500,000 リクエスト企画

この風景にのみ流れるワルツ



「あっ名前帰ってきた! 宮先輩ら来てはんでー」
「えっまた……?」
「名前ちゃーん! おかえり、ええもん買えた?」
「言うてくれたら俺も着いてったのに〜」
「あはは……お待たせしましたぁ」
「全然っ! 今来たばっかやで」
「名前、ツムさっきまで『はよ来いや腹減って死にそうやろ』言うてたで」
「おいコラ、普通に嘘着くんやめぇやサム!」
「ほら名前、前に言うてた限定プリン買えてん! あげるわー」
「えっこれ治先輩のですよね? そんな悪いですよ」
「ほんなら一口だけちょうだいや。ほんま美味いから、名前にも食うてみてほしいねん。な?」
「うっ……それなら……お言葉に甘えて……?」
「ちょ、名前ちゃん俺にも一口ちょーだい! 侑センパイにも『あーん』ってして!」
「え!?」
「ツムにやるプリンはない!」
「名前ちゃんに聞いとんねんサムに聞いてへん!」
「俺が買うたプリンやねんから食う奴も俺が決めるんじゃ!」

 治先輩がふんって鼻で笑うと、侑先輩が青筋を立てて治先輩の胸ぐらを掴む。そうして今日も私を挟み始まる稲荷崎名物・双子乱闘に、私は苦笑いしつつも気にせず自分のお弁当箱を開いた。
 最初の頃はどうすればいいのか分からなかったこれも、今や慣れっこ。入学して約半年。バレー部のマネージャーとして彼らと部活動を共にするうちに、すっかり耐性がついてしまったのだ。

 しかも何故か先輩たちは部活中だけでなく、休み時間、移動教室のとき、それから今みたいにお昼休み……ってことあるごとにうちの教室にやって来る。
 何故ただの後輩マネージャーの私のところに? って疑問は角名先輩の「苗字がお気に入りなんじゃん?」って一言で流されてしまったまま。

 ただでさえ目立つお二人と食べるお昼ご飯なんて恐れ多過ぎます! って最初は断っていたんだけど、それも全く無視してこう毎日来られては元々一緒に食べていた友達も面白がってしまって……うちの教室ではこの四人で机を囲む非日常が当たり前の光景になってしまって。

 まぁでも、うちのバレー部はしばらくマネージャーがいなかったらしいから……それで妹みたいに可愛いがってもらえてるんかな? と今は無理やり納得することにしていた。

「名前ちゃん! 俺も! 俺もちょーだい!」
「ツムしつこいぞ!」
「えーと、あとちょっとしかないですけど……侑先輩残り食べますか?」
「ちゃーう! そうちゃうねん名前ちゃん……!」
「お前に名前の『あーん』は百年早いわ」
「ハァン!?」

 収まる気配のない言い合いに、私はもう一度苦笑いした。
 今はこんなでもバレーの試合になるとカッコ良くなるからすごいんだ。いや、普段も侑先輩と治先輩はカッコ良いし、女の子からの人気もすごいんだけどっ!
 いかんせん私は部活でもそれ以外でもこの感じを見慣れてしまったので、他の女の子たちみたいに純粋にキャーキャー言わなくなってしまっただけ。

 友達が「名前、笑ってるけど自分がどんだけ贅沢なポジションにおるかちゃんと分かっとぉ?」なんて言うのに首を傾げていれば、やっとプリンを巡っての言い合いが終わった侑先輩が「なになに何の話?」って食い付いて来たり。
 だけどその顔はまだぶすくれているみたいに見えたから、持っていたカップを差し出せば「うっ……思ってたんとちゃうけど……名前ちゃん優し……」って侑先輩の機嫌は目に見えて良くなった。ちょっと面白い。

 結局そこからは今日あった小テストの話や先生の噂話、そんな他愛のない話で時間が過ぎていく。なんやかんや言って楽しいこの時間も後半に差し替かった頃……とっくに食べ終わっていた友達が、スマホを見ながら徐に立ち上がった。

「どうしたの?」
「ごめん、呼び出し。行ってくるわ」
「あ、分かった〜いってらっしゃーい」

 ヒラヒラと手を振ると私の真似をして侑先輩と治先輩も手を振っていて、その背中が見えなくなったところで、

「友達不良なん? 呼び出して先生?」
「アホか、先生やったらスマホで呼び出されんやろ」
「んー、多分告白?」
「えっ」
「めっちゃモテモテなんですよ〜あの子」
「ほぉん……ほんなら盛大に冷やかす準備しとこか!」
「ツム趣味悪」
「でも多分お断りすると思いますよ?」
「そうなん?」

 侑先輩と治先輩がここに来るのに慣れっこなのだとしたら、友達がこうやって誰かに呼び出されて出ていくのも実は慣れっこ。私はお弁当箱をスクールバッグに戻して、それから前に友達本人から聞いたとっておきの話を口にした。

「だってあの子、アラン先輩のこと好きですもん」
「えっ!?」
「アランくん!?」
「そうです。だからどんっだけカッコ良い人に告られても断ってるんですよ〜」
「いやその方がオモロいやん!?」
「めっちゃ意外なとこ!」

 予想通り、その反応は初めてこの話を聞いた時の私と重なってちょっと可笑しい。侑先輩と治先輩のそっくりな顔は同じ表情をすることで更にそっくりになって、私は私でこれでもしかしたら先輩たちにも協力をお願い出来るんじゃないかなぁ、なんて思ったり。
 友達にもお願いされてたし。なんなら今頼んでおくのも……なんて考えていたせいで、私はその後の「名前は?」って治先輩からの問いの意味が最初分からなかった。

「え?」
「好きな奴おらんの?」
「えぇ、私ですか? 残念ながらいないんですよぉ〜」
「えっほんま? じゃあ俺は?」
「えっ」
「あっずるいぞサム! 俺、俺! 名前ちゃん俺も!」
「えっ!?」
「アホか、早い者勝ちや」
「はぁ!? サム今のはフライングやろ!」
「え? え?」

 言いながら侑先輩も治先輩も自分を指差して、『俺の方がええやんな!?』って……だから何が!?

