黒尾中編 インスタントロマンス fin

二人でいる為の言い訳




「名前ちゃん」
「……はい?」
「……俺なんかした?」
「えっ? し、してないですけど?」
「じゃーなんでこっち向いてくんないの。なんかこの前より更にひどくなってね?」
「……」
「その顔は自覚ありだな?」

 そうやって苦笑いする鉄朗先輩には悪いけど、だってそんなの、今更どんな顔して鉄朗先輩のことを見ればいいのか分かんないんだもん。

 先日、当初の目的だった鉄朗先輩に迫ってる他校のマネージャーさんを追い払うことに無事成功して、だから私が鉄朗先輩と付き合ってる理由はもうなくなってしまった。
 つまり普通だったらこの関係はこれで解消、元通りただの先輩後輩に戻りましょうってなると思う。

 ところが私は偽の彼氏であったはずの鉄朗先輩が実は本当に私のことを好きだってことを偶然知り、……しかも私自身もそんな鉄朗先輩のことが好きになってしまったのだ。つまり両想い。
 この関係を続けたい。終わりたくない。そう思っている私と、先輩も同じ気持ちだったら嬉しい。ハッピーエンドはもう目前なのに先輩は何も言ってくれなくて。
 終わろう、とも続けよう、とも言われない今の関係って?
 先輩は私の気持ちも私が先輩の気持ちを知っていることも知らないから仕方ないのかもしれないけれど……。

 そりゃあ顔も見れなくなりますよ! だってこんなの私ばっかり意識しちゃってるみたい。そんな余裕そうな顔して、こっちは先輩も本当は私のことが好きだって分かってるんですからね!
 悔しくて先輩を睨むように見上げても先輩はきょとんとした顔で首を傾げているだけ。うっ……今までだったら何も思わなかったのに、その仕草すらちょっと可愛いとか思ってしまう私はだいぶ先輩に毒されてしまっている。これは危ない。このままじゃ危険だ!

「……よく分かんないけどさ、あれ、もう決まってる?」
「え?」

 うぎゃっ。この隙に、とばかりに近づいて来る鉄朗先輩に私は慌てて前を向いた。平常心、平常心。相手は鉄朗先輩だよ? って、落ち着くために心の中で唱えた言葉は、余計に相手を意識してしまうだけに終わる。

 とくん、とくんと鼓動は早いけれど、隣を歩く先輩に気を取られぬよう。私ばっかりやられっぱなしは悔しいもの。

「ほら、付き合ってくれる代わりに名前ちゃんの言うこと一個聞いてあげる、って約束」

 そうして私は、ここで先輩に勝負を仕掛けた。

「あぁ!」
「おやおやぁ? その反応は忘れてましたね?」
「ふっふっふ……それが実はちゃんと考えて来てるんですよ」
「お、まじ? なになに」
「その前に確認しますけど、本当になんでも聞いてくれるんですよね?」
「……俺に出来ることにしてネ」

 どきどきと高鳴る胸を押さえて、声は震えないように。告げる言葉は、今日のために用意していたお願い。

「それじゃあ私、鉄朗先輩とデートがしたいです!」
「……え、」

 ぽかん、と口を開けて固まった鉄朗先輩に、してやったり。思わずガッツポーズをするところだったけど、そこはぐっと我慢する。これは流石に気付いたんじゃないですか? 私からの好意に。あぁもしかして、攻めすぎてしまったかも。
 そう。全然告白してくれない鉄朗先輩に私から気持ちを言うのはなんか癪で、じゃあどうしたら良いのかって考えた結果がこれ。

 忘れる? そんなわけがない。だって私は元々この約束を使って、駅前の特大パフェを奢ってもらおうとしてたんだから。
 流石にここまでお膳立てすれば、鉄朗先輩ともなれば気付いてくれるハズ。最初に鉄朗先輩なんて有り得ない、なんて言ってた手前私から言うのは恥ずかしいんです。察してください。

