黒尾中編 インスタントロマンス fin

第一印象を破壊せよ




「名前ってもしかして黒尾さんと付き合ってんの?」
「えっ!?」
「最近よく一緒にいるじゃん! この前部活にも来てたし、でも黒尾さんがマネではないって言ってたし!」
「いや! いや!? 私が? そんなわけないでしょ!」
「え?でも黒尾さんも言ってたよ」
「……鉄、黒尾先輩がなんて?」
「『彼女だけど』って!」
「言うのかよ!」

 なんて思わず勢いよくツッコんでしまったのは許して欲しい。リエーフのそのイラっとするドヤ顔は鉄朗先輩の真似だろうか、だとしたらまぁまぁ似てる。
 先輩言ったんだ、『彼女』って。いや別にいいけどさぁ。……あれ、私嫌じゃないの? 嫌……ではないけど、それってどうなの? だって別に本当は付き合ってないし、偽物の関係、またすぐ元の関係に戻るのに。

 前までだったら先輩とそういうふうに見られても即全否定してたはず。いや実際今さっきもしてたし、本当に私にその気はこれっぽっちもなかったから。
 先輩といえば背は高いけどそれだけっていうかイケメンでもないし、笑顔は胡散臭いし、いつも私を揶揄って遊ぶ性格にもちょっと難ありの人。それだけだったはずなのに……なんだろ。ちょっとだけその印象を変えてあげてもいいかなって思い始めてるのは事実。

 それは最近前より先輩と絡むことが増えて、……例えば意地悪や揶揄ってばかりだと思っていた言葉の中にも優しさが含まれていることとか、勉強に部活に忙しいと思うのに意外に連絡はマメなところとか。さり気ない女の子扱いが上手いところとか、ちょっとチャラいのかと思っていたけど意外に人とちゃんと一定の距離を保っているところとか、前よりちょっとだけ鉄朗先輩の前ことを知ったから。でもそれだけなのに。

「名前? 名前ー?」

 私にとっては今も先輩は先輩でしかない、はずなのに。

「なにしてんの」
「わ!?」
「うわ見つかった……!」
「おいリエーフ、絶対お前なんか余計なこと言ってたデショ」
「て、鉄朗先輩……?」
「なに? もしかしてまた俺の悪口?」
「そんなわけないじゃないですか! 名前に今(から)黒尾さんの惚気話を聞くところで!」
「は!?」
「ほぉ?」
「でも俺先生に呼ばれてたの思い出しました! すいません! 名前、また聞かせて!」
「ちょっと!?」

 って。いきなり現れた鉄朗先輩に爆弾を落として去っていくリエーフは半分悲鳴の私の呼びかけにも律儀ににっこり笑ってて、もしかして『気を利かせてあげた!』とか思っているの!? だとしたらすごく余計なお世話なんだけど!

 残された私はこのなんとも言えない空気をどうすればいいか分からず、でもリエーフの言葉を聞いた先輩は絶対今から私のことを揶揄うんだからやめてほし……あれ?
 いつものニヤニヤ顔で私を見下ろしていると思っていた鉄朗先輩は意外にもそんなことなくて、なんかちょっと拍子抜け。絶対「えーなに、惚気話? 今してくれてもいいのよ?」ぐらい言ってくると思っていたのに。

「名前ちゃんってリエーフとだけ距離近くね?」

 言葉を発したと思ったらこれだから、調子が狂ってしまった。先輩、なんかいつもと違う?

「そうですか……? リエーフがそもそもみんなにあんな感じだと思いますけど……」
「……ま、それもそうか」
「?」
「じゃあ行くか」
「え、どこに……」
「せっかく会ったんだからジュースくらい奢ってあげますよ」
「え、……いいんですかっ」
「まぁ俺、名前ちゃんの『彼氏』だし?」
「っ」

 『彼氏』を強調してにやっと笑った先輩に、ドクンと胸が跳ねた。いつも通りなようで、そうじゃない。ていうかそれ。先輩なんでそんなに『彼氏役』ノリノリでやってんですか。困ってるんですよね? ……なんて、聞けない。とくとくと速くなっていく心臓の音には気付かないフリ。
 リエーフに彼氏を公言した鉄朗先輩の意図はわからないし、……それを聞くのはなんだか怖くて。

「そうですよね、彼氏なら購買のプリンパフェも奢ってくれますよね!」

 とか、結局私は雰囲気で誤魔化して肝心なことは何も聞けずにいるのだ。

「え、そんなのあんの?」
「ありますよう! 普段は高くてあんまり手を出せないんですけど、あー私ってば良い彼氏を持ったなぁ!」
「こら」
「いたっ。もー、嘘です、ジュースご馳走様です!」
「……まぁいいか、プリンパフェも買いに行こ」
「え、いやいやそれは流石に冗談ですよ、」
「いいからいいから。そのかわり俺にも一口チョーダイね?」
「あ、……はい、……?」

 誤魔化した、はずなのに。ぐしゃりと私の髪をかき混ぜる先輩に、私はどんどん頬が火照っていく。なにこれ。なんだこれ。
 いやいや私、現金すぎない? 流石にプリンパフェ奢ってくれるから先輩のことちょっと良いなって思ったわけじゃないから、それより前から先輩のことが良い人だってことくらい分かって……いや今のもなし! やだもう頭ん中ぐちゃぐちゃすぎる!

