黒尾中編 インスタントロマンス fin

一寸先は恋




「絶対嫌だ黒尾先輩は無理!」
「え、なんで? 黒尾先輩かっこいいじゃん」
「いやいやよく見て? 黒尾先輩って背は高いけどそれだけっていうか、特別イケメンなわけじゃないし、髪型も変だし、」
「ちょ、名前っ」
「ちょっと性格に難ありですぐ人のこと揶揄って遊んでくるし、あとはー……」
「あとは?」
「笑顔も胡散臭いし。絶っ対にあり得ない!」
「ほぉ……言うねえ、苗字ちゃん?」
「へ、…………黒尾先輩!?」
「先輩の悪口言うときはちゃんと周り見ろよー」

 頭上から降ってきた声に振り向けば、そこにはたった今話題に挙げていた人物がにやにやとした笑みを浮かべ私を見下ろしていた。ポン、と私の頭に大きな手のひらを置いて大きく髪をかき混ぜると、そのまま後ろ手に右手を振って去っていく黒尾先輩。
 ちょっと! 髪、ぐちゃぐちゃなんですけど! なんて思うより先に謝るべきだったんだろうけど、そうしようとしたときには既に先輩の姿は見えなくなっていた。

 黒尾鉄朗先輩。どこの部活にも所属していない私が唯一よく話す、委員会繋がりで知り合った先輩。

「焦った〜……名前全然気付かないんだもん」
「いや言ってよ!」
「言おうとしたけどさあ」

 私が気付かないようにこっそりと背後を取って盗み聞きする先輩もどうかと思うけど! なんて、自分の発言は棚に上げる私の方が圧倒的に悪い。私はそれを自覚した上で、それでも乱された髪を直しながら口を尖らせた。

 先ほど友達から飛び出した、「名前って黒尾先輩と仲良いけどそういう雰囲気になったりしないの?」なんて意味不明な質問。私は先輩が居なくなったのを確認して、それをもう一度否定する。
 委員会以外でも会えば一々構ってくれる黒尾先輩にはそこそこ可愛がってもらっている自覚はあるけど、でもそれだけ。私は別に先輩のことをそんな風に見たことはないし、逆に先輩だって同じだろう。

 友達や周りは黒尾先輩はかっこいいって言うけど、それってうちじゃそこそこ強い男バレの主将っていう肩書きとか、あとは単純にうちら一年から見る年上フィルターがかかってるだけだと思うんだ。同じバレー部でも顔やスタイルで言ったら隣のクラスのリエーフの方が絶対かっこいいし、私の好みである。

「名前、灰羽くんと話したことあるの?」
「うん。リエーフも委員会一緒」
「え、そんなの聞いてない! 私も体育委員になれば良かった〜」
「私じゃんけんで負けただけだからいつでも代わってあげるけど!?」

 だから私が黒尾先輩とこれ以上どうこうなるとかは全く絶対あり得ない、と。私はもう一度友達に念押しすると、友達はじゃあ灰羽くんならあり得るの!? なんて興奮気味に言うから流石に苦笑してしまった。


▽ ▽ ▽


「苗字ちゃーん」
「げっ」
「げって言う人初めて見たわ」
「なんですか黒尾先輩」
「ちょっと面貸してくんない?」
「えっこわ」
「まぁまぁ大人しく着いてきてくれたら悪いようにはしねえから」
「完全に怖い人のセリフですよそれ」
「ぴえん」
「全然可愛くないですから」

 ていうか先輩の顔で言っちゃダメなやつですって。

 放課後、HRが終わってよっしゃ帰るぞー! って飛び出した教室。なんか騒がしいなぁって首を傾げるとそこにいたのは黒尾先輩で、たまたま通りがかった……わけではなくわざわざここまで出向いて私を待っていたらしい黒尾先輩は一年棟にいたらまぁ目立つ。