 平静を装ったつもりなのに熱くなってきた頬に手を当てながら先輩を見上げると、先輩はまだなんとも言えない顔で固まっている。
 ……あれ? ノーリアクションですか? もしかして、嫌だった? って、そんな可能性今まで考えもしなかったから私は内心ちょっと焦りだす。
 だけどそんな私を知ってか知らずか、先輩はようやく少しだけ眉を動かして「へぇ、」と息を溢した。

「あー……え? なに? ごめん、聞こえなかった」
「えっ?」
「今何て言ったの?」
「……嘘です、絶対聞こえてましたよね」
「ううん、もう一回言って?」
「もう、先輩耳遠いんですか? お年寄りですか!?」
「コラコラ二個しか変わらない先輩をお年寄り扱いするんじゃありません」
「だって! 先輩が聞こえてるくせに意地悪してくる!」
「えーなに? 本当に聞こえなかったのよ、鉄朗先輩と誰がデートだって? ん?」
「もう……!」

 してやったり、かと思ったのに。今見せるにやにやといやらしい笑みは、すっかりいつもの鉄朗先輩で。あれ。あれれ、おかしい。見慣れたその表情は私の反応を窺って楽しんでいて、だってさっきまで絶対に驚いてたはずなのに!

「どうして、」
「いやそれはこっちのセリフよ。なに、もしかしてそれ言おうとしてて距離取ってたの?」
「え、あ、いや、」
「今度こそ図星ですかぁ」
「いやっ……いや!」
「ぶっひゃっひゃっひゃ! もう堪忍しようぜ、名前ちゃんよォ。なに、そんなに俺とデートしたかったの? 名前ちゃん俺には興味ないんじゃなかったっけ?」
「そ、そういうのする前に解決しちゃったじゃないですか! 鉄朗先輩がどんなデートするか見ておきたかったっていうか、……そう、今後の参考に、です!」
「ほぉん?」
「それ以外なんの他意もないです!」

 あれ。先輩、もしかして気付いてる? 気付いてて揶揄ってる? だとしたら最低最悪に性格悪いんですけど?
 未だにやにやと私の反応を窺う先輩は、私の苦し紛れの言い訳に楽しそうに笑ってる。

 おかしいよ。先輩のペースを乱したかったはずなのに。昨日何回もシュミレーションしてきたんだから、照れるはずじゃなかったのに。照れ隠しにあんなことは言うつもりじゃなかったのに。

「デ、デートでパフェも奢ってもらうし! 他にもたくさんありますから覚悟しててください!」
「えー、それはちょっとずるいんじゃない、名前ちゃん? 一個だけって約束でしょうが」
「全部まとめて一個ですよっ」
「だーめ。一個、どれか選んで」
「……」
「どうする? パフェにする?」
「……」
「ん?」
「…………デート、で」
「…………リョーカイ」
「なんなんですかその顔は!」

 あぁやっぱり、先輩はもう分かってるんだ。それなら言ってくれればいいのに。
 先輩の前でこんなに取り乱したことなんてない。いつもみたいに出来ない私を、先輩はずっと楽しそうに眺めて、手のひらでころころ転がしているだけ。

 ずるいよ先輩。一言言ってくれたら、私はすぐに頷くのに。あの体育館裏で言ってくれたみたいにもう一度、付き合ってくださいって。そしたらフリでもなんでもない、本物の彼氏と彼女になれるのに。

「あれ、どーした名前ちゃん?」
「……なにもないです」
「帰り、どっか寄ってく? デートの予定立てねえ?」
「…………立てます」
「よし」

 なにがよしなんですか、先輩のばか。スマートに私の手を攫っていく前に言うことがあるでしょう。
 だけど私からは、なにも言えないまま。耳まで真っ赤になっているであろう顔をなるべく見られないようにそっぽ向くけど、そんなの今更すぎだって分かってる。
 今は触れた先輩の手がゆっくりと私を引く力にドキドキして、ただただ溶けてしまいそうだった。


22.05.18.

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