 なんかさっきから変に意識しちゃって、先輩の顔を上手く見れない。頭をぶんぶんと振った私に鉄朗先輩は不思議そうに首を傾げているけど、私は全部気のせいだからと自分に言い聞かせた。


▽ ▽ ▽


「黒尾最近彼女出来たの、知ってる?」
「あぁ、一年生? 今日一緒にいるの見た」
「まじ? どうだった?」
「まぁ普通に可愛い系じゃね?」
「くっそ、歳下彼女羨まし〜」
「な、なんであのトサカばっかモテんだよ〜」

 さて、私は今何をしているんでしょう。放課後、用があった職員室から教室に戻る途中の空き教室。中から『黒尾』って名前が聞こえた瞬間足を止めてしまった私はなんとなくそこから動けずにいた。
 中にいるのはクラスも名前も分からないけど、聞こえた感じ鉄朗先輩のクラスメイトとかかな。先輩の一年の彼女って絶対私のことだし、先輩方に私のことを話されてるってだけで緊張する。

 すぐにこの場を去るべきだっていうのは分かっているのに、何故逆にこっそり聞き耳を立てるようなことをしているのか。それは直後に『鉄朗先輩がモテる』ってワードが気になってしまった以外なかった。
 いや、他意はないけど!? でもやっぱりそうなんだなぁって、思っちゃったんだもん。そもそも私が今先輩の彼女をしているのだって、他校のマネージャーって人に先輩がモテてるからだし。

 だからどうだって話なんだけど、そうなんだけど……なんとなく心が落ち着かない。
 空き教室で話している先輩方と、廊下でしゃがみ込んでそれを聞く私。他の人から聞く『鉄朗先輩』の話は、なんだか知らない人の話みたいだった。

「つかどうやったら一年と知り合えんの? バレー部ってマネージャーとかいたっけ」
「いやぁ……いなかった気がするけど。でも部活やってたら後輩繋がりとか、まぁ色々あるんじゃん?」
「俺も部活しとけばよかったな」
「今更おせー」
「それなー」

 ドキドキと跳ねる胸を抑える。悪いことをしてるみたいで、いや実際こんなことしたら良くないっていうのは分かってるんです。バレないうちに立ち去るのが良いに決まっているのに、でも足は床に張り付いてしまったみたいに動かなくて。

「つうか黒尾って好きな奴いるんじゃなかったっけ」

 そうやって悩んでいる間に聞こえてきた話題は、一瞬で私の耳に届いてしまった。

「そうなの? じゃあ黒尾から告ったってこと?」
「いやー、その一年のことかは知らないけど……そうじゃね?」
「マジか……いやでも黒尾が……あんま想像出来ねぇな」
「でもなんか前に黒尾に振られたって女子がめちゃくちゃしつこく問いただして聞いたって言いふらしてたから、ガチなんだと思う」
「うわ、それも腹立つ話だな」
「しかもフラれたのってあれ、サトウらしい」
「え、まじ? サトウ振るやつとかいんの?」
「勿体無いよな〜」

 どくん、どくん、どくん。耳に響く自分の胸の鼓動と、握った拳の手汗。それらの意味は分からないけど。
 
 鉄朗先輩、好きな人いるの? じゃあどうしてその人に彼女役、お願いしなかったの。ていうかそんなにモテるならもう普通に告白して付き合っちゃえば良いのに。なんて自分でも笑っちゃうくらい心にもないこと。それに気付いた瞬間、私はまた自分がよく分からなかった。

 サトウさんって、可愛くて有名なあのサトウ先輩だろうか。鉄朗先輩、あんな可愛い人にも告白されたりするの? ……それなのに私に彼女役、お願いしてきたの? あのときの柄にもなく緊張してる先輩の顔が、忘れられなくて。

 そんなわけない。流石に有り得ない、って分かってる。それなのにそんなの、どうしても、

「よっぽどその子のこと好きだったってこと?」
「すげえな、その一年」
「明日黒尾に聞いてみようぜ」
「聞いて教えてくれるかなー?」

「……」

 顔、熱い。
 それから先輩方はすぐに話題を変えてもう全然違う話をしているのに、それなのに私はどう考えても有り得ないその可能性に囚われてしまった。

 鉄朗先輩が、私のことを好き?

 いや。いやいやいや、有り得ないですよね。だって先輩、私だったら好きになられないから安心だとか言ってましたもんね。本当に好きならそんなこと、言いませんよね。
 そんな風に言い聞かせてる私は全然先輩のことなんか恋愛対象じゃなかったはずなのに、なのに……それならどうしてこんなに胸が痛いんだろう。

 そんなことを聞いても教えてくれる人なんて、誰もいるはずがなかった。


22.04.25.

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