃうんだってば。

 嬉しいけど、ほんとにいいの? って思っちゃうし。複雑な気持ちだけど。
 色々考えていたはずなのに、何が、とかどこが、とかは分かんないけど今までと違う黒尾にドキドキさせられて、結局いつもの黒尾が好きな私が出てきちゃうよ。

 起き上がり姿勢を戻せば、ガヤガヤと賑やかな教室の中でいつの間にか海くんがいなくなっていることに気付く私。

「あれ?」
「海なら俺と入れ替わりで教室戻ったぞ」
「うそ! 気付かなかったんだけど!」
「どんだけ黒尾サンに夢中なの」
「えー……だって黒尾が眩しすぎるから……」
「そこは否定しなさいよ」
「あれ? 照れた?」
「照れてませーん」

 そのうち夜久も戻って来て、私を見て「なんだ、戻ってるじゃん」って。夜久にもバレてたの?
 別に戻ってはないけど。不安はあるけど! でも今一人で不安になっても仕方ないなって思っただけだから! ……なんて誰に言い訳してんだろ。

「黒尾〜」
「はいはい」
「格好良いね!」
「今日初めて言われたわ」
「えーうそ? 毎秒思ってるよ」
「そりゃドウモ」
「もっと喜んではくんねえのー?」
「なにその言い方」
「黒尾の真似!」
「……元気になってなにより」
「あはは」

 決めた。どうなるかは分かんないけど、黒尾から何か言われる前に「好き」って伝えよう。言わないって勿体無いもんね。今日はそれだけ。
 眉を下げて笑う黒尾に、私も今度こそいつも通り笑い返せた気がした。

わたしだけに笑ってなんて

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