「名前ちゃんの彼氏に立候補する! はい俺が一番〜!」
「なんそれツムずるいっ! 俺が先言うたやん!」
「あんなん無効じゃ、ちゃんと言わな名前ちゃん分からんやろ!」
「なっ……名前、分かっとったよな!?」
「え、……全然……」
「なぁんでなん!?」
「フッフ、ほら言うてるやん」
「侑先輩も意味分からんのですけど……」
「はぁー!?」

 盛り上がる侑先輩と治先輩だけど、私は置いてきぼり。だって彼氏とか、俺が先とか、……え?
 未だに理解出来なくってどうすればいいのか分からない。それなのに心臓は勝手に鼓動を速くするのだから益々意味不明。先輩たちは戸惑う私の両隣にピッタリと座って、それから私の手を取る。

「ちょ、……おさむせんぱ、……あつむせんぱい、……っ」
「んー?」
「や、手……なんで繋ぐんですか!?」
「別にええやん、手くらい」
「手くらいって、なんで……」
「なんでって……なぁ?」
「なぁ?」

 顔を見合わせてにやって笑う侑先輩と治先輩、さっきまで喧嘩してたとは思えないくらいのお二人の行動のシンクロ具合に私は更に慌てるしかない。
 「名前顔真っ赤やん」って……そりゃあここ教室ですからね!? みんな、見てますからね!?

 明らかにさっきまでとは違う雰囲気を醸し出す先輩二人に私はタジタジ、よく分からないけど今だけは友達に早く帰ってきてと願うばかり。
 そんな私の心を知ってか、侑先輩は「名前ちゃんが俺らのこと全っ然意識してへんのは知っとぉけど」って。

 周りに聞こえないように? なんのために? 不意打ちに耳元で紡がれるのは、内緒話をするみたいな囁き声だった。
 びくりと肩を跳ねさせた私に追い打ちをかけるのはやっぱり逆側に座った治先輩で、侑先輩と同じように「俺らただの可愛がってる後輩にここまでせぇへんで?」と告げられた言葉と共に耳にかかった息は私の体温をどんどんと上げていく。

「え、……」
「正直今こんなとこでこんなん言いたなかったけどな」
「しゃあない、そういう流れやった」
「や、……全然そういう流れちゃうかった、と、思います……けど」
「でも名前ちゃん今めっちゃ俺らのこと意識してるやん?」
「しっ……」
「してない言える? そんな顔しといて?」
「や、息、こしょばい……」
「ふっふ、可愛え〜」

 右手に侑先輩、左手に治先輩。それぞれの指が絡んで大きな手に包まれている、私の手。
 ぎゅ、ぎゅ、と強弱を付けて、いつも通りの無表情なのに楽しそうに見える治先輩。かと思えば侑先輩は親指で私の手の甲をすりすりと優しく撫でて、ぞくりと背中が粟立っていく。

 視線を撫でられたそこから上げると、侑先輩と目が合った。試合中とはまた違う熱のこもった視線になんて言えばいいのか分からない。ひゅ、と息が漏れた。
 すると、今度は逆の左手側で恋人繋ぎした治先輩がそれを咎めるみたいに引っ張って、自然と移る目線。

「まぁ、今すぐとって食うわけちゃうし。名前にはちゃんと俺んこと選んでもらわなあかんし」
「サムなんかすぐ食い散らかすケモノやで、名前ちゃんには優しい俺のがええと思うわ」
「いや俺のが優しいし。ツムなんかただの人でなしやん」
「誰がやねん」
「ちゅーか名前困ってるやろ、離せや」
「そっちがな」
「せ、先輩……!」

 ただでさえ先輩二人が後輩のクラスで一緒にお昼を食べているなんて変な光景。それも学校の有名人、身体の大きなお二人が私の両脇で私の手をとり合っているなんて……こんなの妹扱いを超えてる、……ってことは流石に分かる。

「ただいまー……あれ、何また面白いことしてんですか」
「ちょ、助けて……!」
「あーあ、ええとこやったんに」
「いや名前ちゃんの友達のお陰やろ、むしろ」
「まぁせやな」
「名前ちゃんからああいう話題出たんは大きかったよな」
「意味わかりませんってば……!」

 やっと友達が帰ってきた! と安心したのも束の間。
 二人してまた私の手をなぞって、それからちょっとだけ自分の方に引き寄せようとする先輩たち。
 そんなお二人の真ん中で私はただただ顔を真っ赤にして、それからようやく角名先輩の言葉の意味を理解し始めるのだった。


2022.10.15.
title by 草臥れた愛で良ければ

- ナノ -