 ちょいちょい、と手招きされて警戒しながらも大人しく着いて行けば、到着したのは体育館裏。私の頭の中にはクエスチョンマークが広がった。
 体育館の中なんて覗かなくても分かる、男子バレー部が活動する準備をしているのだろう。さっき通ったときにちょっとだけ開いている扉の向こうには一瞬リエーフが見えたし。

「なんですか、こんなとこ連れてきて……」
「いやちょっとね、苗字ちゃんにお願いがあるんですけど」
「黒尾先輩が私に?」
「おう」
「なんですか?」
「ちょっと頼みにくいことなんだけど」
「はい」
「……出来れば断って欲しくねえんだけど」
「はぁ……」

 なんか歯切れ悪い、黒尾先輩らしくない。
 中々用件を口に出さない先輩に、私は首を傾げた。だって先輩がこんなところに私を連れてきて、頼みにくいお願いって。全く想像がつかないんだもん。

「まぁ、アレだ」
「アレ」
「あー……その」
「……」
「……俺の、彼女になって欲しいんだけど」
「……え?」

 私は吃驚して、ただただ黒尾先輩を真っ直ぐに見つめる。彼女? 私が? 誰の? ……黒尾先輩の?
 聞いた言葉が信じられなくって、もしかして聞き間違いなのかもって。なのにそんな私から視線を逸らしてしまった黒尾先輩のその動作が、嘘でも聞き間違いでもない、これは現実だと教えてくれる。

 言われた言葉の意味を理解した途端に私の顔はカッと燃えるように熱くなって、頬が真っ赤に染まっていくのなんて鏡を見なくても分かった。

「せ、先輩って……私のこと好きだったんですか?」

 思わず言葉にした疑問。少しだけ、声が震える。私が今まで、黒尾先輩にこんなにしおらしくしたことがあっただろうか。いや多分ない。でも流石の私だって告白なんてされたら普通に照れるし、それは相手がいくら今までそういう風に見たことがない先輩でも例外じゃなかった。

 どきんどきんって胸が大きく高鳴って、あれ、私ももしかしてちょっとくらい黒尾先輩のことを……? 真っ直ぐ注がれる熱を帯びた視線に囚われ、私は目を逸らせない。しかも単純な私は、よく見たら黒尾先輩ってナシではないかな……? なんて思え始めてきて。

 ……そう思い始め、かけた、ところで。黒尾先輩は私の言葉に一瞬目を見開き、それから勢いよく大きく手を振った。

「……あっ、悪ぃ、違う!」
「えっ」
「ごめんごめん、いや違う、まじでごめん、俺の言い方が悪かったですゴメンナサイ」
「せ、先輩落ち着いてください」
「あー……悪い、」
「よく分かんないですけど、い、今のは告白じゃないんですね?」
「や、告白は告白なんだけど、……」
「ええ? どっちですか!?」

 一瞬訪れたと思った甘酸っぱい空気はものの見事で吹き飛び、ていうかなに!? 意味がわからなくて頭を抱える私同様、先輩も同じようにしてる姿はかなり滑稽。

 え? どういうこと? ていうか、別に良いけどナチュラルに失礼なこと言われてない!?

 情報不足の頭は上手く回ってくれないから黒尾先輩から真実を聞きたいのに、当の先輩は頭を抱え込んだままついにその場にしゃがみ込んでしまう。

 先輩はあー、とかうー、とか不明瞭な言葉をいくつか吐き出して、暫く沈黙が続いて。
 最初は大人しくそれを見守っていた私だけど、あまりにも長い時間ずっとそうしてるから流石にそろそろ帰りたいんだけど……なんて思い始めたところで、漸く先輩は勢い良く顔を上げ、そしてこう言ったのだ。

「苗字ちゃんに俺の彼女になってほしいんだけど」
「……先輩は一人でタイムスリップでもしてるんですか?」

 また振り出しに戻ってしまった会話に、私は大きくため息を吐いた。


22.04.13.

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